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第五章:暁光~明日の灯火(ともしび)~
第九十七話:鬼灯横丁の日常と、変化の予兆
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蝕組との戦いが終わり、江戸の町にようやく平穏が訪れた。
鬼灯横丁にも、いつもの賑わいが戻りつつあった。玄庵診療所の戸からは、薬草の香りが漂い、子供たちの笑い声や、母親たちの話し声が聞こえてくる。
古尾は、相変わらず診療所の縁側で寝転がっていた。日差しが暖かく、うたた寝にはちょうどいい気候だ。
「へへぇ……こんな日が、ずっと続けばいいでさぁ……」
古尾は、そう呟くと、気持ちよさそうに身体を伸ばした。彼の傍らには、玉藻がひなたで丸くなって眠っていた。
玉藻は、戦いの最中に自身の妖力を酷使し、古尾を回復させたことで、今は深い眠りについていることが多い。
診療所の奥からは、玄庵とおみつの声が聞こえてくる。
「先生、この薬は、少し苦いかもしれませんが、喉の痛みに良く効きますからね」
「ああ、ありがとう、おみつ。君も、ずいぶんと様になってきたな」
穏やかな会話が聞こえ、鬼灯横丁には確かな平穏が満ちていた。妖怪たちも、以前のような警戒心を見せることなく、人間たちと共に、それぞれの暮らしを営んでいた。
しかし、その平穏の中にも、微かな変化の予兆が隠されていた。
玉藻は、いつもよりも気だるげで、時折、遠くの森の方へと耳を傾けていることがあった。彼女は、深い眠りの中で、何か遠くのざわめきを感じ取っているようだった。
それは、風の音のようでもあり、水の流れる音のようでもあり、しかし、どこか奇妙な、耳にまとわりつくようなざわめきだった。
(……何だろう……この音は……)
玉藻は、眠りながらも、そのざわめきの正体を探ろうとする。それは、これまでの穢れの気配とは異なる、どこか懐かしくも、同時に不穏な響きを持っていた。
ある日の昼下がり、おみつは、診療所の掃除を終えた後、古尾の隣に座り込んだ。
「古尾さん、玉藻ちゃん、ぐっすり眠ってますね」
おみつが声をかけると、古尾は目を開けずに答えた。
「へへっ……玉藻様は、戦いの最中に、わたくしに妖力を分け与えてくれたんでさぁ。それも、相当な力を。だから、こうしてぐっすり眠るのも無理はねぇですな」
古尾は、そう言って、玉藻の丸くなった身体を優しく撫でた。
「そうだったんですか……。玉藻ちゃんも、本当に頑張ってくれましたね」
おみつは、玉藻の献身的な行動に、改めて感謝の念を抱いた。玉藻がいなければ、古尾はあの時、完全に妖力を失い、玄庵を援護することもできなかっただろう。
「ん……?」
その時、おみつの耳に、微かなざわめきが聞こえてきた。それは、遠くの森から聞こえてくるような、かすかな音だった。
「古尾さん、何か聞こえませんか? 遠くで、変な音が……」
おみつが尋ねると、古尾は、静かに耳を澄ませた。
「ああ……。なんか、水の流れるような、風のような……。気のせいじゃねぇみたいですな」
古尾もまた、そのざわめきを感じ取ったようだった。彼の妖怪としての鋭い感覚が、その音の異常性を察知していた。
「一体、何の音でしょう……? なんだか、聞いていて、胸がざわめくような……」
おみつは、不安そうに眉をひそめた。彼女には、そのざわめきの中に、かすかな「悲しみ」のような感情が混じっているように感じられた。
それは、以前、奇妙な病を訴えて診療所に訪れた男性患者から感じ取った、「悲しい水の匂い」と似た感覚だった。
玄庵は、診療所の奥で、薬草の調合を続けていた。彼の耳にも、そのざわめきは届いていた。
しかし、彼は、それを単なる風の音や、森のざわめきだと判断していた。長年の戦いと、穢れの浄化に全てを費やしたことで、彼の感覚も、わずかながら鈍っていたのかもしれない。
(やはり、気のせいか……。疲れているな、私も……)
玄庵は、そう言って、小さく首を振った。彼は、この穏やかな日々が、永遠に続いてほしいと願っていた。
しかし、おみつと古尾は、そのざわめきの裏に隠された、不穏な予兆を感じ取っていた。特に玉藻は、そのざわめきの根源が、これまでとは異なる、より深く、根源的なものであることを、無意識のうちに察知しているようだった。彼女は、目を閉じながらも、そのざわめきに耳を傾け続けていた。
鬼灯横丁の日常は、穏やかに過ぎていく。しかし、その水面下では、新たな、そしてより根源的な脅威が、静かに、しかし確実に、その姿を現し始めていた。
鬼灯横丁にも、いつもの賑わいが戻りつつあった。玄庵診療所の戸からは、薬草の香りが漂い、子供たちの笑い声や、母親たちの話し声が聞こえてくる。
古尾は、相変わらず診療所の縁側で寝転がっていた。日差しが暖かく、うたた寝にはちょうどいい気候だ。
「へへぇ……こんな日が、ずっと続けばいいでさぁ……」
古尾は、そう呟くと、気持ちよさそうに身体を伸ばした。彼の傍らには、玉藻がひなたで丸くなって眠っていた。
玉藻は、戦いの最中に自身の妖力を酷使し、古尾を回復させたことで、今は深い眠りについていることが多い。
診療所の奥からは、玄庵とおみつの声が聞こえてくる。
「先生、この薬は、少し苦いかもしれませんが、喉の痛みに良く効きますからね」
「ああ、ありがとう、おみつ。君も、ずいぶんと様になってきたな」
穏やかな会話が聞こえ、鬼灯横丁には確かな平穏が満ちていた。妖怪たちも、以前のような警戒心を見せることなく、人間たちと共に、それぞれの暮らしを営んでいた。
しかし、その平穏の中にも、微かな変化の予兆が隠されていた。
玉藻は、いつもよりも気だるげで、時折、遠くの森の方へと耳を傾けていることがあった。彼女は、深い眠りの中で、何か遠くのざわめきを感じ取っているようだった。
それは、風の音のようでもあり、水の流れる音のようでもあり、しかし、どこか奇妙な、耳にまとわりつくようなざわめきだった。
(……何だろう……この音は……)
玉藻は、眠りながらも、そのざわめきの正体を探ろうとする。それは、これまでの穢れの気配とは異なる、どこか懐かしくも、同時に不穏な響きを持っていた。
ある日の昼下がり、おみつは、診療所の掃除を終えた後、古尾の隣に座り込んだ。
「古尾さん、玉藻ちゃん、ぐっすり眠ってますね」
おみつが声をかけると、古尾は目を開けずに答えた。
「へへっ……玉藻様は、戦いの最中に、わたくしに妖力を分け与えてくれたんでさぁ。それも、相当な力を。だから、こうしてぐっすり眠るのも無理はねぇですな」
古尾は、そう言って、玉藻の丸くなった身体を優しく撫でた。
「そうだったんですか……。玉藻ちゃんも、本当に頑張ってくれましたね」
おみつは、玉藻の献身的な行動に、改めて感謝の念を抱いた。玉藻がいなければ、古尾はあの時、完全に妖力を失い、玄庵を援護することもできなかっただろう。
「ん……?」
その時、おみつの耳に、微かなざわめきが聞こえてきた。それは、遠くの森から聞こえてくるような、かすかな音だった。
「古尾さん、何か聞こえませんか? 遠くで、変な音が……」
おみつが尋ねると、古尾は、静かに耳を澄ませた。
「ああ……。なんか、水の流れるような、風のような……。気のせいじゃねぇみたいですな」
古尾もまた、そのざわめきを感じ取ったようだった。彼の妖怪としての鋭い感覚が、その音の異常性を察知していた。
「一体、何の音でしょう……? なんだか、聞いていて、胸がざわめくような……」
おみつは、不安そうに眉をひそめた。彼女には、そのざわめきの中に、かすかな「悲しみ」のような感情が混じっているように感じられた。
それは、以前、奇妙な病を訴えて診療所に訪れた男性患者から感じ取った、「悲しい水の匂い」と似た感覚だった。
玄庵は、診療所の奥で、薬草の調合を続けていた。彼の耳にも、そのざわめきは届いていた。
しかし、彼は、それを単なる風の音や、森のざわめきだと判断していた。長年の戦いと、穢れの浄化に全てを費やしたことで、彼の感覚も、わずかながら鈍っていたのかもしれない。
(やはり、気のせいか……。疲れているな、私も……)
玄庵は、そう言って、小さく首を振った。彼は、この穏やかな日々が、永遠に続いてほしいと願っていた。
しかし、おみつと古尾は、そのざわめきの裏に隠された、不穏な予兆を感じ取っていた。特に玉藻は、そのざわめきの根源が、これまでとは異なる、より深く、根源的なものであることを、無意識のうちに察知しているようだった。彼女は、目を閉じながらも、そのざわめきに耳を傾け続けていた。
鬼灯横丁の日常は、穏やかに過ぎていく。しかし、その水面下では、新たな、そしてより根源的な脅威が、静かに、しかし確実に、その姿を現し始めていた。
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