【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第三章:鬼の貌(かんばせ)、人の心

第四十六話:人間と妖怪の子

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 梅雨の気配が色濃くなってきたある日の朝、診療所の前に、顔色の悪い男が一人、憔悴しきった様子で立っていた。

 その手には、毛布にくるまれた小さな子供が抱かれている。男は、玄庵の姿を見るなり、縋るように声を絞り出した。

「先生、どうか、この子を助けてくだせぇ! この子が……この子が、死んでしまう!」

 玄庵は、男の顔を静かに見つめ、そして毛布の中の子供に視線を移した。
子供は、まだ幼い少年で、その顔は蒼白く、体中に黒い痣が浮かび上がっている。苦しそうに呼吸を繰り返し、意識は朦朧としているようだった。

 しかし、玄庵の視線は、少年の顔の半分を覆う、わずかに赤い斑点に釘付けになった。
それは、人間にはない、しかし、天狗の血筋に現れる特徴的な痣だった。

「この子は……」

 玄庵が呟くと、男は頷いた。

「はい……この子は、私の息子ですが、その、妻が……天狗の、その……」

 男は、言葉を濁した。
人間と妖怪の間に子供が生まれたこと、そしてその子が奇病を患っていることを、周囲に知られるのを恐れているのだろう。

「この子が生まれた時から、この痣があって……。人里では化け物と蔑まれ、天狗の里に行っても、人間との混血だと疎まれ……。どこに行っても、この子は居場所がなくて……」

 男の声は、悲痛に震えていた。親として、我が子を守りきれない無力感が、彼を蝕んでいた。

 玄庵は、少年の額にそっと手を触れた。
少年の体からは、微かながら、確かに穢れの気配が感じられる。それは、肉体的な病というよりも、彼の出自に対する周囲の差別や拒絶、そして少年自身の深い孤独と絶望が、穢れとして顕れたものだった。

「この病は、肉体的なものだけではない。心の穢れが、体を蝕んでいる」

 玄庵の言葉に、男は顔を伏せた。

「どうすれば……この子は、もう助からないんでしょうか……?」

「諦めてはならぬ。まだ手立てはある」

 玄庵は、そう言って、少年を診察台に寝かせた。彼の顔には、いつもの冷静さに加え、どこか決意のようなものが宿っているように見えた。

 玄庵自身もまた、人間と鬼の間に生まれた存在。この少年の苦しみは、彼自身の過去とも重なる部分があるのかもしれない。

 おみつは、傍でその様子を見ていた。
少年の蒼白な顔、そして父親の悲痛な叫びが、おみつの心に深く響いた。
人間と妖怪の間に生まれたというだけで、これほどの苦しみを背負わされるのか。

 玄庵は、薬草を調合し、少年に飲ませる準備を始めた。同時に、彼の指先から、浄化の力を少年の体に流し込んでいく。

 しかし、少年の黒い痣は、一向に消えようとしない。それどころか、時折、体中の痣がチカチカと不規則に光り、少年は苦しそうに魘(うな)されたように「いらない」「化け物」と呟く。

 その言葉を聞くたびに、おみつの胸は締め付けられた。

(この子は、自分がいらない存在だと思って、苦しんでいるんだ……)

 おみつは、少年の手を優しく握った。
自分には、玄庵のように穢れを浄化する力はない。しかし、この子の心の痛みに寄り添うことなら、できるかもしれない。
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