みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第二章:天災と人災(2028年)】

第19話:資料No.018(政府広報・緊急会見録)2028年

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第二章:天災と人災(2028年)
(編纂者による注記:第一章で提示された記録は、北関東の一地方で発生した、理解不能な、しかし極めて限定的な「予兆」の記録であった。フリージャーナリスト・工藤██は、その点と点を結びつけ、背後にある巨大な法則性に肉薄したが、彼の声が社会に届くことはなかった。そして、全ての予兆は、これから記す、あまりにも巨大な「天災」という現実の前に、完全に不可視なものとなる。この第二章の記録は、巨大な災害が、いかにして人々の目を曇らせ、すぐ足元で静かに増殖していた本当の脅威を、誰もが「仕方がないこと」として受け入れてしまうに至ったか、その悲劇的な過程の記録である)

【資料No.018】
資料種別:内閣官房長官による緊急記者会見・全文書き起こし
記録年:2028年

(以下は、2028年5月1日未明、首相官邸で行われた緊急記者会見の公式記録である。この日、日本という国家のあり方を根底から覆す、未曾有の国難が発生した。この記録に残された、冷静で、統制の取れた言葉の数々は、しかし、これから始まる本当の悪夢の、静かな序曲に過ぎなかった)

日時: 2028年5月1日 午前3時45分
場所: 首相官邸 大ホール
会見者: 内閣官房長官 ██ ██

(会見開始)

長官: …深夜にもかかわらず、お集まりいただき、ありがとうございます。ただいまより、内閣官房長官として、緊急記者会見を始めさせていただきます。お手元の資料をご確認ください。

(会場に、資料をめくる音と、多数のカメラのシャッター音が響き渡る)

長官: 本日、午前2時28分ごろ、紀伊半島沖を震源とする、極めて大規模な地震が発生いたしました。気象庁の推定によりますと、地震の規模を示すマグニチュードは、9.1。震源の深さは約20kmと推定されております。

(記者団から、どよめきと、呻くような声が漏れる)

長官: この地震により、静岡県、愛知県、三重県、和歌山県、徳島県、高知県、愛媛県、宮崎県、大分県、鹿児島県の沿岸部に、大津波警報が発令されております。すでに第一波が到達したとみられる地域もあり、被害の全容は現在、確認を急いでいるところであります。
推定される津波の高さは、最も高いところで30メートル以上に達するとの報告も入っております。

(会場が、完全な静寂に包まれる)

長官: 国民の皆様に、申し上げます。
今、この放送を見ている、沿岸部、津波警報が発令されている地域にお住まいの方は、ただちに、命を守る行動をとってください。

ためらわないでください。少しでも高い場所へ、内陸へ、避難してください。テレビやラジオの情報に注意し、決して、海岸や川の河口には近づかないでください。

政府は、ただいま、官邸対策室を設置いたしました。総理を本部長とする、緊急災害対策本部に切り替え、人命救助を最優先に、政府一体となって、全力で対応にあたります。
すでに、自衛隊、警察、消防、海上保安庁に対し、災害派遣の準備に入るよう指示を出しております。

(ここで長官は一度言葉を切り、カメラを真っ直ぐに見据える)

長官: この地震は、我々が長年、来るべき国難として想定し、備えを進めてきた、南海トラフ巨大地震であると、政府として判断いたしました。

被害は、広範囲に、そして甚大なものとなることが予想されます。
しかし、どうか、冷静に行動してください。デマに惑わされることなく、助け合ってください。

我々日本人は、これまでも、数多くの国難を、不屈の精神と、互いを思いやる心で乗り越えてきました。
政府は、国民の皆様の生命と財産を守るため、あらゆる手立てを尽くすことを、ここに、固くお約束いたします。

私からは、以上です。
詳細につきましては、この後、気象庁および関係省庁より、順次、発表があります。

(質疑応答に移る記者たちの、怒号にも似た呼びかけが飛び交うが、長官は一礼すると、足早に会見場を後にする。残された会場の混乱と、鳴り響く電話のコール音。テレビカメラの赤いランプだけが、これから始まる長い夜を、静かに見つめている)

(編纂者による注記:この歴史的な一夜の記録は、我々の時代の人間にとっては、悪夢の始まりとして記憶されている。だが、当時の人々にとって、これはまだ「想定内の悲劇」であった。彼らは、これから自分たちが対峙するのが、地震や津波といった、理解可能な「天災」だけではないということを、まだ知る由もなかった。この巨大な災害がもたらした、数百万という規模の「死」が、北関東の片隅で静かに芽吹いていた、あの名もなき怪異にとって、かつてない規模の「苗床」を提供することになる、という残酷な事実に)
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