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第二章:絡み合う糸、深まる謎
第三十六話:黒衣の男、再び
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大蛇の沼から戻った玄庵たちは、村人たちが沼の清掃に取り組み始めたことを知り、安堵していた。
人間と妖怪の間の一歩が、確かに踏み出されたことに、おみつも希望を感じていた。しかし、その穏やかな日常は、長くは続かなかった。
その日の昼下がり、診療所の木戸が、以前と同じように音もなく開いた。
そこに立っていたのは、全身を漆黒の衣に包んだ男、夜叉丸だった。
彼の顔の半分は深い笠で隠されているが、その隙間から覗く目は、以前よりもさらに鋭く、冷たい光を放っているように見えた。
男から放たれる気配は、おみつにとって、肌を刺すような悪意に満ちているように感じられた。
おみつは思わず息を呑み、身構えた。
夜叉丸は、おみつを一瞥すると、何の言葉も発さずに玄庵の元へと真っ直ぐに進んでいく。
「随分と骨の折れる旅をしてきたようだな、玄庵」
夜叉丸の声は、以前と同様に低く、感情のこもらない響きだった。玄庵は、夜叉丸の言葉に微かに反応した。
その表情は、いつもの冷静さを保っているが、その瞳の奥には、警戒の色が深く宿っているように見えた。
「貴様には関係のないことだ。何の用だ、夜叉丸」
玄庵の言葉は、以前よりも突き放すような冷たさだった。
夜叉丸は、フッと冷笑した。
「相変わらず、薄情な男だ。しかし、貴様の悪癖は治らぬな。穢れを癒やすだの、共存だの、そんな戯言をいつまで続けるつもりだ」
夜叉丸の言葉に、おみつは胸騒ぎを覚えた。彼らは、大蛇の妖怪との一件まで知っているのか。
「この世の穢れは、貴様の想像以上に根深く、そして広がり続けている。それを癒やすなど、不可能だ。貴様がどれだけ足掻こうとも、過去からは逃れられぬ」
夜叉丸の言葉は、静かでありながら、玄庵の心の奥底に突き刺さるような響きを持っていた。
おみつは、その言葉の「過去」という部分に、再び玄庵の「癒やされぬ傷」との関連性を感じ取った。
玄庵は、夜叉丸の挑発的な言葉にも、表情一つ変えなかった。しかし、その拳は、微かに握り締められているように見えた。
「貴様は、私に何をさせたい」
玄庵が問いかけると、夜叉丸はゆっくりと玄庵の周囲を回り始めた。その視線は、玄庵の全身を値踏みするかのように、じっと見つめている。
「私は、ただ真実を告げに来ただけだ。貴様の力は、所詮、小手先の延命に過ぎぬ。この世を蝕む穢れは、貴様一人の力でどうこうできるものではないのだ」
夜叉丸は、そう言って、フッと嘲笑した。その嘲笑は、まるで玄庵のこれまでの努力を嘲るかのようだった。
「貴様は、かつてその身に宿した『鬼』の力を捨て去り、人間に成り下がろうとしている。だが、それは無駄な足掻きだ。貴様の血は、この世の穢れを滅ぼすためにある」
夜叉丸の言葉に、おみつはハッとした。
「鬼の力」。
以前、古尾や竜胆も口にした言葉だ。
そして、夜叉丸の言葉は、玄庵が過去に「鬼」として力を振るっていたことを示唆している。
しかし、玄庵は今、その力を封印し、人間に寄り添う医者として生きている。
「貴様がその力を再び振るわぬのなら、いずれその力は、朽ち果てるだろう。あるいは、この世の穢れに飲み込まれるか」
夜叉丸は、意味深な言葉を残した。それは、玄庵への警告なのか、それとも、脅しなのか。
夜叉丸は、玄庵にそれ以上何も言わず、踵を返した。そして、おみつの横を通り過ぎる際、再び冷たい視線をおみつに向けた。
「この娘も、貴様の足枷となるだろう。貴様の甘さは、全てを破滅させるぞ」
夜叉丸はそう言い残し、音もなく診療所を去っていった。
夜叉丸が去った後も、診療所には重苦しい空気が残っていた。
おみつは、その場に立ち尽くしたまま、全身から力が抜けていくのを感じていた。
夜叉丸の言葉は、玄庵の過去に、新たな、そして非常に不穏な扉が開かれたことを意味していた。
玄庵の「癒やされぬ傷」は、彼がかつて「鬼」として力を振るっていたこと、そしてその力を封印したことと関係があるのだろうか。そして、夜叉丸は、玄庵に何をさせたいのか。
玄庵は、静かに目を閉じ、そして深く息を吐いた。その顔には、普段は決して見せない、深い苦悩の色が浮かんでいた。
おみつは、夜叉丸の言葉が指し示す玄庵の深い過去、そして彼が背負う運命の重みに、改めて圧倒されていた。それは、単なる個人的な「傷」ではなく、この世界の根源的な「穢れ」と深く結びついているようだった。
そして、おみつ自身が、玄庵の「足枷」となるという言葉に、言いようのない不安を感じながらも、同時に、彼を支えたいという強い決意を固めていた。
人間と妖怪の間の一歩が、確かに踏み出されたことに、おみつも希望を感じていた。しかし、その穏やかな日常は、長くは続かなかった。
その日の昼下がり、診療所の木戸が、以前と同じように音もなく開いた。
そこに立っていたのは、全身を漆黒の衣に包んだ男、夜叉丸だった。
彼の顔の半分は深い笠で隠されているが、その隙間から覗く目は、以前よりもさらに鋭く、冷たい光を放っているように見えた。
男から放たれる気配は、おみつにとって、肌を刺すような悪意に満ちているように感じられた。
おみつは思わず息を呑み、身構えた。
夜叉丸は、おみつを一瞥すると、何の言葉も発さずに玄庵の元へと真っ直ぐに進んでいく。
「随分と骨の折れる旅をしてきたようだな、玄庵」
夜叉丸の声は、以前と同様に低く、感情のこもらない響きだった。玄庵は、夜叉丸の言葉に微かに反応した。
その表情は、いつもの冷静さを保っているが、その瞳の奥には、警戒の色が深く宿っているように見えた。
「貴様には関係のないことだ。何の用だ、夜叉丸」
玄庵の言葉は、以前よりも突き放すような冷たさだった。
夜叉丸は、フッと冷笑した。
「相変わらず、薄情な男だ。しかし、貴様の悪癖は治らぬな。穢れを癒やすだの、共存だの、そんな戯言をいつまで続けるつもりだ」
夜叉丸の言葉に、おみつは胸騒ぎを覚えた。彼らは、大蛇の妖怪との一件まで知っているのか。
「この世の穢れは、貴様の想像以上に根深く、そして広がり続けている。それを癒やすなど、不可能だ。貴様がどれだけ足掻こうとも、過去からは逃れられぬ」
夜叉丸の言葉は、静かでありながら、玄庵の心の奥底に突き刺さるような響きを持っていた。
おみつは、その言葉の「過去」という部分に、再び玄庵の「癒やされぬ傷」との関連性を感じ取った。
玄庵は、夜叉丸の挑発的な言葉にも、表情一つ変えなかった。しかし、その拳は、微かに握り締められているように見えた。
「貴様は、私に何をさせたい」
玄庵が問いかけると、夜叉丸はゆっくりと玄庵の周囲を回り始めた。その視線は、玄庵の全身を値踏みするかのように、じっと見つめている。
「私は、ただ真実を告げに来ただけだ。貴様の力は、所詮、小手先の延命に過ぎぬ。この世を蝕む穢れは、貴様一人の力でどうこうできるものではないのだ」
夜叉丸は、そう言って、フッと嘲笑した。その嘲笑は、まるで玄庵のこれまでの努力を嘲るかのようだった。
「貴様は、かつてその身に宿した『鬼』の力を捨て去り、人間に成り下がろうとしている。だが、それは無駄な足掻きだ。貴様の血は、この世の穢れを滅ぼすためにある」
夜叉丸の言葉に、おみつはハッとした。
「鬼の力」。
以前、古尾や竜胆も口にした言葉だ。
そして、夜叉丸の言葉は、玄庵が過去に「鬼」として力を振るっていたことを示唆している。
しかし、玄庵は今、その力を封印し、人間に寄り添う医者として生きている。
「貴様がその力を再び振るわぬのなら、いずれその力は、朽ち果てるだろう。あるいは、この世の穢れに飲み込まれるか」
夜叉丸は、意味深な言葉を残した。それは、玄庵への警告なのか、それとも、脅しなのか。
夜叉丸は、玄庵にそれ以上何も言わず、踵を返した。そして、おみつの横を通り過ぎる際、再び冷たい視線をおみつに向けた。
「この娘も、貴様の足枷となるだろう。貴様の甘さは、全てを破滅させるぞ」
夜叉丸はそう言い残し、音もなく診療所を去っていった。
夜叉丸が去った後も、診療所には重苦しい空気が残っていた。
おみつは、その場に立ち尽くしたまま、全身から力が抜けていくのを感じていた。
夜叉丸の言葉は、玄庵の過去に、新たな、そして非常に不穏な扉が開かれたことを意味していた。
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玄庵は、静かに目を閉じ、そして深く息を吐いた。その顔には、普段は決して見せない、深い苦悩の色が浮かんでいた。
おみつは、夜叉丸の言葉が指し示す玄庵の深い過去、そして彼が背負う運命の重みに、改めて圧倒されていた。それは、単なる個人的な「傷」ではなく、この世界の根源的な「穢れ」と深く結びついているようだった。
そして、おみつ自身が、玄庵の「足枷」となるという言葉に、言いようのない不安を感じながらも、同時に、彼を支えたいという強い決意を固めていた。
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