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第五章:暁光~明日の灯火(ともしび)~
第九十二話:癒やしの時間と新たな患者
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蝕組との長きにわたる戦いが終わり、江戸の町にはようやく平穏が訪れようとしていた。
しかし、その爪痕は深く、多くの人々や妖怪たちが心身に傷を負っていた。玄庵診療所は、戦いの終結から数日後、再びその門を開いた。
診療所の戸を開けると、温かな薬草の香りが漂ってくる。玄庵は、以前よりも少し顔色が良くなったものの、まだ完全に回復したとは言えない様子で、調合台に向かっていた。
彼の隣には、おみつが患者の問診票を整理している。彼女の表情にも疲労の色は残っているが、瞳には確かな活力が宿っていた。
「さあ、次の患者さんどうぞ」
おみつが声をかけると、戸口から一人の老婆がゆっくりと入ってきた。彼女は、戦いの最中に穢れの瘴気に触れ、身体中に発疹ができていた。
「先生、おみつさん、おかげさまで、だいぶ楽になりましたよ……。本当に、あんたらのおかげで、この命が救われた」
老婆は、しわだらけの手を合わせて、深々と頭を下げた。玄庵は、優しく微笑み、老婆の脈を取る。
「無理はなさらないでください。まだ完全に穢れが抜けたわけではありません。この薬湯を続けていれば、すぐに良くなりますよ」
玄庵は、手際よく薬湯を調合し、老婆に渡した。おみつもまた、老婆の労をねぎらう言葉をかけ、優しく見送った。
診療所には、戦いで傷ついた人々や妖怪たちが次々と訪れた。穢れによって弱った身体、心を病んだ者、大切な者を失った悲しみに暮れる者……。
玄庵とおみつは、一人ひとりの話に耳を傾け、彼らの心と体の傷を丁寧に癒やしていった。
ある日、一人の若い男性が診療所を訪れた。彼は、穢れの奇病とは異なる、奇妙な症状を訴えていた。
「先生……最近、どうにも体がだるくて……。それに、妙に喉が渇くんです。いくら水を飲んでも、潤わないような……」
男性は、顔色が悪く、唇は乾ききっていた。玄庵は、男性の顔色を注意深く見つめ、脈を取った。彼の脈は、微かに乱れている。
「ふむ……。熱はなさそうですが……」
玄庵は、男性の身体を触診する。すると、男性の肌が、ごくわずかだが、ざらついていることに気づいた。まるで、樹皮のような、微かな感触だった。しかし、その変化はあまりにも小さく、玄庵は気のせいだと判断した。
「これは、おそらく、戦いの疲れが出たのでしょう。十分に休養を取り、水分をこまめに摂るようにしてください。あとは、この薬湯を試してみてください」
玄庵は、そう言って、一般的な体調不良に効く薬湯を調合し、男性に渡した。
男性が診療所を後にすると、おみつが、首を傾げながら玄庵に尋ねた。
「先生……あの患者さん、なんだか変でしたね……。穢れの匂いとは違う、妙に湿った匂いがしました……。まるで、悲しい水の匂いがするような……」
おみつの言葉に、玄庵は「ん?」と眉をひそめた。
「悲しい水の匂い、か? それはまた、奇妙な表現だな」
玄庵は、おみつの言葉を軽く受け流した。彼は、戦いの後遺症で感覚が鈍っているのかもしれないと考えたのだ。
「先生には、そう感じるかもしれませんが、私には、はっきりと感じられました……。あの穢れの気配とは、全く違う、何か、もっと深く、ねっとりとした……」
おみつは、不安そうに言葉を続けた。
彼女の浄化の力は、穢れだけでなく、あらゆる感情や、土地の澱みまでも感知できる。だからこそ、彼女は、あの男性から感じ取った奇妙な「湿り気」と「悲しみ」の混じった気配に、言いようのない違和感を覚えていたのだ。
しかし、玄庵は、彼女の言葉を真剣に受け止めることはなかった。
彼は、この数日間の平和な日々の中で、ようやく訪れた安堵感に浸っていた。
長きにわたる戦いの疲労と、穢れの浄化に全てを費やしたことで、彼の感覚も、わずかながら鈍っていたのかもしれない。
「気のせいだよ、おみつ。戦いが終わり、心が穏やかになったせいだろう。これからは、もっと多くの患者さんを癒やしていかなければならないのだから、変なことを気にせず、目の前のことに集中しなさい」
玄庵は、そう言って、優しくおみつの頭を撫でた。おみつは、納得できない表情を浮かべながらも、それ以上は何も言わなかった。
その日の夜。玄庵診療所には、いつものように穏やかな明かりが灯っていた。江戸の町も、少しずつ活気を取り戻し、人々の話し声が聞こえてくる。
しかし、おみつの心には、あの「悲しい水の匂い」が、ずっと引っかかっていた。それは、彼女の無意識の奥底で、静かに、しかし確実に、新たな不穏の兆候を告げていたのだ。
彼女には、玄庵が感じ取れなかった、もう一つの真実が見えていた。
しかし、その爪痕は深く、多くの人々や妖怪たちが心身に傷を負っていた。玄庵診療所は、戦いの終結から数日後、再びその門を開いた。
診療所の戸を開けると、温かな薬草の香りが漂ってくる。玄庵は、以前よりも少し顔色が良くなったものの、まだ完全に回復したとは言えない様子で、調合台に向かっていた。
彼の隣には、おみつが患者の問診票を整理している。彼女の表情にも疲労の色は残っているが、瞳には確かな活力が宿っていた。
「さあ、次の患者さんどうぞ」
おみつが声をかけると、戸口から一人の老婆がゆっくりと入ってきた。彼女は、戦いの最中に穢れの瘴気に触れ、身体中に発疹ができていた。
「先生、おみつさん、おかげさまで、だいぶ楽になりましたよ……。本当に、あんたらのおかげで、この命が救われた」
老婆は、しわだらけの手を合わせて、深々と頭を下げた。玄庵は、優しく微笑み、老婆の脈を取る。
「無理はなさらないでください。まだ完全に穢れが抜けたわけではありません。この薬湯を続けていれば、すぐに良くなりますよ」
玄庵は、手際よく薬湯を調合し、老婆に渡した。おみつもまた、老婆の労をねぎらう言葉をかけ、優しく見送った。
診療所には、戦いで傷ついた人々や妖怪たちが次々と訪れた。穢れによって弱った身体、心を病んだ者、大切な者を失った悲しみに暮れる者……。
玄庵とおみつは、一人ひとりの話に耳を傾け、彼らの心と体の傷を丁寧に癒やしていった。
ある日、一人の若い男性が診療所を訪れた。彼は、穢れの奇病とは異なる、奇妙な症状を訴えていた。
「先生……最近、どうにも体がだるくて……。それに、妙に喉が渇くんです。いくら水を飲んでも、潤わないような……」
男性は、顔色が悪く、唇は乾ききっていた。玄庵は、男性の顔色を注意深く見つめ、脈を取った。彼の脈は、微かに乱れている。
「ふむ……。熱はなさそうですが……」
玄庵は、男性の身体を触診する。すると、男性の肌が、ごくわずかだが、ざらついていることに気づいた。まるで、樹皮のような、微かな感触だった。しかし、その変化はあまりにも小さく、玄庵は気のせいだと判断した。
「これは、おそらく、戦いの疲れが出たのでしょう。十分に休養を取り、水分をこまめに摂るようにしてください。あとは、この薬湯を試してみてください」
玄庵は、そう言って、一般的な体調不良に効く薬湯を調合し、男性に渡した。
男性が診療所を後にすると、おみつが、首を傾げながら玄庵に尋ねた。
「先生……あの患者さん、なんだか変でしたね……。穢れの匂いとは違う、妙に湿った匂いがしました……。まるで、悲しい水の匂いがするような……」
おみつの言葉に、玄庵は「ん?」と眉をひそめた。
「悲しい水の匂い、か? それはまた、奇妙な表現だな」
玄庵は、おみつの言葉を軽く受け流した。彼は、戦いの後遺症で感覚が鈍っているのかもしれないと考えたのだ。
「先生には、そう感じるかもしれませんが、私には、はっきりと感じられました……。あの穢れの気配とは、全く違う、何か、もっと深く、ねっとりとした……」
おみつは、不安そうに言葉を続けた。
彼女の浄化の力は、穢れだけでなく、あらゆる感情や、土地の澱みまでも感知できる。だからこそ、彼女は、あの男性から感じ取った奇妙な「湿り気」と「悲しみ」の混じった気配に、言いようのない違和感を覚えていたのだ。
しかし、玄庵は、彼女の言葉を真剣に受け止めることはなかった。
彼は、この数日間の平和な日々の中で、ようやく訪れた安堵感に浸っていた。
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「気のせいだよ、おみつ。戦いが終わり、心が穏やかになったせいだろう。これからは、もっと多くの患者さんを癒やしていかなければならないのだから、変なことを気にせず、目の前のことに集中しなさい」
玄庵は、そう言って、優しくおみつの頭を撫でた。おみつは、納得できない表情を浮かべながらも、それ以上は何も言わなかった。
その日の夜。玄庵診療所には、いつものように穏やかな明かりが灯っていた。江戸の町も、少しずつ活気を取り戻し、人々の話し声が聞こえてくる。
しかし、おみつの心には、あの「悲しい水の匂い」が、ずっと引っかかっていた。それは、彼女の無意識の奥底で、静かに、しかし確実に、新たな不穏の兆候を告げていたのだ。
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