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第二章:絡み合う糸、深まる謎
第三十一話:隠された罪
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玄庵の古い友人で薬師の河童・芥子との出会いを経て、おみつは玄庵の交友関係の広さと、彼が人間と妖怪の間に立つ存在であることを改めて知った。
彼の謎めいた過去が少しずつ明らかになる中で、診療所には、過去の罪悪感から夜毎悪夢にうなされるという武士が訪れた。
その日の朝、診療所の木戸を叩いたのは、見るからに憔悴しきった様子の武士だった。
その顔には深い隈(くま)があり、瞳は怯えと苦痛に満ちている。武士は、玄庵の前に座るなり、震える声で話し始めた。
「先生……毎夜、悪夢にうなされて、もはや眠ることすら叶いませぬ……。夢の中では、あの男が、私を……私を恨んで、血まみれの姿で現れるのです……」
武士の言葉は、まるで現実の出来事のように生々しく、その表情は恐怖に歪んでいた。おみつは、武士の訴えに、背筋が凍る思いがした。
玄庵は、武士の脈を診、その肩にそっと手を置いた。おみつには見えないが、武士の周囲には、冷たく淀んだ怨念の気配がまとわりついているように感じられた。
「これは、怨霊憑き(おんりょうつき)ですな。貴殿が過去に手にかけた者の怨念が、悪夢となって現れている」
玄庵は淡々と告げた。武士はハッと顔を上げ、青ざめた表情で玄庵を見た。その瞳には、隠しきれない動揺が浮かんでいる。
「まさか……私が、あの時……」
武士は、言葉を濁したが、その態度から、玄庵の指摘が真実であることが明白だった。おみつは、武士が過去に誰かを殺めたことを知り、恐ろしさに身がすくんだ。
「怨霊は、恨みの念が強いほど、その力を増す。貴殿の心に、拭い去れない罪悪感がある限り、この悪夢から逃れることはできぬでしょう」
玄庵の言葉は、武士の心の奥底を見透かしているようだった。武士は、もはや隠し通せないと悟ったのか、ぽつりぽつりと過去の出来事を語り始めた。
それは、数年前の出来事だった。
武士は、主君の命により、ある男を斬り殺したという。男は罪人であったが、武士には、その男の最後に向けられた、強い恨みの眼差しが忘れられなかった。
以来、その記憶は武士の心に深く刻み込まれ、夜毎、悪夢となって彼を苦しめていたのだ。
「斬ったのは、主命ゆえ……しかし、あの男の怨念は、私の心の奥底に、深く根を張っているのです……」
武士は、震える手で顔を覆い、すすり泣いた。その涙は、恐怖だけでなく、過去の罪に対する後悔の念も混じっているように見えた。
「怨霊を祓うだけでは、貴殿の苦しみは消えぬ。貴殿の心にある罪悪感そのものを、贖罪(しょくざい)によって癒やす必要がある」
玄庵はそう言うと、おみつに視線を向けた。
「おみつ、この武士の心の中にある、怨念の形を視(み)なさい。そして、それがどのような感情を求めているのか、感じ取ってください」
おみつは、武士の側に座り、ゆっくりと目を閉じた。集中すると、武士の背後から、血に濡れた男の影が、ぼんやりと浮かび上がってくるのが見えた。その影は、武士の心臓に、まるで鋭い爪を立てるかのように、絡みついている。
そして、影からは、激しい怒りと、断ち切られた命への未練、そして何よりも、「なぜだ」という、問いかけにも似た感情が押し寄せてきた。
「先生……この怨霊は、武士の方に、何かを問いかけているようです……。なぜ、自分は殺されたのか……」
おみつは、震える声で報告した。玄庵は静かに頷いた。
「やはり、そうか。怨霊は、時に、自分を害した者への報復を求めるだけでなく、その理由や、心の解放を求めることもある」
玄庵はそう言うと、武士に語りかけた。
「貴殿の心にある罪悪感は、その怨霊が求めている問いに、貴殿が答えを出せないでいるからだ。あの男は、貴殿に、ただ死んだ理由を問い、そして、その命を奪った貴殿の心に、安寧(あんねい)を求めている」
玄庵は、懐から一本の清らかな筆を取り出した。そして、武士の前に置かれた白紙に、静かに墨をすり始めた。
「貴殿は、自らの言葉で、あの男に語りかけなさい。そして、あの時の状況を、そして、貴殿の心の底にある真実を、全て書き記すのです。それは、謝罪であるかもしれないし、あるいは、貴殿自身の苦しみであるかもしれない。だが、貴殿の真の言葉こそが、怨霊を鎮め、貴殿の心を癒やす道となる」
玄庵の言葉に、武士は震える手で筆を握りしめた。武士は、玄庵の言葉に導かれるように、白紙に向かって筆を走らせ始めた。最初は途切れ途切れだったが、やがて彼の言葉は、堰を切ったかのように溢れ出した。
そこには、主命という大義があったにせよ、罪なき命を奪ってしまったことへの後悔、そして、悪夢にうなされる日々の中での自身の苦悩が、赤裸々に綴られていた。
武士が書き終えると、その白紙から、微かな光が放たれ、武士の背後の怨霊の影へと吸い込まれていった。怨霊は、苦しげな呻き声を上げた後、次第にその姿を薄めていき、最後には完全に消え去った。
武士は、怨霊が消えたことに気づくと、張り詰めていた気が緩んだのか、その場に崩れ落ちた。しかし、彼の顔には、悪夢から解放された安堵と、そして、過去の罪と向き合った清々しさのようなものが浮かんでいた。
玄庵は、静かに武士を見守っていた。
「これで、貴殿の心も、いくらかは安寧を得られたでしょう。だが、この罪は、一生背負っていくものだ。それを忘れることなく、償い続けることが、貴殿の生きていく道となる」
玄庵の言葉は、時に厳しく、しかし、武士の魂の救済を願う、深い慈悲に満ちていた。
この一件を通じて、おみつは、玄庵の医術が、単なる治療ではなく、人の心の奥底に隠された「罪」や「業」と向き合い、それを浄化する役割も担っていることを実感した。
そして、玄庵自身が語った「癒やされぬ傷」という言葉の重みが、おみつの心の中で、さらに深く響くのだった。
彼の謎めいた過去が少しずつ明らかになる中で、診療所には、過去の罪悪感から夜毎悪夢にうなされるという武士が訪れた。
その日の朝、診療所の木戸を叩いたのは、見るからに憔悴しきった様子の武士だった。
その顔には深い隈(くま)があり、瞳は怯えと苦痛に満ちている。武士は、玄庵の前に座るなり、震える声で話し始めた。
「先生……毎夜、悪夢にうなされて、もはや眠ることすら叶いませぬ……。夢の中では、あの男が、私を……私を恨んで、血まみれの姿で現れるのです……」
武士の言葉は、まるで現実の出来事のように生々しく、その表情は恐怖に歪んでいた。おみつは、武士の訴えに、背筋が凍る思いがした。
玄庵は、武士の脈を診、その肩にそっと手を置いた。おみつには見えないが、武士の周囲には、冷たく淀んだ怨念の気配がまとわりついているように感じられた。
「これは、怨霊憑き(おんりょうつき)ですな。貴殿が過去に手にかけた者の怨念が、悪夢となって現れている」
玄庵は淡々と告げた。武士はハッと顔を上げ、青ざめた表情で玄庵を見た。その瞳には、隠しきれない動揺が浮かんでいる。
「まさか……私が、あの時……」
武士は、言葉を濁したが、その態度から、玄庵の指摘が真実であることが明白だった。おみつは、武士が過去に誰かを殺めたことを知り、恐ろしさに身がすくんだ。
「怨霊は、恨みの念が強いほど、その力を増す。貴殿の心に、拭い去れない罪悪感がある限り、この悪夢から逃れることはできぬでしょう」
玄庵の言葉は、武士の心の奥底を見透かしているようだった。武士は、もはや隠し通せないと悟ったのか、ぽつりぽつりと過去の出来事を語り始めた。
それは、数年前の出来事だった。
武士は、主君の命により、ある男を斬り殺したという。男は罪人であったが、武士には、その男の最後に向けられた、強い恨みの眼差しが忘れられなかった。
以来、その記憶は武士の心に深く刻み込まれ、夜毎、悪夢となって彼を苦しめていたのだ。
「斬ったのは、主命ゆえ……しかし、あの男の怨念は、私の心の奥底に、深く根を張っているのです……」
武士は、震える手で顔を覆い、すすり泣いた。その涙は、恐怖だけでなく、過去の罪に対する後悔の念も混じっているように見えた。
「怨霊を祓うだけでは、貴殿の苦しみは消えぬ。貴殿の心にある罪悪感そのものを、贖罪(しょくざい)によって癒やす必要がある」
玄庵はそう言うと、おみつに視線を向けた。
「おみつ、この武士の心の中にある、怨念の形を視(み)なさい。そして、それがどのような感情を求めているのか、感じ取ってください」
おみつは、武士の側に座り、ゆっくりと目を閉じた。集中すると、武士の背後から、血に濡れた男の影が、ぼんやりと浮かび上がってくるのが見えた。その影は、武士の心臓に、まるで鋭い爪を立てるかのように、絡みついている。
そして、影からは、激しい怒りと、断ち切られた命への未練、そして何よりも、「なぜだ」という、問いかけにも似た感情が押し寄せてきた。
「先生……この怨霊は、武士の方に、何かを問いかけているようです……。なぜ、自分は殺されたのか……」
おみつは、震える声で報告した。玄庵は静かに頷いた。
「やはり、そうか。怨霊は、時に、自分を害した者への報復を求めるだけでなく、その理由や、心の解放を求めることもある」
玄庵はそう言うと、武士に語りかけた。
「貴殿の心にある罪悪感は、その怨霊が求めている問いに、貴殿が答えを出せないでいるからだ。あの男は、貴殿に、ただ死んだ理由を問い、そして、その命を奪った貴殿の心に、安寧(あんねい)を求めている」
玄庵は、懐から一本の清らかな筆を取り出した。そして、武士の前に置かれた白紙に、静かに墨をすり始めた。
「貴殿は、自らの言葉で、あの男に語りかけなさい。そして、あの時の状況を、そして、貴殿の心の底にある真実を、全て書き記すのです。それは、謝罪であるかもしれないし、あるいは、貴殿自身の苦しみであるかもしれない。だが、貴殿の真の言葉こそが、怨霊を鎮め、貴殿の心を癒やす道となる」
玄庵の言葉に、武士は震える手で筆を握りしめた。武士は、玄庵の言葉に導かれるように、白紙に向かって筆を走らせ始めた。最初は途切れ途切れだったが、やがて彼の言葉は、堰を切ったかのように溢れ出した。
そこには、主命という大義があったにせよ、罪なき命を奪ってしまったことへの後悔、そして、悪夢にうなされる日々の中での自身の苦悩が、赤裸々に綴られていた。
武士が書き終えると、その白紙から、微かな光が放たれ、武士の背後の怨霊の影へと吸い込まれていった。怨霊は、苦しげな呻き声を上げた後、次第にその姿を薄めていき、最後には完全に消え去った。
武士は、怨霊が消えたことに気づくと、張り詰めていた気が緩んだのか、その場に崩れ落ちた。しかし、彼の顔には、悪夢から解放された安堵と、そして、過去の罪と向き合った清々しさのようなものが浮かんでいた。
玄庵は、静かに武士を見守っていた。
「これで、貴殿の心も、いくらかは安寧を得られたでしょう。だが、この罪は、一生背負っていくものだ。それを忘れることなく、償い続けることが、貴殿の生きていく道となる」
玄庵の言葉は、時に厳しく、しかし、武士の魂の救済を願う、深い慈悲に満ちていた。
この一件を通じて、おみつは、玄庵の医術が、単なる治療ではなく、人の心の奥底に隠された「罪」や「業」と向き合い、それを浄化する役割も担っていることを実感した。
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