『土の記憶〜左官 龍吉捕物控〜』

月影 朔

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第八章:新たな依頼、新たな闇

第三十三話:共鳴する闇

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 紅屋の蔵の地下通路。

 龍吉は、脇腹の傷を押さえながら、冷たい壁にもたれかかった。激しい痛みが身体を蝕み、意識が朦朧としてくる。提灯の光も揺れ、闇がじわりと視界を侵食していく。

 呼吸は乱れ、視界はかすむ。身体は限界を迎えていた。このまま倒れてしまえば、二度と目を覚ますことはないかもしれない。闇が、深い眠りへと誘い込もうとする。

 その朦朧とする意識の中で、龍吉の脳裏を、様々な記憶や情報が駆け巡った。

 最初に現れたのは、堀田屋敷で発見したあの金属片の紋様だ。

 不気味な獣の顔のような紋様は、将軍家を狙う、巨大な陰謀の象徴のように見えた。次に、駿河屋の蔵で見た血染めの図面。あの場所で何が起こり、誰が犠牲になったのか。そして、今、紅屋の蔵の地下通路で発見した、将軍家に関する機密情報が記された巻物。

 すべての点と点が繋がり、一つの大きな絵を描き出そうとしていた。将軍家の、いや、幕府の根幹を揺るがすような、あまりに巨大な陰謀。

 幼い頃の火事の記憶が、激しい炎の熱と共にフラッシュバックする。燃え盛る家屋、何も守れなかった己の無力感。その時の後悔が、彼の意識をさらに深い闇へと引きずり込もうとする。

 だが、その闇の中で、これまでの事件で出会った人々の顔が、次々と鮮明に脳裏をよぎった。

 すべてを見透かすかのような眼差しを持つ、按摩師の市。彼女もまた、江戸の闇を「視ている」。「影」の動きを、誰よりも早く察知する力。彼女の存在が、龍吉の心を照らす一条の光のようだった。

 荒れ寺で出会った、静かで力強い佇まいの坊主、玄信。彼の背中には、闇を追う者の覚悟が宿っていた。
彼もまた、この「影」と戦っているのだ。

 無骨だが、心優しい大工の普助棟梁。職人としての仲間であり、龍吉の数少ない心の拠り所だ。

 そして、自分が命をかけて守った両替商、甚右衛門。彼の怯えと、安堵の表情。彼を守り抜いたという事実が、龍吉の職人としての誇りを支えている。

 龍吉は、自分一人でこの巨大な闇と戦っているのではないと、無意識のうちに感じた。彼らもまた、それぞれの場所で「影」と戦っている。

 見えない糸で結ばれ、互いの存在が「共鳴」し合っているかのように。その「共鳴」が、龍吉の意識を繋ぎとめる力となった。

 彼の職人としての使命感、「人を守る壁」を作るという誓いが、彼を闇の中から引き戻そうとする。身体の痛みが意識を蝕むが、魂の奥底から湧き上がる衝動が、彼を奮い立たせた。

 意識が完全に途切れる寸前、龍吉は通路の奥から、微かに聞こえる水の音、そして、わずかな空気の流れをはっきりと感じ取った。

 それは、この先にまだ何かがあることを示唆している。地下水路へと繋がっているのか、あるいは、さらに奥に「影」の真の拠点が隠されているのか。

 龍吉は、かろうじて意識を保ち、身体を奮い立たせた。このまま倒れるわけにはいかない。彼は、地下水路へと繋がるかもしれない通路の先、あるいは、この地下空間で一時的に身を隠す場所を探し始めた。

 彼の職人の道は、まだ、終わらない。
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