みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第一章:予兆の記録(2024年~2027年)】

第15話:資料No.014(工藤の最後の取材メモ)2027年

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【資料No.014】
資料種別:フリーペーパー『週刊ほくかんリビング』記者・工藤██の取材メモ(スキャンデータ)
記録年:2027年

(以下は、工藤氏の取材ノートの、最後のページに記されていた殴り書きである。これまでの彼のメモが、いかに乱れていようとも、ジャーナリストとしての体裁を保っていたのに対し、この最後の記録は、もはや取材メモではなく、遺書、あるいは決意表明とでも言うべき、極めて個人的で、切迫した独白となっている)

2027/03/08 (月)

件名:最後の調査

Sさんとの面会から、一週間が経った。
この一週間、俺は一歩もアパートから出ていない。眠ることも、食事をすることも、忘れていた。ただ、あのSさんの最後の言葉だけが、頭の中で繰り返し再生されている。

「あの粒子が、もし、人間の肺に入り込んだら、どうなると思う?」

警察は、もう動かない。彼らは、見て見ぬふりをする道を選んだ。いや、もっと正確に言えば、彼らのさらに「上」にいる何者かが、そうすることを決定したのだ。俺が追っているのは、もはや地方のフリー記者が扱えるような事件ではない。国家レベルの、隠蔽された災害だ。

ヤマさん(編集長)にも、もう連絡は取っていない。彼を巻き込むわけにはいかない。これはもう、俺一人の問題だ。俺が、最初にこの異変の匂いを嗅ぎつけてしまったのだから。俺が、ケリをつけなければならない。

全てのピースは、揃った。

起点:△△台団地裏の雑木林
ブンさんの証言から、外国人労働者たちが、善意から、故郷の風習に則って、あの場所で「土葬」を行っていたことは確定した。彼らは、「踊り病」で死んだ仲間を、弔っていたのだ。

震源:雑木林の「土」
Sさんの証言によれば、「泥の男」が被害者の顔に塗りつけた泥からは、「未知の生命体」としか言いようのない、異常な粒子が検出された。あの雑木林の土そのものが、致命的に汚染されている。

波紋①:泥の男
汚染された土から生まれた、あるいは土そのものが擬人化した存在。人間を襲い、顔に泥を塗りつけることで、「何か」を伝播させる。

波紋②:踊り病
泥を塗りつけられた人間、あるいは、ケアマネの高橋さんや医師の五十嵐先生が診ていた、何らかの形で汚染源に接触した人間が発症する、奇妙な病。くねくねと踊り、約一ヶ月で死に至る。それは、俺が最初に無視した、あの「クネクネ」という都市伝説の、本当の姿だったのだ。

波紋③:熊
異常な行動をとる、熊たち。彼らもまた、あの雑木林に引き寄せられていた。ニュースサイトの記事、そして消防団員の証言。熊は、あの雑木林に「餌」があると知っている。住民の間で囁かれていた噂。「熊が、何かを掘り起こしていた」。

そうだ。全てが、繋がっている。
彼らは、「踊り病」で死に、土に埋められた遺体を、掘り起こして、食べていたのだ。
そして、その結果、熊自身もまた、あの「何か」の新たな宿主(ホスト)となり、人里へとその災厄を運び出す、歩く生物兵器と化した。

俺は、一体、何を相手にしているんだ?
菌か? ウイルスか? それとも、Sさんの言う通り、地球上の生命の系統樹から外れた、全く未知の「何か」か。

もう、どうでもいい。
それが何であれ、このまま放置すれば、事態はさらに悪化する。△△台団地を中心とした、あの半径2kmの円は、少しずつ、だが確実に、その汚染範囲を広げていくだろう。

俺は、ジャーナリストだ。
いや、ジャーナリストの端くれだ。
大学時代の面接で、「社会の片隅で、誰にも気づかれずに消えていく声を掘り起こしたい」と、青臭い理想を語った、あの頃の俺は、まだ死んではいない。

警察も、行政も、大手メディアも、誰もこの真実を報じないというのなら、俺がやるしかない。
俺が、この悪夢の連鎖を、断ち切るための証拠を掴む。

全ての事件の起点は、最初の違法土葬現場だ。
警察もあてにならない。
今夜、一人で証拠を探しに行く。

あの雑木林の、外国人たちが仲間を埋めたという場所に、一体、何が埋まっているのか。
そして、熊たちが、何を掘り起こしていたのか。

この手で、確かめる。

スコップは買った。ボイスレコーダーのバッテリーも確認した。
これが、俺の最後の取材になるかもしれない。
もし、俺が帰ってこなかったら。
もし、俺もまた、「泥の男」に襲われ、一ヶ月後に、あの気味の悪い踊りを始めることになったら。
あるいは、このメモを読んでいる誰かがいるのなら、それは、俺が失敗したということだ。

だが、それでも、行くしかない。
これは、俺が始めなければならなかった「物語」であり、そして、俺が終わらせなければならない「物語」なのだから。

(メモは、ここで終わっている。ノートの最後のページは、乱暴に破り取られたかのように、ちぎれていた)
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