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第三章:鬼の貌(かんばせ)、人の心
第五十八話:竜胆との共闘
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忘れられた神を救った一件以来、玄庵の表情は以前よりも穏やかになり、診療所にもどこか温かい空気が漂うようになっていた。
そんな平穏な日々は長くは続かない。ある日、古尾が慌ただしく診療所に飛び込んできた。
「玄庵先生! おみつさん! 大変なことになりやした!」
古尾の顔は、いつになく真剣だった。普段の彼からは想像できないほどの緊迫した様子に、玄庵とおみつは顔を見合わせた。
「どうした、古尾?」
玄庵が問いかけると、古尾は息を切らしながら続けた。
「蝕組のやつらが、新たな刺客を送り込んできやした! しかも、今度はただの妖術使いじゃねえ! ……あいつらが、忌み嫌っていたはずの『穢れ』を、その身に宿しているんでさぁ!」
古尾の言葉に、玄庵の表情が険しくなった。穢れをその身に宿す刺客――それは、蝕組の目的が、単なる玄庵の力の奪取だけでなく、より深いところにあることを示唆していた。
「穢れを宿す……。それは、厄介だな」
玄庵はそう呟くと、思案顔で腕を組んだ。
穢れは、人々の負の感情が凝り固まったもの。それを直接その身に宿す者は、精神を病み、破壊衝動に駆られることが多い。そして、玄庵自身、その力に苦しめられてきた経験がある。
「その刺客は、どこに?」
おみつが問いかけると、古尾は地図を広げた。
「それが、厄介なことに、こいつらは近隣の村を襲いやがったんでさぁ。村人たちが原因不明の奇病に倒れ、混乱が広がりつつありやす」
「奇病……」
玄庵の瞳が、鋭く光った。人々の穢れが、奇病として表れる。それは、彼が最も忌み嫌う事態だった。
「先生、すぐに行きましょう!」
おみつは迷うことなく言った。村人たちが苦しんでいるのを見過ごすことなど、彼女にはできなかった。
玄庵は頷き、診療所の奥へと消えた。薬や道具の準備をしているのだろう。古尾は、不安げな表情で玄庵の背中を見つめていた。
「厄介なことに、今回の刺客は、退魔師の竜胆の因縁の相手でもあるんでさぁ。奴は、以前、竜胆が取り逃がした大妖怪を、無理やり『穢れ』の力を与えて使役しているとか……」
古尾の言葉に、おみつは驚いた。竜胆と蝕組、そして因縁の妖怪。事態は、彼らが想像していたよりも、遥かに複雑に絡み合っているようだった。
村に到着すると、既に穢れの気配が充満し、重苦しい空気が漂っていた。村人たちは、肌に黒い痣が浮き出たり、意識を混濁させたりと、原因不明の病に苦しんでいた。
「くそっ……こんなことをするとは……!」
村の入り口で、怒りに震える竜胆の姿があった。彼の周囲には、既に数体の穢れを纏った妖怪が倒れ伏している。彼は既に、蝕組の刺客と交戦していたのだ。
竜胆は、玄庵たちの姿を認めると、眉をひそめた。
「貴様ら……なぜここにいる」
「蝕組が関わっていると聞き、来た」
玄庵は簡潔に答えた。竜胆は、玄庵の言葉に、わずかに警戒の色を見せたが、すぐにその表情は険しいものに変わった。
「奴らは、穢れを人々にばら撒いている。そして、奴らの頭領は……私が過去に調伏し損ねた大妖怪を、醜悪な姿に変え、操っているのだ!」
竜胆の言葉に、玄庵の目が細められた。穢れを宿すだけでなく、かつての大妖怪を意のままに操るとは。蝕組の力は、想像以上に強大になっている。
その時、村の奥から、おぞましい妖気が立ち上った。
巨大な影が、ゆっくりと姿を現す。それは、かつての神々しい姿を失い、見るも無残なまでに穢れに染まった大妖怪だった。その瞳は濁り、全身からは禍々しい穢れが噴き出している。
「あの姿は……!」
竜胆は、悔しそうに拳を握りしめた。彼が追い求めてきた宿敵が、このような形で再会するとは。
そして、大妖怪の背後には、黒い装束をまとった男が立っていた。蝕組の刺客だ。彼は嘲るように笑う。
「来たか、鬼の医師、玄庵。そして、半端な退魔師、竜胆。お前たち二人の力で、この穢れを止められるかな?」
男の言葉に、玄庵は静かに前へ出た。
「その穢れを、止めてみせる」
しかし、竜胆は玄庵の前に立ちはだかった。
「これは私の因縁の相手だ。貴様に手出しはさせん」
竜胆の言葉に、玄庵はわずかに首を傾げた。
「その大妖怪は、穢れに心を囚われている。お前一人で、どうこうできる相手ではない」
「うるさい! 貴様のやり方では、何も解決せぬ!」
竜胆は、玄庵を信用していない。
彼は、玄庵の「対話」を重んじるやり方が、このような強力な敵には通用しないと考えている。
その時、大妖怪が咆哮を上げた。穢れの力が村中に広がり、倒れている村人たちの苦しみがさらに深まる。
「こんな時だというのに……!」
おみつは、二人の間に漂う対立の空気に苛立ちを覚えた。村人たちは苦しんでいる。今、すべきは争いではない。
「竜胆さん! 今、争っている場合ではありません! 村の人たちが苦しんでいます!」
おみつが必死に叫ぶと、竜胆は一瞬、はっとした表情を見せた。彼の正義感は強い。目の前の人々が苦しんでいるのに、私情を挟んでいる場合ではないと、彼は気づいたのだ。
玄庵は、そんな竜胆の様子を静かに見つめ、口を開いた。
「……私の目的は、この村を、そして穢れに囚われた大妖怪を救うことだ。お前の目的も、同じであろう」
玄庵の言葉は、竜胆の心に響いた。二人の目的は、確かに同じだ。
「……致し方ない。今回の件に限り、貴様と手を組もう」
竜胆は、不承不承といった様子でそう言ったが、その瞳には、確かな覚悟の色が宿っていた。
玄庵は、わずかに頷いた。互いのやり方は違えども、今、彼らが立ち向かうべき敵は、同じなのだ。
蝕組の刺客は、二人の様子を嘲笑うかのように見つめている。彼らは、玄庵と竜胆の力を侮っている。
しかし、鬼の力を持つ医師と、強力な退魔師という、異色の組み合わせが、今、ここに誕生した。
彼らが力を合わせる時、何が起こるのか。
穢れに染まった大妖怪と、それを操る蝕組の刺客。
そして、彼らを救おうとする玄庵と竜胆。
新たな戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
そんな平穏な日々は長くは続かない。ある日、古尾が慌ただしく診療所に飛び込んできた。
「玄庵先生! おみつさん! 大変なことになりやした!」
古尾の顔は、いつになく真剣だった。普段の彼からは想像できないほどの緊迫した様子に、玄庵とおみつは顔を見合わせた。
「どうした、古尾?」
玄庵が問いかけると、古尾は息を切らしながら続けた。
「蝕組のやつらが、新たな刺客を送り込んできやした! しかも、今度はただの妖術使いじゃねえ! ……あいつらが、忌み嫌っていたはずの『穢れ』を、その身に宿しているんでさぁ!」
古尾の言葉に、玄庵の表情が険しくなった。穢れをその身に宿す刺客――それは、蝕組の目的が、単なる玄庵の力の奪取だけでなく、より深いところにあることを示唆していた。
「穢れを宿す……。それは、厄介だな」
玄庵はそう呟くと、思案顔で腕を組んだ。
穢れは、人々の負の感情が凝り固まったもの。それを直接その身に宿す者は、精神を病み、破壊衝動に駆られることが多い。そして、玄庵自身、その力に苦しめられてきた経験がある。
「その刺客は、どこに?」
おみつが問いかけると、古尾は地図を広げた。
「それが、厄介なことに、こいつらは近隣の村を襲いやがったんでさぁ。村人たちが原因不明の奇病に倒れ、混乱が広がりつつありやす」
「奇病……」
玄庵の瞳が、鋭く光った。人々の穢れが、奇病として表れる。それは、彼が最も忌み嫌う事態だった。
「先生、すぐに行きましょう!」
おみつは迷うことなく言った。村人たちが苦しんでいるのを見過ごすことなど、彼女にはできなかった。
玄庵は頷き、診療所の奥へと消えた。薬や道具の準備をしているのだろう。古尾は、不安げな表情で玄庵の背中を見つめていた。
「厄介なことに、今回の刺客は、退魔師の竜胆の因縁の相手でもあるんでさぁ。奴は、以前、竜胆が取り逃がした大妖怪を、無理やり『穢れ』の力を与えて使役しているとか……」
古尾の言葉に、おみつは驚いた。竜胆と蝕組、そして因縁の妖怪。事態は、彼らが想像していたよりも、遥かに複雑に絡み合っているようだった。
村に到着すると、既に穢れの気配が充満し、重苦しい空気が漂っていた。村人たちは、肌に黒い痣が浮き出たり、意識を混濁させたりと、原因不明の病に苦しんでいた。
「くそっ……こんなことをするとは……!」
村の入り口で、怒りに震える竜胆の姿があった。彼の周囲には、既に数体の穢れを纏った妖怪が倒れ伏している。彼は既に、蝕組の刺客と交戦していたのだ。
竜胆は、玄庵たちの姿を認めると、眉をひそめた。
「貴様ら……なぜここにいる」
「蝕組が関わっていると聞き、来た」
玄庵は簡潔に答えた。竜胆は、玄庵の言葉に、わずかに警戒の色を見せたが、すぐにその表情は険しいものに変わった。
「奴らは、穢れを人々にばら撒いている。そして、奴らの頭領は……私が過去に調伏し損ねた大妖怪を、醜悪な姿に変え、操っているのだ!」
竜胆の言葉に、玄庵の目が細められた。穢れを宿すだけでなく、かつての大妖怪を意のままに操るとは。蝕組の力は、想像以上に強大になっている。
その時、村の奥から、おぞましい妖気が立ち上った。
巨大な影が、ゆっくりと姿を現す。それは、かつての神々しい姿を失い、見るも無残なまでに穢れに染まった大妖怪だった。その瞳は濁り、全身からは禍々しい穢れが噴き出している。
「あの姿は……!」
竜胆は、悔しそうに拳を握りしめた。彼が追い求めてきた宿敵が、このような形で再会するとは。
そして、大妖怪の背後には、黒い装束をまとった男が立っていた。蝕組の刺客だ。彼は嘲るように笑う。
「来たか、鬼の医師、玄庵。そして、半端な退魔師、竜胆。お前たち二人の力で、この穢れを止められるかな?」
男の言葉に、玄庵は静かに前へ出た。
「その穢れを、止めてみせる」
しかし、竜胆は玄庵の前に立ちはだかった。
「これは私の因縁の相手だ。貴様に手出しはさせん」
竜胆の言葉に、玄庵はわずかに首を傾げた。
「その大妖怪は、穢れに心を囚われている。お前一人で、どうこうできる相手ではない」
「うるさい! 貴様のやり方では、何も解決せぬ!」
竜胆は、玄庵を信用していない。
彼は、玄庵の「対話」を重んじるやり方が、このような強力な敵には通用しないと考えている。
その時、大妖怪が咆哮を上げた。穢れの力が村中に広がり、倒れている村人たちの苦しみがさらに深まる。
「こんな時だというのに……!」
おみつは、二人の間に漂う対立の空気に苛立ちを覚えた。村人たちは苦しんでいる。今、すべきは争いではない。
「竜胆さん! 今、争っている場合ではありません! 村の人たちが苦しんでいます!」
おみつが必死に叫ぶと、竜胆は一瞬、はっとした表情を見せた。彼の正義感は強い。目の前の人々が苦しんでいるのに、私情を挟んでいる場合ではないと、彼は気づいたのだ。
玄庵は、そんな竜胆の様子を静かに見つめ、口を開いた。
「……私の目的は、この村を、そして穢れに囚われた大妖怪を救うことだ。お前の目的も、同じであろう」
玄庵の言葉は、竜胆の心に響いた。二人の目的は、確かに同じだ。
「……致し方ない。今回の件に限り、貴様と手を組もう」
竜胆は、不承不承といった様子でそう言ったが、その瞳には、確かな覚悟の色が宿っていた。
玄庵は、わずかに頷いた。互いのやり方は違えども、今、彼らが立ち向かうべき敵は、同じなのだ。
蝕組の刺客は、二人の様子を嘲笑うかのように見つめている。彼らは、玄庵と竜胆の力を侮っている。
しかし、鬼の力を持つ医師と、強力な退魔師という、異色の組み合わせが、今、ここに誕生した。
彼らが力を合わせる時、何が起こるのか。
穢れに染まった大妖怪と、それを操る蝕組の刺客。
そして、彼らを救おうとする玄庵と竜胆。
新たな戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
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