みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第一章:予兆の記録(2024年~2027年)】

第14話:資料No.013(鑑識課職員への非公式な取材メモ)2027年

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【資料No.013】
資料種別:フリーペーパー『週刊ほくかんリビング』記者・工藤██の取材メモ(スキャンデータ)
記録年:2027年

(以下は、工藤氏の取材メモの続きである。日記(資料No.012)に記された恐怖体験の後、彼は警察組織そのものへの不信感を募らせながらも、真相究明の最後の望みを託し、旧知の警察OBに非公式な接触を試みている。このメモが、彼の外部への取材活動における、最後の記録となった)

2027/02/28 (火)

件名:警察OB・S氏への接触

橋本(県警記者クラブの同期)は、あてにならない。組織の論理に染まりきっている。
だが、組織を離れた人間なら、話は別かもしれない。

Sさん。元〇〇署の鑑識課係長。十年以上前、俺がまだ地方紙の駆け出しサツ回りだった頃、可愛がってくれた恩人だ。退職後は、市内で小さな探偵事務所を営んでいると聞く。
藁にもすがる思いで、事務所の電話番号を調べ、アポを取った。
「工藤か、久しぶりだな。まあ、上がれや」
白髪と皺は増えていたが、Sさんの眼光の鋭さは、現役時代と少しも変わっていなかった。

16:00 S氏探偵事務所にて
俺は、これまでの調査で集めた資料のコピー――「泥の男」の新聞記事、△△台周辺の地図、そして被害者と「踊り病」の奇妙な関連性について、単刀直入にSさんにぶつけた。

S氏との対話(要約):
俺:「Sさん、単刀直入に聞きます。この一連の事件、警察は何か掴んでるんじゃないですか? ただの傷害事件や、不審者情報として処理するには、あまりにも奇妙な符合が多すぎる」
S氏:「…お前さん、まだそんなハイエナみたいな真似してんのか。フリーになったって聞いたが、少しは落ち着いたかと思ってたぜ」
俺:「これは、ただのゴシップネタじゃありません。人が、死んでるんです。それも、極めて異常な形で。警察は、なぜ被害者の死と事件の関連性を公表しないんですか?」
S氏:「…公表しようがねえんだよ。物証が、ねえんだから」
俺:「物証がない? あれだけ大柄な男が、三人も人間を襲っているんですよ?」
S氏:「ああ、ねえんだよ。指紋も、足跡も、遺留品も、何一つな。まるで、幽霊にでも襲われたみてえに、現場は綺麗すぎるくらい、何も残っちゃいなかった」

Sさんは、そう言って、紫煙を深く吐き出した。だが、その目に、わずかな躊躇の色が浮かんだのを、俺は見逃さなかった。

俺:「…本当に、何も?」

Sさんは、しばらく天井を仰いでいた。まるで、何かを思い出すように、あるいは、話すべきかどうかを、最後の最後まで逡巡するように。やがて、諦めたように、重い口を開いた。

S氏:「…公式には、何も残っちゃいねえ。これから俺が話すことは、ここだけの話だ。墓場まで持っていけ。いいな?」
俺:「…はい」

S氏の非公式な証言:
・S氏は、昨年退職するまで、あの「泥の男」による三つの傷害事件全ての、現場鑑識を指揮していた。
・彼の言う通り、現場には、犯人に繋がる通常の物証は、何一つ残されていなかった。被害者の錯乱した証言以外には。
・「だがな、工藤。一つだけ、奇妙なことがあったんだ。三つの現場、全てでだ」
・「被害者の顔や衣服に塗りつけられていた『泥』。あれを科捜研に回したんだが、結果を見て、俺も、科捜研の連中も、首を捻ることになった」
・「泥の成分そのものは、ごくありふれた、あの辺りの河川敷や雑木林の土壌と、何ら変わりはなかった。だがな…」

殴り書きメモ:
(土壌は普通。では、何が?)

・S氏:「その泥の中から、通常の土壌からは、まず検出されるはずのない、微細な『粒子』が、大量に見つかったんだよ」
俺:「粒子…ですか?」
S氏:「ああ。大きさは、数ミクロン。砂粒よりも、もっとずっと小さい。電子顕微鏡じゃないと、はっきりとは見えねえ代物だ。最初は、どこかの工場の排水にでも混じってた、微細なプラスチック片か何かだと思った。だが、成分分析の結果は、全く予想外のものだった」
・「そいつはな、有機物でも、無機物でもなかった。いや、違うな。有機物であり、かつ、無機物でもあったんだ」

俺は、S氏が何を言っているのか、全く理解できなかった。

S氏:「科捜研の報告書には、こう書いてあった。『組成不明の、結晶構造を持つ、胞子状の微粒子』とよ。まるで、鉱物みたいに硬い殻を持ってやがるくせに、その中身は、生き物みたいに、自己増殖する性質を持っている、と。そんなもん、俺は鑑識を三十年やってきたが、見たことも、聞いたこともなかった」
俺:「胞子…? カビか何かの一種ですか?」
S氏:「だとしたら、話は早かったんだがな。科捜研の連中が、あらゆる菌類やウイルスのデータと照合したが、完全に不一致。地球上の、既知のどんな微生物の系統樹にも、当てはまらねえ、全くの『未知の生命体』だったんだよ」

所感:
全身の鳥肌が、収まらなかった。
泥。肺炎。そして、未知の微生物。
バラバラだったピースが、おぞましい形で繋がり始める。

S氏:「もちろん、上層部はこの事実を、徹底的に隠蔽した。当たり前だ。公表してみろ、パニックになるだけだ。『泥の男』の正体も、この奇妙な粒子との関連性も、結局、何も分からずじまい。だから、捜査は事実上の打ち切りだ。俺たち現場の人間には、『過労による集団幻覚』ってことで、半ば強制的に幕引きさせられたよ。ふざけた話だ」
・S氏は、退職する直前、この一件に関する全ての資料が、県警本部から、どこか「上の組織」へと移管されていくのを見たと、最後に付け加えた。

俺:「Sさん。その『粒子』が、被害者たちの死因に…?」
S氏:「さあな。俺はただの鑑識屋だ。医者じゃねえ。だがな、工藤…」

Sさんは、タバコの火を灰皿にもみ消すと、俺の目を、真っ直ぐに見た。

S氏:「あの粒子が、もし、人間の肺に入り込んだら、どうなると思う?」
「硬い殻を持ち、自己増殖する、未知の生命体が」

その言葉に、俺はもう、何も答えることができなかった。

殴り書きメモ(ノートの隅に、震える文字で):
(震源地は、あの雑木林の「土」。)
(あの土は、汚染されている。未知の「何か」に。)
(違法土葬。熊。泥の男。踊り病。全ては、あの土から始まっている。)
(警察は、もう動かない。真実を暴けるのは、俺しかいない。)

(この接触記録を最後に、工藤氏の取材は、外部への聞き込みから、全ての元凶である「震源地」そのものへと、その矛先を向けることになる。彼のジャーナリストとしての冷静さは、この時点で、完全に失われていた)
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