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第三章:鬼の貌(かんばせ)、人の心
第五十六話:おみつの発案
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小狐と小狸の案内で、玄庵とおみつは産土の神が祀られているという祠へと向かった。
鬼灯横丁から少し離れた、町の外れにそれはあった。鬱蒼とした木々に覆われた小道を進むと、そこには確かに、朽ち果てた小さな鳥居と、苔むした祠が佇んでいた。祠の周りには雑草が生い茂り、参道は土に埋もれかけている。
「ここが、神様の場所でつ……」
小狐が寂しそうに呟いた。祠から漂うのは、清らかな神気ではなく、淀んだ、弱々しい気配だ。まるで、病に伏した人間から発せられるそれのように。
玄庵は、祠の前に静かに立ち、目を閉じた。彼の瞳には、この場所に宿る神の衰弱した姿が映っているかのようだった。
「確かに、力が弱まりきっている。このままでは、長くは保たぬだろう」
玄庵の言葉に、小妖怪たちは顔を青ざめさせた。
「どうすればいいんでつか、先生!」
「信仰を取り戻すことだ。だが、この荒れた祠に、誰もが足を運ぶとは思えん」
玄庵はそう言いながら、手際よく祠の周りの雑草を抜き始めた。おみつもそれに倣い、朽ちた鳥居を拭き、掃き清める。小妖怪たちも、自分たちにできることをと、落ち葉を集めたり、小石を拾ったりして手伝った。
清掃を終え、いくらかすっきりとした祠の前で、おみつは思案顔で玄庵に問いかけた。
「先生、ただ綺麗にしただけじゃ、人は来ないですよね。何か、人々にこの神様を思い出してもらう、良い方法はありませんか?」
玄庵は腕を組み、静かに答えた。
「神は、人々の願いや感謝によって力を得る。だが、それらを忘れ去られた神に、どうやって再び目を向けさせるか……」
その時、おみつの脳裏に、ある考えが閃いた。
「そうだ! お祭りです! この辺りには、年に一度、秋に小さな秋祭りがあったって、おばあちゃんが言ってたんです!」
おみつは目を輝かせた。
「昔は、この祠の神様にも、お祭りが行われていたって。もし、もう一度、この場所でお祭りを開けば、人々は神様のことを思い出してくれるかもしれません!」
おみつの突飛な発想に、玄庵はわずかに目を見開いた。小妖怪たちは、お祭りという言葉に、ぱちくりと目を瞬かせている。
「祭りか……。人々を惹きつけるには、確かに有効な手段ではあるが……」
玄庵は、深く考え込んだ。祭りを開くには、準備も必要だし、人々の協力も不可欠だ。朽ち果てた祠一つで、そんなことができるのだろうか。
「でも、やってみないと分かりません! きっと、昔この神様に感謝していた人もいるはずです。それに、子供たちだって、お祭りがあれば喜んで来てくれますよ!」
おみつは、じっと玄庵を見つめた。その瞳には、諦めない強い意思が宿っている。
「先生は、奇病を治すために、いつもその病気の根本を考えてくれますよね? 神様の病も同じです! 根本の原因は人々の忘れ去られた心。だから、それをもう一度、繋ぎ直すんです!」
おみつの言葉は、玄庵の心に響いた。彼は、いつも人間と妖怪の間に立つ者たちの心に寄り添い、その繋がりを大切にしてきた。
忘れ去られた神もまた、ある意味で人間から隔絶された存在。おみつの発想は、彼の医療の根底にある「繋ぐ」という思想と合致していた。
「……良いだろう。試してみる価値はある」
玄庵が頷くと、おみつは満面の笑みを浮かべた。小妖怪たちは、歓声を上げて飛び跳ねた。
「やったでつ! 神様、きっと喜んでくれまつ!」
おみつたちは、早速お祭り開催に向けて動き出した。まずは、近所の古老たちを訪ね、昔の秋祭りの様子を聞き出した。彼らの話は、かつてこの祠が人々の信仰を集め、賑わっていた頃の様子を生き生きと語ってくれた。
次に、おみつは近所の子供たちに声をかけた。
子供たちは、お祭りという言葉に目を輝かせ、手伝いを申し出てくれた。絵馬を描いたり、簡単な飾り付けを作ったりと、小さな手で一生懸命に作業する。
玄庵は、祭りには直接関わらないが、小妖怪たちに祠の周辺の清掃を手伝わせたり、人々に配るための薬草の準備をしたりと、陰ながら協力した。
彼の存在は、周囲の妖怪たちにも安心感を与え、彼らもまた、お祭りの準備を手伝うために集まってくるようになった。
祭り当日、小妖怪たちが町中を駆け回り、祭りの開催を告知した。
最初は半信半疑だった人々も、子供たちの熱心な呼びかけや、玄庵診療所が関わっていると知って、徐々に興味を持ち始めた。
日が傾き、提灯の明かりが灯り始める頃、廃寺の跡地に人々が集まり始めた。
子供たちの笑い声が響き、昔を知る年寄りは懐かしそうに目を細めている。わずかだが、若者たちも興味深げに祠を見上げていた。
おみつは、集まった人々の前で、声を張り上げた。
「皆様! ようこそ、この祠のお祭りへ! この場所に、産土の神様がいらっしゃいます。昔から、この地を守ってくださっていた、大切な神様です!」
おみつの純粋な言葉が、人々の心に届いた。彼らは、目の前の朽ちた祠が、ただの古い建物ではなく、この地を長年見守ってきた神が宿る場所なのだと、改めて認識した。
やがて、誰かが持ってきた酒と米が祠に供えられ、小さなお神輿が担ぎ上げられた。その場にいた人々が、自然と手を合わせ、神に感謝の念を捧げ始める。
すると、どうだろう。
祠から漂っていた淀んだ気配が、徐々に薄れ、清らかな、温かい神気が満ちていくのが感じられた。それは、まるで病が癒えていくかのような、確かな変化だった。
小狐と小狸は、その変化に気づき、歓喜の声を上げた。
「神様でつ! 神様が、元気になってきてるでつ!」
玄庵は、その光景を静かに見つめていた。彼の表情には、安堵と、そしてかすかな感動が浮かんでいた。医術では治せぬ神の病を、おみつの純粋な発案が、人々の心を繋ぎ直すことで癒やしたのだ。
この小さな奇跡は、おみつの純粋な行動がもたらした、確かな成果だった。そしてそれは、玄庵にとって、自らの内に抱える「鬼」の力とは異なる、もう一つの「癒やしの力」の可能性を示す出来事でもあった。
鬼灯横丁から少し離れた、町の外れにそれはあった。鬱蒼とした木々に覆われた小道を進むと、そこには確かに、朽ち果てた小さな鳥居と、苔むした祠が佇んでいた。祠の周りには雑草が生い茂り、参道は土に埋もれかけている。
「ここが、神様の場所でつ……」
小狐が寂しそうに呟いた。祠から漂うのは、清らかな神気ではなく、淀んだ、弱々しい気配だ。まるで、病に伏した人間から発せられるそれのように。
玄庵は、祠の前に静かに立ち、目を閉じた。彼の瞳には、この場所に宿る神の衰弱した姿が映っているかのようだった。
「確かに、力が弱まりきっている。このままでは、長くは保たぬだろう」
玄庵の言葉に、小妖怪たちは顔を青ざめさせた。
「どうすればいいんでつか、先生!」
「信仰を取り戻すことだ。だが、この荒れた祠に、誰もが足を運ぶとは思えん」
玄庵はそう言いながら、手際よく祠の周りの雑草を抜き始めた。おみつもそれに倣い、朽ちた鳥居を拭き、掃き清める。小妖怪たちも、自分たちにできることをと、落ち葉を集めたり、小石を拾ったりして手伝った。
清掃を終え、いくらかすっきりとした祠の前で、おみつは思案顔で玄庵に問いかけた。
「先生、ただ綺麗にしただけじゃ、人は来ないですよね。何か、人々にこの神様を思い出してもらう、良い方法はありませんか?」
玄庵は腕を組み、静かに答えた。
「神は、人々の願いや感謝によって力を得る。だが、それらを忘れ去られた神に、どうやって再び目を向けさせるか……」
その時、おみつの脳裏に、ある考えが閃いた。
「そうだ! お祭りです! この辺りには、年に一度、秋に小さな秋祭りがあったって、おばあちゃんが言ってたんです!」
おみつは目を輝かせた。
「昔は、この祠の神様にも、お祭りが行われていたって。もし、もう一度、この場所でお祭りを開けば、人々は神様のことを思い出してくれるかもしれません!」
おみつの突飛な発想に、玄庵はわずかに目を見開いた。小妖怪たちは、お祭りという言葉に、ぱちくりと目を瞬かせている。
「祭りか……。人々を惹きつけるには、確かに有効な手段ではあるが……」
玄庵は、深く考え込んだ。祭りを開くには、準備も必要だし、人々の協力も不可欠だ。朽ち果てた祠一つで、そんなことができるのだろうか。
「でも、やってみないと分かりません! きっと、昔この神様に感謝していた人もいるはずです。それに、子供たちだって、お祭りがあれば喜んで来てくれますよ!」
おみつは、じっと玄庵を見つめた。その瞳には、諦めない強い意思が宿っている。
「先生は、奇病を治すために、いつもその病気の根本を考えてくれますよね? 神様の病も同じです! 根本の原因は人々の忘れ去られた心。だから、それをもう一度、繋ぎ直すんです!」
おみつの言葉は、玄庵の心に響いた。彼は、いつも人間と妖怪の間に立つ者たちの心に寄り添い、その繋がりを大切にしてきた。
忘れ去られた神もまた、ある意味で人間から隔絶された存在。おみつの発想は、彼の医療の根底にある「繋ぐ」という思想と合致していた。
「……良いだろう。試してみる価値はある」
玄庵が頷くと、おみつは満面の笑みを浮かべた。小妖怪たちは、歓声を上げて飛び跳ねた。
「やったでつ! 神様、きっと喜んでくれまつ!」
おみつたちは、早速お祭り開催に向けて動き出した。まずは、近所の古老たちを訪ね、昔の秋祭りの様子を聞き出した。彼らの話は、かつてこの祠が人々の信仰を集め、賑わっていた頃の様子を生き生きと語ってくれた。
次に、おみつは近所の子供たちに声をかけた。
子供たちは、お祭りという言葉に目を輝かせ、手伝いを申し出てくれた。絵馬を描いたり、簡単な飾り付けを作ったりと、小さな手で一生懸命に作業する。
玄庵は、祭りには直接関わらないが、小妖怪たちに祠の周辺の清掃を手伝わせたり、人々に配るための薬草の準備をしたりと、陰ながら協力した。
彼の存在は、周囲の妖怪たちにも安心感を与え、彼らもまた、お祭りの準備を手伝うために集まってくるようになった。
祭り当日、小妖怪たちが町中を駆け回り、祭りの開催を告知した。
最初は半信半疑だった人々も、子供たちの熱心な呼びかけや、玄庵診療所が関わっていると知って、徐々に興味を持ち始めた。
日が傾き、提灯の明かりが灯り始める頃、廃寺の跡地に人々が集まり始めた。
子供たちの笑い声が響き、昔を知る年寄りは懐かしそうに目を細めている。わずかだが、若者たちも興味深げに祠を見上げていた。
おみつは、集まった人々の前で、声を張り上げた。
「皆様! ようこそ、この祠のお祭りへ! この場所に、産土の神様がいらっしゃいます。昔から、この地を守ってくださっていた、大切な神様です!」
おみつの純粋な言葉が、人々の心に届いた。彼らは、目の前の朽ちた祠が、ただの古い建物ではなく、この地を長年見守ってきた神が宿る場所なのだと、改めて認識した。
やがて、誰かが持ってきた酒と米が祠に供えられ、小さなお神輿が担ぎ上げられた。その場にいた人々が、自然と手を合わせ、神に感謝の念を捧げ始める。
すると、どうだろう。
祠から漂っていた淀んだ気配が、徐々に薄れ、清らかな、温かい神気が満ちていくのが感じられた。それは、まるで病が癒えていくかのような、確かな変化だった。
小狐と小狸は、その変化に気づき、歓喜の声を上げた。
「神様でつ! 神様が、元気になってきてるでつ!」
玄庵は、その光景を静かに見つめていた。彼の表情には、安堵と、そしてかすかな感動が浮かんでいた。医術では治せぬ神の病を、おみつの純粋な発案が、人々の心を繋ぎ直すことで癒やしたのだ。
この小さな奇跡は、おみつの純粋な行動がもたらした、確かな成果だった。そしてそれは、玄庵にとって、自らの内に抱える「鬼」の力とは異なる、もう一つの「癒やしの力」の可能性を示す出来事でもあった。
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