みんな善いことだと思ってた

月影 朔

文字の大きさ
30 / 42
【第二章:天災と人災(2028年)】

第30話:資料No.029(テレビニュース番組の書き起こし)2028年

しおりを挟む
【資料No.029】
資料種別:テレビニュース番組の書き起こし
記録年:2028年

(以下は、厚生労働省の内部通達(資料No.028)から約一週間後、国民の不安を鎮めるために放送されたと思われる、夜の報道番組の特集コーナーの書き起こしである。この記録は、政府の「公式見解」が、いかにして権威ある専門家の口を通して、国民の「常識」へと刷り込まれていくか、そのプロセスを冷ややかに示している。巨大な災害の前に無力な人々は、専門家が差し出す「分かりやすい物語」に、安堵と共に飛びついた)

番組名: News Frontier Japan
放送日時: 2028年10月23日 22:15
放送局: JNN系列

(スタジオ。ベテラン司会者の宮川氏が、ゲストとして招かれた著名な臨床心理学者、長谷川教授と向かい合っている。背景のモニターには、「徹底解説! 被災地を襲う“見えない脅威”の正体」というテロップが映し出されている)

宮川: …さて、今夜のNews Frontier Japanですが、南海トラフ巨大地震の発生から、まもなく半年が経とうとしています。懸命な復旧作業が続く一方で、今、被災地では、地震そのものではない、「見えない脅威」が、人々の心を蝕んでいます。長谷川教授、改めて、この二つの問題について、我々はどう考えればよいのでしょうか。

長谷川教授: (穏やかに頷きながら)ええ。まず、南日本の避難所で多発している、通称「踊り病」ですね。一部では、未知のウイルスではないか、といった憶測も飛び交い、大変な混乱を招いていると聞いています。

宮川: 夜中に突然起き上がり、くねくねと踊るような動きを始め、約一ヶ月で亡くなってしまう…。VTRを見ているだけでも、非常に不気味で、ご家族の心痛は察するに余りあります。

長谷川教授: おっしゃる通りです。しかし、我々専門家は、いかなる時も、冷静に、そして科学的な視点から物事を判断しなければなりません。結論から申し上げますと、この現象は、典型的な集団ヒステリーの一種と考えるのが、最も妥当です。

宮川: 集団ヒステリー、ですか。

長谷川教授: はい。歴史を紐解けば、大規模な戦争や災害の後には、人々が極度のストレスから、奇妙な行動を伝染させ合うという事例が、数多く報告されています。中世ヨーロッパで流行した「踊りのペスト」などが、その最たる例ですね。南海トラフという、日本の歴史上、類を見ない規模の災害。家族を失い、家を失い、明日への希望すら見出せない。そんな極限状態に置かれた人々が、閉鎖的な避難所という環境で、一人が始めた異常な行動を、無意識のうちに模倣し、伝播させてしまう。これは、人間の心が持つ、悲しいですが、しかし、ごく自然な防衛反応なのです。

宮川: なるほど…。つまり、怪異や呪いといった、オカルト的な現象などでは、断じてないと。

長谷川教授: (きっぱりと)断じてありません。むしろ、そうした非科学的な言説こそが、被災者の皆さんを、さらに深く傷つける結果になりかねない。我々が今すべきなのは、彼らを「呪われた人々」として見るのではなく、「深い心の傷を負った人々」として、温かく、そして辛抱強く、寄り添うこと。すなわち、メンタルヘルスケアの充実こそが、急務なのです。

(宮川氏が、深く頷く)

宮川: ありがとうございます。では、もう一つの問題です。東北地方などで報告が相次いでいる、熊の異常な凶暴化。一部では、この「踊り病」との関連性を指摘する声も上がっていますが…。

長谷川教授: (少し、呆れたように微笑んで)ああ、その噂は私の耳にも入っています。ですが、はっきり申し上げましょう。その二つを関連付けて考えるのは、非科学的という以前に、もはやファンタジーの世界です。

宮川: ファンタジー、ですか。

長谷川教授: ええ。熊の被害は、極めて深刻な、現実的な環境問題です。生態系の専門家が指摘するように、地震による山林環境の変化や、餌不足が、彼らを人里へと追いやっている。それは、科学的なデータに基づいた、動かしがたい事実です。
一方で、「踊り病」は、先ほど申し上げた通り、人間の心の問題、すなわち心理学的な問題です。

宮川: つまり、全く別の問題である、と。

長谷川教授: まさに、その通りです。考えてもみてください。和歌山の避難所で起きている集団ヒステリーと、岩手の山中で起きている獣害。この二つを、何の科学的根拠もなく、「呪いだ」「未知の病原体だ」と結びつけてしまう。それは、人々の不安が生み出した、典型的な陰謀論の構造です。
災害時には、こうした、もっともらしいが非合理的な言説が、人々の心を捉えやすい。しかし、我々は、そうした声に惑わされてはならない。

(長谷川教授は、カメラに向かって、諭すように語りかける)

長谷川教授: 皆さん、どうか、冷静になってください。我々が今、対峙しているのは、南海トラフ巨大地震という、あまりにも巨大な「現実」です。この現実の前では、得体の知れない噂や、オカルト話に心を奪われる余裕など、我々にはないはずです。
南日本の「踊り病」は、集団ヒステリーの一種です。これは、時間をかけた、丁寧な心のケアで、必ず乗り越えられます。
東北の熊被害は、残念ながら、災害時には起こりうることです。これは、行政と専門家による、地道な鳥獣管理対策で、解決していくべき問題です。

宮川: 関連性を疑うのは、非科学的である、と。

長谷川教授: その通りです。我々が今、信じるべきは、超常現象ではなく、科学です。そして、互いを思いやる、人間の「善意」なのです。

(スタジオが、穏やかな説得力に満ちた、静かな空気に包まれる。宮川氏が、深く頷きながら、番組を締めくくる)

宮川: …長谷川教授、本日は、ありがとうございました。…いたずらに恐怖を煽るのではなく、一つ一つの問題を、冷静に、そして科学的に切り分けて考える。そして何より、善意を信じる。未曾有の国難の中、我々が忘れてはならない姿勢を、改めて教えていただいたように思います。News Frontier Japan、今夜は、この辺で失礼いたします。

(番組が終了し、製薬会社のCMが流れ始める。風邪薬を飲んだ家族が、幸せそうに微笑んでいる)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

処理中です...