【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』

月影 朔

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第八章:敵の帰還、最終決戦

第百四十五話:おみつの言霊、戒の心へ

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 玄庵の清浄な光に包まれ、戒の心の奥底に封じられていた過去が、鮮やかに蘇った。

 彼の悲痛な叫びは、祭祀場に響き渡り、その場の誰もが、戒の抱える深い悲しみに触れたかのようであった。

 おみつは、玄庵の光に導かれるように、戒の過去の情景を、その身に感じ取っていた。飢えに苦しむ人々、冷たくなってゆく妹の小さな手、そして、その絶望の中で、全てを憎むようになり、歪んだ依代に手を伸ばす若き日の戒の姿。

 その光景は、おみつの心を激しく揺さぶった。かつて、自身もまた、人々や妖怪の心の叫びを聞き取り、その悲しみに寄り添ってきたおみつにとって、戒の苦しみは、決して他人事ではなかった。

「戒……あなたは、本当に、こんな世界を望んでいたわけじゃないでしょう……!」

 おみつは、玄庵の隣に立ち、その小さな体を震わせながら、戒へと語りかけた。その声は、祭祀場の崩壊寸前の轟音にもかき消されることなく、清らかに響き渡る。それは、おみつの浄化の力が、言霊として、戒の心の奥底に直接届こうとしている証であった。

「黙れ……! 貴様ごときに、我の苦しみがわかるものか……!」

 戒は、苦痛に顔を歪ませながら、おみつを睨みつけた。しかし、彼の目に宿る憎悪の炎は、おみつの言霊に触れるたびに、わずかに揺らぐ。

「分かります……! 私も、たくさんの悲しい声を聞いてきました。皆、苦しんでいるんです。でも、それでも、この世界を、希望を、諦めたくはないんです!」

 おみつの言葉は、まるで清らかな水が、渇いた大地に染み込むように、戒の心に届いた。彼女の言葉は、彼の過去の悲しみに触れ、そして、その悲しみの中に、わずかに残された純粋な願いを揺さぶる。

「希望……? そんなもの、どこにある……! 神は我々を見捨てた! 人間は、互いを傷つけ合い、この世を穢すばかりではないか!」

 戒の声は、もはや怒りだけでなく、深い悲痛さを帯びていた。彼の体から放たれる闇色の霊気が、おみつの言霊に触れて、さざ波のように揺らめく。

「いいえ! 確かに、この世には、悲しいことも、憎らしいことも、たくさんあります。でも、玄庵様が、たくさんの人や妖怪を救ってきたように、きっと、まだ、やり直せるはずです!」

 おみつは、玄庵の背中を、そっと見上げた。玄庵が、これまでどれほどの苦悩を乗り越え、どれほどの魂を救ってきたか。おみつは、その全てを間近で見てきた。玄庵の慈悲の心が、諦めずに人々と妖怪を繋ごうとする姿が、おみつの言葉に力を与える。

「あなたの本当の望みは、こんな世界ではないはず。妹さんが、あなたに望んだ未来は、きっと……」

 おみつが、戒の妹のことに触れると、戒の全身を包んでいた闇色の霊気が、大きく揺らいだ。彼の顔に、一瞬、苦痛と後悔の入り混じった表情が浮かぶ。妹への深い愛情と、彼女を救えなかった無力感が、戒の心を激しく苛んだのだ。

「うあああ……!」

 戒は、頭を抱え、苦悶の叫びを上げた。彼の体から発する闇色の霊気の力が、乱れ始める。玄庵の真の依代の光と、おみつの言霊が、戒の心の奥底に深く食い込み、歪んだ依代の制御を乱し始めていた。

「今だ、玄庵様!」

 おみつは、玄庵に視線を送った。玄庵は、おみつの言葉に応えるかのように、その光をさらに強め、戒の心の闇を浄化しようと、全身の力を込めていた。

 祭祀場は、光と闇の激しいせめぎ合いによって、今にも崩れ落ちそうであったが、玄庵とおみつの間に、確固たる絆が築かれていた。
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