【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第八章:敵の帰還、最終決戦

第百四十話:おみつの祈り、仲間たちの支え

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 戒の怒りが暴走し、祭祀場全体が崩壊の淵に立たされていた。闇色の霊気が雨のように降り注ぎ、すべてを腐らせていく。

 このままでは、祭祀場だけでなく、江戸の町も、いずれは死の淵に沈むだろう。玄庵と影は、力を合わせ、かろうじて戒の猛攻を凌いでいたが、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。

「くそっ、このままじゃ、じり貧だ!」

 古尾が、歯を食いしばりながら、声を荒げた。彼の放つ狐火も、もはや形を保つのが精一杯で、周囲の魑魅魍魎を完全に退けることはできない。

 竜胆もまた、顔を歪めていた。破魔の札をいくら投げつけても、暴走する依代の力の前には、焼け石に水であった。彼の心には、焦燥と無力感が広がっていく。

 その中で、おみつは、じっと戒を見つめていた。彼女の全身から放たれる清らかな光は、霊気の雨に打たれ、今にも消え入りそうに揺らいでいる。しかし、おみつは決して諦めなかった。

「みんな、諦めないで……!」

 おみつの声が、震えながらも、祭祀場に響き渡る。その声は、絶望に打ちひしがれそうになる古尾や竜胆の心に、かすかな光を灯した。

「戒様……! あなたの望みは、こんな世界ではなかったはずです!」

 おみつは、両手を胸に当て、目を閉じた。彼女の口から、清らかな言霊が紡ぎ出される。それは、祝詞にも似た、しかしもっと個人的な、心からの願いを込めた祈りの言葉であった。

 その言葉は、祭祀場に降り注ぐ霊気の雨を、僅かながら弾き、清浄な空間を作り出す。闇に囚われ、狂暴化していた魑魅魍魎たちが、おみつの言霊に触れて、その動きを鈍らせ、苦悶の声を上げる。彼らの心に巣食う穢れが、おみつの清らかな力によって、浄化されようとしていた。

「おみつ……!」

 玄庵が、驚きと同時に、おみつへの感謝の念を込めて、その名を呼んだ。おみつの言霊が、戒の力を僅かながらも弱めている。それが、玄庵と影にとって、一時的な休息をもたらしていた。

「にゃあ!」

 玉藻が、おみつの肩に飛び乗ると、その小さな体を震わせ、おみつを鼓舞するように鳴いた。玉藻の瞳には、おみつへの深い信頼と、彼女の力を信じる光が宿っている。

「分かっているさ、おみつ。お前の祈りは、きっと届く」

 玉藻の言葉に、おみつは頷いた。彼女の言霊は、まだ戒の心には届かない。しかし、狂暴化した魑魅魍魎たちの苦しみを和らげ、彼らを戒の支配から解放する効果は、確かに現れていた。それは、戒の力を削ぐ、確かな一歩であった。

「貴様ら……そのような戯言で、我を止められると思うな!」

 戒は、おみつの言霊に、さらに苛立ちを募らせた。彼は、自らの力をさらに高めようと、祭壇に吸収されている江戸の霊的エネルギーを、無理やり引き上げようとする。祭祀場の揺れは激しさを増し、天井や壁が、本格的に崩れ始めた。

「いかん! このままでは、祭祀場が完全に崩壊する!」

 竜胆が、叫んだ。祭祀場が崩れれば、その瓦礫の下敷きになるだけでなく、戒の暴走する力が、そのまま江戸全体に解き放たれることになる。

 古尾は、崩れ落ちる瓦礫を狐火で吹き飛ばしながら、玄庵に視線を送った。

 「先生、どうするんだ! このままじゃ、みんな……!」

 玄庵は、静かに戒を見つめていた。彼の体から放たれる青い光は、もはや安定していた。おみつの祈り、そして仲間たちの支えが、玄庵の真の依代の力を、静かに、しかし確実に目覚めさせようとしていたのだ。

 影は、玄庵の隣で、戒の攻撃を受け止めていた。彼の体からは、黒い妖気が立ち上り、それは、霊気の雨を弾き、玄庵たちを護る盾となっていた。影の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいるが、その瞳には、決して揺るがぬ覚悟が宿っている。

「おみつ、古尾、竜胆……そして玉藻。お前たちがいる限り、私は諦めない」

 玄庵の声が、祭祀場の崩壊音の中に、静かに響き渡った。その声は、仲間たちの心に、確かな希望を灯す。彼らは、玄庵の言葉に勇気づけられ、再びそれぞれの力を総動員し、戒の猛攻を食い止めようと奮戦した。

 おみつの祈り、古尾の狐火、竜胆の破魔の札、そして玉藻の秘めたる力。それぞれの思いが、一つとなり、暴走する戒の力に、懸命に抗っていた。
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