【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第八章:敵の帰還、最終決戦

第百四十二話:悲しみを超えて、真の覚醒

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 影が放った最期の光は、戒の最終奥義をわずかに押しとどめ、玄庵を呑み込むことを免れた。しかし、その代償はあまりにも大きかった。

 影の姿は、闇色の光の中に完全に溶け去り、そこには、ただ虚しい空間が残されるのみであった。

「影……!」

 おみつの心臓が、締め付けられるように痛んだ。涙で霞む視界の向こうに、かつて敵として立ちはだかり、そして今は仲間として共に戦った影の姿が、鮮やかに焼き付いていた。彼が命を賭して護ろうとしたものは、玄庵であり、そしてこの江戸の町であった。その犠牲が、おみつの胸に、ずしりと重くのしかかる。

「くそっ、影のやつ……!」

 古尾が、震える声で呟いた。かつては憎み合った相手。しかし、この数刻の共闘の中で、確かに芽生えた絆があった。その絆が、引き裂かれる痛みは、想像以上に深く、古尾の心をえぐった。

 竜胆は、ただ呆然と、影が消えた場所を見つめていた。退魔師として、妖怪を斬り伏せることを本分としてきた彼にとって、妖怪が人間を護るために命を散らすなど、想像もつかないことであった。彼の心に、これまで抱いていた妖怪への認識が、大きく揺らぐ。

 祭祀場には、再び戒の咆哮が響き渡った。

 「邪魔者は消えた。玄庵、貴様も、すぐに同じ道を辿るがいい!」

 戒は、影の犠牲を嘲笑うかのように、再びその巨大な影を玄庵に迫らせた。闇色の霊気が、蛇のようにうねり、玄庵を絡め取ろうとする。

 しかし、玄庵は、動かなかった。彼の瞳は、虚空を見つめ、その顔には、一切の表情がなかった。まるで、感情の全てが、影と共に消え去ってしまったかのようであった。だが、それは、悲しみや絶望に打ちひしがれているわけではなかった。彼の内では、嵐のような感情が渦巻いていた。

 影の最後の言葉、「お前が……未来を……」。その言葉が、玄庵の心を深く突き刺した。影は、己の過ちを悔い、未来を玄庵に託して逝ったのだ。そして、その託された未来を護るために、玄庵は、己の内に眠る真の力を、完全に目覚めさせねばならない。

 玄庵の体に、青い光が、再び瞬き始めた。それは、これまでよりもはるかに強く、そして純粋な輝きであった。おみつの祈り、古尾や竜胆の奮戦、玉藻の励まし、そして、影の犠牲……。仲間たちの想いが、玄庵の心に集まり、彼の力を覚醒へと導いていく。

「にゃあ!」

 玉藻が、玄庵の足元に駆け寄り、その小さな頭を玄庵の足に擦り寄せた。その鳴き声は、玄庵を案じ、そして彼の覚醒を促すかのようであった。

「玄庵様……!」

 おみつが、涙を拭い、玄庵を見つめた。彼女の目には、希望の光が宿っている。玄庵の体の周囲に集まる光は、かつてないほどに強く、清らかであった。

 玄庵は、ゆっくりと、その瞼を開いた。彼の瞳は、深い青い光を宿し、そこには、もはや迷いはなかった。悲しみを乗り越え、怒りを力に変え、影への感謝を胸に刻んだ玄庵の心は、一つの大きな決意に満たされていた。

 彼の全身から、祭祀場全体を包み込むほどの、圧倒的な光が放たれた。それは、闇色の霊気を払い除け、祭祀場の崩壊をも押しとどめるかのような輝きであった。玄庵の髪が、光に包まれて、白銀に輝き、その顔には、神々しいまでの威厳が宿る。

「貴様ごときが……! この我の力を跳ね返すなど!」

 戒が、驚きと焦りの声を上げた。彼の放った闇色の波動は、玄庵の放つ光に触れて、徐々にその力を失っていく。

 玄庵は、静かに、しかし、はっきりと、戒に告げた。

 「この力は……お前が言うような、破壊のための力ではない。これは……全てを護るための力だ」

 それは、生命の泉で影が得た悟りと、同じ境地であった。そして、その言葉と共に、玄庵の内に眠っていた「真の依代」としての力が、完全に覚醒した。それは、神と人、そして妖怪を繋ぎ、調和を司る、清浄なる光の力であった。

 祭祀場に満ちる闇は、玄庵の放つ光によって、徐々に浄化され始めていた。
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