【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第八章:敵の帰還、最終決戦

第百四十一話:影の犠牲、玄庵への道

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 戒の暴走は、もはや止めようがなかった。祭祀場は崩壊し、闇色の霊気が江戸の空を覆い尽くさんとしていた。

 おみつの清らかな言霊も、古尾の狐火も、竜胆の破魔の札も、その猛威の前には、あまりにも頼りない。玄庵の真の依代の力も、まだ完全に目覚めてはおらず、影と共に、かろうじて防戦一方の状況であった。

「くそっ、このままじゃ、本当に終わりだ……!」

 古尾が、地に膝を突き、悔しげに呟いた。彼の体に、霊気の雨が容赦なく降り注ぎ、その身を蝕んでいく。

「諦めるな、古尾!」

 竜胆が、かろうじて声を絞り出した。彼の顔は蒼白で、その体も限界に近い。それでも、彼は破魔の札を構え、戒へと睨みを利かせた。

「にゃあ!」

 玉藻が、おみつの肩から飛び降り、玄庵の足元に擦り寄った。その瞳には、強い意志が宿っている。

 「玄庵、時間を稼ぐさ。お前は、この力を完全に覚醒させるんだ」

 玉藻の言葉に、玄庵は眉をひそめた。

 「玉藻、何を馬鹿なことを。この力は、貴様一人でどうにかできるものではない」

「さあね。昔のことなんて、猫はすぐに忘れちゃうのさ。でも、大切なものを護るって気持ちは、覚えてるもんさね」

 玉藻は、そう言うと、玄庵の足元から離れ、影の傍らに立つ。そして、影を見上げるように、にゃあ、と一際力強く鳴いた。その声は、まるで彼らを鼓舞するかのようだった。

 影は、玉藻の言葉を静かに聞いていた。彼の瞳には、どこか遠い過去を懐かしむような光が宿っている。そして、その視線は、再び戒へと向けられた。

「戒……貴様は、己の悲しみに囚われすぎた。だが、この世は、貴様が思うほど、醜いだけではない」

 影は、全身から妖気を噴き上げ、その体をさらに巨大な影へと変化させた。それは、戒の影に匹敵するほどの、圧倒的な存在感であった。

「無駄だ、影! 貴様の力など、もはや我の前には、塵にも等しい!」

 戒は、そう言い放つと、祭壇に吸収された霊的エネルギーを全て放出し、最終奥義を放った。それは、闇色の巨大な波動となり、玄庵と影を呑み込もうと、凄まじい勢いで迫ってくる。

「玄庵……お前は、未来を……」

 影の声が、闇色の波動に呑み込まれそうになりながら、かろうじて玄庵に届いた。影は、自らの体を盾とし、その波動を真正面から受け止めたのだ。

 ドォン!

 凄まじい轟音が祭祀場を揺るがし、全てが闇色の光に包まれた。影の巨大な体が、闇色の波動に押し潰され、光の中に消えようとしていた。

「影っ!」

 おみつの悲鳴が、祭祀場に響き渡る。彼女の目からは、とめどなく涙が溢れ出した。かつては敵であった影。しかし、共に戦い、その背中を見てきた中で、おみつは影の中に、確かに温かいものがあることを知っていた。

「バカな……影が……!」

 古尾も、竜胆も、信じられないという表情で、光の中に消えゆく影の姿を見つめていた。その場に、言いようのない絶望が広がる。

 しかし、玄庵は、その光景を、ただ見つめることしかできなかった。彼の体には、影が受け止めた波動の余波が、わずかに届いている。影が、自らの命を犠牲にして、玄庵を護ったのだ。

「お前が……未来を……」

 影の最後の言葉が、玄庵の耳にこだまする。それは、玄庵に、この戦いの、そしてこの世界の未来を託す、重い言葉であった。

 影の体が、完全に光の中に消え去った後、祭祀場に、再び戒の咆哮が響き渡った。

 「ふん、所詮は愚かな力。これで、貴様を邪魔する者は何もなくなった。玄庵、次は貴様の番だ!」

 戒の影が、再び玄庵に迫る。しかし、玄庵は、その場で、微動だにしなかった。彼の瞳には、悲しみと、怒り、そして、影への感謝の念が、複雑に絡み合っていた。

 そして、その感情が、玄庵の内に眠る、真の依代の力を、覚醒へと導こうとしていた。
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