【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第八章:敵の帰還、最終決戦

第百二十六話:江戸の攻防、竜胆の選択

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 玄庵がおみつたちと再会し、新たな決意を固めていた頃、江戸の町は、神罰の執行者たちの容赦ない攻勢により、さらなる混迷の度を深めていた。

 玄庵という抑止力を失った執行者たちは、かねてより周到に練っていた計画を、一気に推し進め始めたのだ。

 彼らは、江戸の霊脈の穢れを増幅させ、町中に因果の病を撒き散らした。その病は、単なる体の不調に留まらず、人々の心を深く蝕み、猜疑心や憎しみを増大させるものであった。隣人を疑い、妖怪を恐れ、ついには神仏までも呪う者さえ現れた。

 診療所には、連日、苦しみに喘ぐ人々が押し寄せた。竜胆は、玄庵の不在を埋めるべく、身を粉にして治療にあたっていた。彼の術は、かつて師と仰いだ玄庵には及ばぬものの、その退魔師としての経験と、人々を救わんとする強い心は、確かに患者たちの支えとなっていた。

「竜胆様、どうか……この子の熱を、どうか……!」

 母親の懇願の声に、竜胆は額に滲む汗を拭い、ひたすら術を施した。しかし、執行者たちが撒き散らす穢れは、これまで彼が経験したことのない、根深いものであった。通常の術では、もはや対処しきれないほどの規模で、病が蔓延していたのだ。

「くそっ……!」

 竜胆は、奥歯を噛み締めた。その時、診療所の戸が、激しい音を立てて開いた。現れたのは、神罰の執行者の一人、竜胆がかつて接触したことのある男であった。

「相変わらず、無駄な足掻きをしておるな、竜胆よ」

 男は、冷ややかな声で言った。その背後には、異形の妖怪たちが、目を血走らせ、唸り声を上げている。彼らは、執行者たちの歪んだ依代の力によって、狂暴化させられた者たちであった。

「貴様ら……これ以上、江戸の町を荒らすというのか!」

 竜胆は、術を構え、男と対峙した。彼の内には、執行者たちの掲げる「浄化」という大義に、かつて一抹の共感を覚えた己への、深い悔恨があった。彼らの非情なやり方、無辜の人々を巻き込む行いは、竜胆の正義とは相容れぬものだった。

「我らは、神罰を代行する者。穢れたこの世を洗い流すことが、我らの使命。お主も、我らの大義に加わるべきであったのだ。この濁りきった世を救うには、痛みなしには成し得ぬ」

 男の言葉は、まるで過去の竜胆自身の声を聞いているかのようであった。だが、今の竜胆には、迷いはなかった。玄庵や、おみつ、そして診療所に集う人々や妖怪たちとの触れ合いの中で、彼は真の救いとは何かを、肌で感じていたのだ。

「貴様らの大義とやらが、人の心を壊し、妖怪を狂わせるものならば、私は断固として、それを否定する!」

 竜胆は、力の限り叫んだ。その声は、かつて彼が、強き者を打ち倒すためだけに振るっていた術に、新たな意味を与えていた。

 執行者の男は、鼻で笑った。

 「愚かな。その小さな力で、何ができるというのだ」

 男は、狂暴化した妖怪たちをけしかけた。妖怪たちは、唸り声を上げながら、診療所へと襲いかかる。

「皆の者! 診療所を守れ! そして、この穢れを、町から追い払うのだ!」

 竜胆の声に、診療所に身を寄せていた穏健派の妖怪たちが、一斉に立ち上がった。彼らは、玄庵診療所で治療を受け、人間との共存の道を模索してきた者たちである。そして、町の人々もまた、竜胆の言葉に呼応し、診療所を守るべく、それぞれの持ち場で応戦した。

 竜胆の術が、狂暴化した妖怪たちを退ける。しかし、執行者の男は、不敵な笑みを浮かべ、さらに強力な穢れを放った。診療所の障子が軋み、壁に不気味な染みが広がる。

(玄庵……! 早く戻ってきてくれ……!)

 竜胆は、心の中で叫んだ。彼の体は、既に限界に近かった。しかし、彼は決して諦めなかった。彼の中には、玄庵が彼に教えてくれた、命の尊さ、そして、他者を守るという、真の強さが宿っていたのだ。

 江戸の町は、まさに攻防の最中にあった。執行者たちの攻勢は激化し、人々の絶望は深まるばかり。しかし、竜胆は、この小さな診療所を、希望の砦として守り抜こうと、必死に戦い続けていた。

 彼の選択は、執行者との完全なる決別。そして、玄庵の帰りを信じ、仲間たちと共に、この戦乱の世に抗い続けることであった。
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