みんな善いことだと思ってた

【第二章：天災と人災（2028年）】

第26話：資料No.025（東北地方の地方紙記事アーカイブ）2028年

【資料No.025】
資料種別：地方新聞「岩手日報」記事データベースのスクリーンショット
記録年：2028年

(以下は、南海トラフ巨大地震の混乱の裏で、東北地方のブロック紙が報じた、奇妙な事件に関する特集記事である。この記事は、編纂者が後年、各地で散発的に発生していた「予兆」の記録を調査する過程で発見したものである。この記事の持つ重要性は、南海トラフ被災地で起きていた二つの異常――「熊の凶暴化」と「踊り病」――が、遠く離れた東北の地で、一つの現象として初めて明確に結びつけられた点にある。しかし、この小さな地方紙の声が、国家的な大災害の喧騒の中で、誰かに届くことはなかった)

URL: hxxps://www.iwate-nippo.xx.jp/articles/-/20280915-feature
(※注：2030年にサイトがアクセス不能に。以下はインターネットアーカイブからの復元データ)

記事タイトル：【独自取材】沿岸南部で熊の被害、過去最悪に。被害者が見せる“奇妙な踊り”と謎の死。専門家「南海トラフ被災地の『踊り病』と酷似」。背景に、長年黙認されてきた「風葬」の因習か。
配信日時： 2028年9月15日 06:00

(リード文)
南海トラフ巨大地震による南日本の混乱が続く中、岩手県沿岸南部でも、ツキノワグマによる人身被害が過去最悪のペースで発生している。さらに本紙の取材により、被害に遭った住民の複数が、南日本の被災地で報告されている「踊り病」と酷似した症状を呈し、約一ヶ月後に死亡しているという、衝撃的な事実が明らかになった。専門家は二つの事象の関連性を指摘する一方、被害が集中する地域が、以前から地域内で問題視されていた、ある特殊な葬送文化を持つ集落と不気味に一致していることも判明した。

(本文)
■南海トラフの「飛び火」か。北国で相次ぐ熊被害と謎の死

「まるで、南の災害が、そのままこっちに飛んできたみたいだ」

そう語るのは、被害が集中する███町の猟友会に所属する佐々木氏（68）だ。今年に入り、町内で確認された熊の目撃情報はすでに50件を超え、うち7件が人身被害を伴う深刻な事態となっている。

さらに異常なのは、被害者のその後の経過だ。本紙が独自に取材したところ、熊に襲われながらも生存した7名のうち、実に5名が、事件からおよそ一ヶ月後、原因不明の肺炎や心不全で死亡していたことが分かった。

被害者の一人、山田さん（72歳・農業）の息子は、涙ながらにこう証言する。
「親父は、熊に腕を噛まれてから、おかしくなっちまった。口数も減って、一日中、畑の土をぼんやり眺めてるだけ。そして、夜になると…あの、気味の悪い踊りを始めるんだ。テレビで見た、南の被災地の人たちと、全く同じ動きで…」

南日本の被災地の避難所で多発し、「災害ストレスによる集団ヒステリー」と結論付けられた、あの「踊り病」。なぜ、それと全く同じ症状が、遠く離れた、地震の直接的な被害を受けていないこの東北の町で、熊の被害者たちにだけ、現れているのか。

■専門家が指摘する「人獣共通感染症」の可能性

この不可解な現象について、県内の感染症研究の権威である、岩手医科大学の██教授（ウイルス学）に話を聞いた。

「極めて憂慮すべき事態です。二つの可能性が考えられます。一つは、南海トラフの被災地で発生した未知の病原体が、渡り鳥などを介して北上し、この地域の野生動物の間で感染爆発を起こしている可能性。もう一つは、より恐ろしい可能性ですが、南海トラフとは全く無関係に、同じ、あるいは類似の病原体が、この東北の地にもともと土着的に存在していた可能性です」

██教授は、この未知の病気が、動物から人へ、あるいは人から動物へと感染する、「人獣共通感染症（ズーノーシス）」である疑いが極めて濃厚だと指摘する。

「南日本の被災地で『踊り病』が多発した直接的な原因は、未だに解明されていません。政府は『PTSD』と結論付けましたが、我々専門家の間では、臨時土葬された膨大な数のご遺体を、野生動物が掘り起こして口にしたことによる、未知の病原体の拡散を疑う声が根強くあります。もし、この仮説が正しいとすれば、岩手で起きていることも、同じメカニズムで説明が可能です」

■「風葬の森」と熊の異常行動

██教授が指摘する「同じメカニズム」。その言葉を裏付けるかのように、被害が集中している███町には、ある特殊な背景が存在する。

町のはずれにある、通称「オカエリの森」。この地域には、戦前から、一部の住民の間で、火葬をせず、遺体を布にくるんで森の特定の場所に安置し、自然に還すという「風葬」に近い葬送文化が、半ば公然と、そして違法に続けられてきたという歴史がある。

近隣住民の一人は、こう証言する。
「昔から、あの森には近づくなと言われてきた。病気で死んだ人や、ワケありの人を、夜中にこっそり運び込んでるって、みんな知ってたから。役場も警察も、見て見ぬふりだよ。面倒事には関わりたくないのさ」

そして、今年に入り、この「オカエリの森」の周辺で、熊の目撃情報が爆発的に増加しているのだ。

「今年の熊は、明らかにおかしい」と、前出の佐々木氏は語る。「腹を空かせているだけじゃない。奴らは、一直線に、あの森を目指すんだ。まるで、そこに餌があると分かっているみたいに。そして、森の中で、何かを…地面を、執拗に掘り返しているんだ」

■繋がる点と線、黙殺される地方からの警告

「違法な土葬（風葬）」
「その場所に執着し、土を掘り返す、異常行動をとる熊」
「その熊に襲われた人間が、約一ヶ月後に、『踊り病』で死亡する」

南日本では、巨大な天災の混乱の中で、誰も繋ぎ合わせることのできなかった点と線。それが、この静かな東北の町で、あまりにも鮮明な因果関係として、今、浮かび上がろうとしている。

我々は、この事実を県や国の関係機関に報告し、警鐘を鳴らした。しかし、返ってきた答えは、冷たいものだった。
「南海トラフの対応で手一杯だ。地方の、それもオカルトじみた憶測に、割けるリソースはない」

南海トラフという、あまりにも巨大な悲劇。それは、日本中の人々の関心を南へと引きつけ、その影で静かに進行している、もう一つの、より根源的な災厄から、我々の目を逸らし続けている。

これは、もはや単なる地方の獣害事件ではない。
北関東で起きた、あの名もなき予兆の、そして、南日本で起きた未曾有の天災の、その両方に通底する、この国の土そのものに根差した、根源的な「病」の現れなのではないか。

我々のこの小さな声が、巨大な災害報道の喧騒の中に、また一つ、かき消されてしまわないことを、ただ祈るばかりである。

(編纂者による注記：この記事は、南海トラフ巨大地震という「主旋律」の裏で、静かに鳴り響いていた、破滅への「対旋律」を、初めて正確に捉えた記録であった。しかし、その声は、やはり誰にも届かなかった。この記事が配信された翌週、九州地方の避難所でも、熊の襲撃による、静岡のケースと全く同じ惨劇が発生する。社会の歯車は、もはや後戻りのできない地点まで、静かに回転を進めていた)