【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第三章:鬼の貌(かんばせ)、人の心

第五十九話:蝕組の頭領

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 玄庵と竜胆の共闘は、予想以上に機能した。竜胆の激しい攻撃と、玄庵の妖術を応用した防御・治療が連携し、穢れを宿した大妖怪を追い詰めていく。

 おみつは、玄庵の指示で穢れに侵された村人たちに薬を与え、その苦しみを和らげようと奔走した。

「竜胆! 奴は、穢れの根源と繋がっている! 直接攻撃だけでは、すぐに再生する!」

 玄庵が叫んだ。穢れを纏った大妖怪は、竜胆の放つ霊符や剣戟を受けても、すぐに黒い靄となって再生する。

「ならばどうする!?」
 竜胆が苛立ちを募らせた。

「穢れを浄化しながら、本体を叩く。私の霊力で動きを鈍らせる。その隙を、お前が突け!」

 玄庵の提案に、竜胆は一瞬躊躇した。妖怪の力を信じない彼にとって、玄庵の力に頼ることは本意ではない。しかし、眼前で苦しむ村人たちの姿と、再生する大妖怪の姿に、彼は決断を迫られた。

「……良いだろう! だが、しくじれば容赦はせんぞ、鬼の医者!」

 竜胆はそう言い放つと、玄庵の言葉に従い、大妖怪の動きを封じるための霊力を高め始めた。

 玄庵は、穢れをまとった大妖怪に向かって、静かに術を発動した。彼の指先から放たれるのは、浄化の力。それは、純粋な光ではなく、まるで暗闇を吸い込むような、深く静かな輝きを放っていた。その光が、大妖怪の身体を覆う穢れの靄を、少しずつではあるが、確実に削り取っていく。

「ぐおおおおお!」

 穢れを削られた大妖怪が、苦悶の叫びを上げた。その隙を逃さず、竜胆が渾身の力を込めた一撃を、大妖怪の本体へと放った。彼の剣が、穢れの靄を貫き、大妖怪の肉を深く抉る。

「よくやった、竜胆!」

 玄庵の言葉に、竜胆は初めて満足げな表情を見せた。二人の共闘は、確かな効果を上げていた。蝕組の刺客は、その光景に顔色を変えた。

「まさか……この穢れを浄化する者がいるとは……!」

 刺客は、焦りの色を浮かべながら、新たな妖術を唱えようとする。しかし、玄庵はその動きをいち早く察知し、刺客に向かって強く手を振った。目に見えぬ力が刺客を襲い、その動きを封じる。

「お前たちが操る穢れは、所詮、人々の負の感情の滓に過ぎぬ。真の闇には及ばぬ」

 玄庵の言葉には、刺客を圧倒するほどの重みがあった。

 大妖怪は、浄化と攻撃の連続に、ついにその巨体を地面に横たえた。穢れの靄はほとんど消え去り、その醜悪な姿も、かつての神々しい姿へと戻りつつあった。しかし、その瞳には、まだ深い苦しみが宿っている。

「先生、まだ苦しんでます……」
 おみつが悲痛な声を上げた。

 玄庵は、ゆっくりと大妖怪に近づき、その額に手を触れた。彼の掌から、温かい妖気が流れ込み、大妖怪の心を癒やす。

「お前は、穢れに心を囚われていたに過ぎない。本来の清らかな心を取り戻せ」

 玄庵の言葉が、大妖怪の心に語りかける。大妖怪の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、苦しみから解放された安堵の涙だった。

 その時、遠くから新たな妖気が近づいてくるのを感じた。先ほどよりも、はるかに強力で、禍々しい気配だ。

「まさか……頭領自らが……!」

 蝕組の刺客が、その気配に気づき、驚愕の声を上げた。

 玄庵もまた、その妖気に気づき、顔を上げた。彼の瞳が、鋭く光る。竜胆もまた、警戒して剣を構えた。

 村の入り口に、ゆっくりと一つの人影が現れた。

 その男は、全身を黒い衣で包み、顔には薄い布を被っているため、表情は伺えない。しかし、彼から放たれる妖気は、これまでの刺客とは比較にならないほど強大だった。

 そして、その妖気の中には、玄庵が最も忌み嫌う「穢れ」が、尋常ならざる濃度で含まれている。

「……よくやったな、玄庵。私の駒を退け、この穢れを浄化してみせるとは」

 男の声は、静かだが、底知れない冷たさを帯びていた。その声には、玄庵のすべてを見透かしているかのような響きがある。

「貴様が、蝕組の頭領か」

 玄庵が問いかけると、男はゆっくりと頷いた。
「いかにも。私は、蝕組の頭領、名を『影』と申す」

 影と名乗る男は、玄庵をじっと見つめた。その視線は、まるで玄庵の心の奥底を見透かしているかのようだった。

「玄庵……貴様の力は、やはりこの世には不要だ。人間と妖怪、それぞれの均衡を乱す」

 影は、そう言って、ゆっくりと布を顔から外した。

 その顔は、驚くほど玄庵に似ていた。
しかし、その瞳は冷たく、どこか歪んだ光を宿している。そして、その肌には、おぞましい黒い紋様が浮かび上がっていた。それは、穢れがその身に深く刻み込まれた証だった。

「その顔は……!」

 竜胆が、影の顔を見て、驚きの声を上げた。彼もまた、影の顔に何か既視感を覚えたのだろうか。

 玄庵は、影の顔を見て、わずかに瞳を揺らした。彼の表情に、一瞬だけ、深い悲しみと、そして動揺の色が浮かんだ。それは、彼が過去に抱える大きな謎と、深く関わる人物であることの証だった。

「貴様は……まさか……」

 玄庵の言葉は、そこで途切れた。影の存在は、玄庵の過去に深く関わる、あまりにも大きな秘密を孕んでいることを示唆していた。

 影は、玄庵の動揺を見透かすように、冷笑した。
「久しいな、玄庵。お前が、まさかまだ生きていようとはな。……そして、その忌まわしき力と共に」

 影の言葉は、玄庵の心の奥底に、鋭い刃のように突き刺さった。二人の間には、言葉にならない、深い因縁が横たわっている。

 蝕組の頭領の正体。

 そして、彼が玄庵の過去に深く関わる人物であること。
全てが、今、一つに繋がろうとしていた。

 玄庵が抱える最大の試練が、目の前に現れたのだ。
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