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第三章:鬼の貌(かんばせ)、人の心
第五十五話:忘れられた神
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玄庵の容態は順調に回復し、いつもの診療所での日常が戻りつつあった。
しかし、あの夜の出来事が、おみつの心に深い刻印を残したのは言うまでもない。
玄庵の回復を心から喜びつつも、彼女は常に彼の身体を気遣うようになった。
そんなある日の午後、診療所に奇妙な患者が訪れた。二匹の小さな妖怪だ。一匹は手のひらサイズの狐で、もう一匹は手のひらサイズの狸。
どちらもまだ幼いようで、おどおどとした様子で診療所の戸口から顔を覗かせている。
「あの……すみませーん……ここ、お医者さん、でつか?」
狐の妖怪が、甲高い声で問いかけた。
その声は、震えていた。狸の妖怪は、狐の陰に隠れるようにして、玄庵とおみつをじっと見つめている。
玄庵は、彼らをゆっくりと見つめた。
「そうだ。何か困り事か?」
玄庵の静かな声に、二匹の妖怪は互いに顔を見合わせた。やがて、狐の妖怪が意を決したように前に出た。
「あのね……お願いがありまつ。あたしたちの、神様が……病気になっちゃって……」
「神様?」
おみつは驚いて問い返した。妖怪が神様を「病気」と表現するとは、一体どういうことだろうか。
狐の妖怪は、小さな手を合わせ、必死な顔で訴えた。
「はい。この近くの、小さな祠にいらっしゃる、産土(うぶすな)の神様なんでつ。昔は、里の人たちもたくさんお参りに来てくれたんだけど、今はもう、誰も……」
狸の妖怪も、狐の言葉に頷いた。
「みんな、神様のことを忘れちゃったから……だから、神様、力がどんどん弱くなっちゃって……」
話を聞けば、彼らが指す「神様」とは、かつてこの地の守り神として崇められていた小さな神社の神様だという。しかし、時代の移り変わりと共に人々は神を忘れ、その神社も手入れをされなくなり、今では朽ち果てた祠が残るだけになっていた。
人々からの信仰という「力」を失った神様は、日に日に衰弱し、ついに起き上がることもできなくなってしまったのだという。
「お願いでつ、先生! どうか、神様を治してくだたい!」
二匹の小妖怪は、玄庵の足元に駆け寄り、懇願するように頭を下げた。彼らの瞳は、潤んでいた。
玄庵は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「神は、人間や妖怪の病とは異なる。信仰によって力を得る存在だ。医術では、直接治すことはできん」
玄庵の言葉に、小妖怪たちはがっくりと肩を落とした。
「そんな……やっぱり、だめなのか……」
その様子を見ていたおみつは、いてもたってもいられなくなった。
「先生! でも、何かできることはありませんか? この子たち、あんなに必死に願ってるんです!」
おみつは、小妖怪たちの健気な姿に心を打たれていた。神様が病気だと言われても、彼らがその神様を慕い、助けを求める気持ちは、人間と何ら変わらない。
玄庵は、おみつの真剣な眼差しを受け止め、再び沈黙した。やがて、彼はゆっくりと視線を小妖怪たちに向けた。
「医術で治せなくとも、道を探ることはできるかもしれない。その神が、本当に信仰を失った故に衰弱しているのならば、必要なのは『信仰』を取り戻すことだ」
玄庵の言葉に、小妖怪たちの顔に希望の光が灯った。
「信仰……? でつか?」
「そうだ。人々が再び神を思い出し、祀る心を抱けば、神は力を取り戻すだろう」
しかし、それは口で言うほど簡単なことではない。人々が忘れ去った神を、今更思い出させるなど、一体どうすれば良いのだろうか。
「でも、どうやって……?」
おみつも、その難しさを感じていた。そんなおみつと小妖怪たちに、玄庵は静かに告げた。
「まずは、その祠の場所を教えてもらおう。そして、その神が、なぜ人々から忘れ去られたのか、その理由を探る必要がある」
玄庵は、医者として、病の原因を探るように、神が衰弱した理由を解き明かそうとしているのだ。
小妖怪たちは、玄庵の言葉に、希望に満ちた顔で頷いた。
「は、はいでつ! すぐにご案内しまつ!」
狐と狸の小妖怪は、喜びのあまり、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。その健気な姿に、おみつは思わず頬を緩ませた。
玄庵は、ゆっくりと立ち上がると、診療所の奥へと消えていった。薬草や道具の準備をしているのだろう。
「大丈夫だよ。先生は、きっと神様を助けてくれるから」
おみつは、小妖怪たちに優しく語りかけた。小妖怪たちは、おみつの言葉に、不安げだった表情を和らげた。
忘れ去られた神を救う。それは、通常の医療とは異なる、新たな挑戦だ。
しかし、玄庵は、目の前の小さな命、そしてその小さな命が大切に想う存在を、見捨てることはしなかった。
彼の心には、どんな命も救いたいという、確かな医師の信念が宿っている。
そして、その信念が、新たな奇病の治療へと彼らを導いていくのだった。
しかし、あの夜の出来事が、おみつの心に深い刻印を残したのは言うまでもない。
玄庵の回復を心から喜びつつも、彼女は常に彼の身体を気遣うようになった。
そんなある日の午後、診療所に奇妙な患者が訪れた。二匹の小さな妖怪だ。一匹は手のひらサイズの狐で、もう一匹は手のひらサイズの狸。
どちらもまだ幼いようで、おどおどとした様子で診療所の戸口から顔を覗かせている。
「あの……すみませーん……ここ、お医者さん、でつか?」
狐の妖怪が、甲高い声で問いかけた。
その声は、震えていた。狸の妖怪は、狐の陰に隠れるようにして、玄庵とおみつをじっと見つめている。
玄庵は、彼らをゆっくりと見つめた。
「そうだ。何か困り事か?」
玄庵の静かな声に、二匹の妖怪は互いに顔を見合わせた。やがて、狐の妖怪が意を決したように前に出た。
「あのね……お願いがありまつ。あたしたちの、神様が……病気になっちゃって……」
「神様?」
おみつは驚いて問い返した。妖怪が神様を「病気」と表現するとは、一体どういうことだろうか。
狐の妖怪は、小さな手を合わせ、必死な顔で訴えた。
「はい。この近くの、小さな祠にいらっしゃる、産土(うぶすな)の神様なんでつ。昔は、里の人たちもたくさんお参りに来てくれたんだけど、今はもう、誰も……」
狸の妖怪も、狐の言葉に頷いた。
「みんな、神様のことを忘れちゃったから……だから、神様、力がどんどん弱くなっちゃって……」
話を聞けば、彼らが指す「神様」とは、かつてこの地の守り神として崇められていた小さな神社の神様だという。しかし、時代の移り変わりと共に人々は神を忘れ、その神社も手入れをされなくなり、今では朽ち果てた祠が残るだけになっていた。
人々からの信仰という「力」を失った神様は、日に日に衰弱し、ついに起き上がることもできなくなってしまったのだという。
「お願いでつ、先生! どうか、神様を治してくだたい!」
二匹の小妖怪は、玄庵の足元に駆け寄り、懇願するように頭を下げた。彼らの瞳は、潤んでいた。
玄庵は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「神は、人間や妖怪の病とは異なる。信仰によって力を得る存在だ。医術では、直接治すことはできん」
玄庵の言葉に、小妖怪たちはがっくりと肩を落とした。
「そんな……やっぱり、だめなのか……」
その様子を見ていたおみつは、いてもたってもいられなくなった。
「先生! でも、何かできることはありませんか? この子たち、あんなに必死に願ってるんです!」
おみつは、小妖怪たちの健気な姿に心を打たれていた。神様が病気だと言われても、彼らがその神様を慕い、助けを求める気持ちは、人間と何ら変わらない。
玄庵は、おみつの真剣な眼差しを受け止め、再び沈黙した。やがて、彼はゆっくりと視線を小妖怪たちに向けた。
「医術で治せなくとも、道を探ることはできるかもしれない。その神が、本当に信仰を失った故に衰弱しているのならば、必要なのは『信仰』を取り戻すことだ」
玄庵の言葉に、小妖怪たちの顔に希望の光が灯った。
「信仰……? でつか?」
「そうだ。人々が再び神を思い出し、祀る心を抱けば、神は力を取り戻すだろう」
しかし、それは口で言うほど簡単なことではない。人々が忘れ去った神を、今更思い出させるなど、一体どうすれば良いのだろうか。
「でも、どうやって……?」
おみつも、その難しさを感じていた。そんなおみつと小妖怪たちに、玄庵は静かに告げた。
「まずは、その祠の場所を教えてもらおう。そして、その神が、なぜ人々から忘れ去られたのか、その理由を探る必要がある」
玄庵は、医者として、病の原因を探るように、神が衰弱した理由を解き明かそうとしているのだ。
小妖怪たちは、玄庵の言葉に、希望に満ちた顔で頷いた。
「は、はいでつ! すぐにご案内しまつ!」
狐と狸の小妖怪は、喜びのあまり、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。その健気な姿に、おみつは思わず頬を緩ませた。
玄庵は、ゆっくりと立ち上がると、診療所の奥へと消えていった。薬草や道具の準備をしているのだろう。
「大丈夫だよ。先生は、きっと神様を助けてくれるから」
おみつは、小妖怪たちに優しく語りかけた。小妖怪たちは、おみつの言葉に、不安げだった表情を和らげた。
忘れ去られた神を救う。それは、通常の医療とは異なる、新たな挑戦だ。
しかし、玄庵は、目の前の小さな命、そしてその小さな命が大切に想う存在を、見捨てることはしなかった。
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そして、その信念が、新たな奇病の治療へと彼らを導いていくのだった。
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