みんな善いことだと思ってた

月影 朔

文字の大きさ
34 / 42
【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】

第34話:資料No.033(旧厚生労働省・研究員の内部資料)2029年

しおりを挟む
第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)
(編纂者による注記:第二章までは、巨大な災害と、もっともらしい専門家の「善意」が、いかにして人々の目を曇らせ、すぐ足元で静かに増殖していた本当の脅威を不可視なものにしていったか、その過程を記録してきた。
これから始まる第三章の記録は、さらに絶望的だ。社会機能が麻痺し、国家が崩壊へと向かう中で、ごく一部の人間は、断片的な情報から、怪異の正体に、あるいはその本質に肉薄していた。しかし、彼らの声は、誰にも届かなかった。
この章は、そうした、誰にも届かなかった断末魔の叫びであり、墓標である。
読者であるあなたは、登場人物たちが決して見ることのできなかった「全体像」を初めて目撃することになる。
その圧倒的な手遅れ感が、この章の恐怖の源泉となるだろう)

【資料No.033】
資料種別:旧厚生労働省 国立感染症研究所・研究員による個人的な調査資料(スキャンデータ)
記録年:2029年

(以下は、旧厚生労働省の国立感染症研究所に所属していた、若手研究員・小林██氏(当時31歳)の個人PCから、彼の死後、遺族によって発見された、手書きの調査資料の抜粋である。社会機能が麻痺し、公式な調査が事実上不可能となる中、彼は職務の傍ら、各地から断片的に集まるデータを、独力で解析し、この国の本当の病巣にたどり着いていた。彼の苦悩と、真相に肉薄していく思考の過程が、殴り書きの文字から生々しく伝わってくる)

文書タイトル: 広域災害下における非定型性疾患群の地理的・時系列的相関分析に関する私的考察メモ
日付: 2029年2月10日
作成者: 国立感染症研究所 ウイルス第一部 小林 ██

1. はじめに
2028年5月1日の南海トラフ巨大地震発生以降、我が国の公衆衛生は崩壊の危機に瀕している。DMAT事務局は、被災地で多発している原因不明の集団死(通称:踊り病)を「劣悪な衛生環境に起因する、複合的な感染症クラスターおよび集団ヒステリー」と結論付けた(文書番号:MHLW-DMAT-28-INFO-1015参照)。しかし、現場の医師やNPO関係者からの非公式な報告と、公式見解との間には、看過できない著しい乖離が存在する。本メモは、公式な調査ルートからは黙殺されている、いくつかの「ノイズ」にこそ真相が隠されているのではないかという仮説に基づき、断片的な情報を再統合し、独自の分析を試みるものである。

2. 分析対象とする三つの異常事象
本考察では、現在、国内で同時多発的に発生している、以下の三つの異常事象を分析対象とする。政府の公式見解では、これらは全て「無関係」な事象として扱われている。

事象A:北関東・急速進行性認知症クラスター(2024年~)

第一章で記録された、フリージャーナリスト・工藤██(失踪)が追っていた現象。

症状:感情の希薄化、夜間の奇妙な舞踏様運動(くねくね)、約一ヶ月での衰弱死。

発生地域:北関東〇〇市△△台団地を中心とした、半径約2km圏内。

背景:同地域では、外国人労働者コミュニティによる「違法土葬」が長年問題視されていた。

事象B:南海トラフ被災地・「踊り病」(2028年~)

NPO法人「手と手をつなぐ会」の佐藤██氏(退職)らが報告した現象。

症状:事象Aとほぼ完全に一致。夜間の舞踏様運動、約一ヶ月での衰弱死。

発生地域:南海トラフ被災地の、特に「臨時埋葬地」が設置された地域の避難所に集中。

公式見解:「災害ストレスによる集団ヒステリー」および「衛生環境の悪化による感染症」。

事象C:全国・熊による獣害事件の激化(2025年~)

全国ニュース等で報道。特に東北、北関東、そして南海トラフ被災地の山間部で多発。

特徴:人間への警戒心の欠如、異常な執着行動(特定の場所の掘り返し、避難所への侵入)。

発生地域:事象Aおよび事象Bの発生地域と、地理的に高い相関が見られる。

公式見解:「異常気象による餌不足」および「地震による生態系への影響」。

3. 地理的マッピングによる相関分析

(このセクションには、日本地図のスキャンデータが添付されており、その上に、事象A、B、Cの発生地点が、それぞれ異なる色のマーカーでプロットされている。その様相は、かつて工藤記者が作成した、北関東の局地的な地図(資料No.007)を、日本全土に拡大したかのようである)

(地図の下に、手書きのメモが続く)

見てみろ。
これは、偶然で済まされることじゃない。

北関東の、あの小さな町で起きていたこと。
そして今、南日本の広大な被災地で起きていること。
さらに、それらの背後で、まるで亡霊のように付きまとう、熊の異常行動。

これらの発生地点は、土葬が許可、あるいは黙認されてきた地域と、完全に一致している。

・北関東の△△台団地。外国人労働者による「違法土葬」が長年、見て見ぬふりをされてきた場所。
・南海トラフ被災地の十県。「臨時埋葬許可法」によって、数百万の遺体が、急ごしらえの「臨時埋葬地」に土葬された場所。
・東北地方、岩手の「オカエリの森」。地方紙が報じた、「風葬」という名の土葬文化が残る場所。

全ての点が、一つのキーワードで繋がる。
「土に、埋める」という行為だ。

政府の専門家会議は、なぜこの、あまりにも明白な地理的相関を無視する?
「踊り病は衛生問題」「熊被害は環境問題」。
彼らは、意図的に、この二つの事象を切り離そうとしている。なぜだ?
パニックを恐れてか? それとも、彼ら自身も、この不気味な符合の先に何があるのかを、見るのが怖いのか?

4. 仮説の構築

(メモの筆跡が、ここから明らかに乱れ始める。思考の速度に、書く手が追いついていないかのようだ)

もう、間違いない。
俺は、この国の本当の病巣を見つけてしまった。

これは、未知の病原体による、人獣共通感染症(ズーノーシス)だ。
それも、我々の知る、どんな菌やウイルスとも異なる、全く新しい生態を持つ何かだ。

感染サイクル(仮説):

第一宿主(キャリア): 人間。ただし、発症するのは死後。

感染経路①(土壌汚染): 感染した人間の遺体を土葬することで、土壌そのものが病原体の巨大なリザーバー(貯水池)と化す。

感染経路②(動物媒介): 野生動物(特に熊)が、汚染された土壌、あるいは土葬された遺体を掘り起こし、摂取することで、第二の宿主となる。動物は凶暴化し、行動範囲を広げ、新たな地域へと汚染を拡散させる媒介者(ベクター)となる。

感染経路③(人間への伝播):
a) 第二宿主(熊など)に襲われることで、直接感染。
b) 汚染された土壌や水に、何らかの形で接触することで、間接的に感染。

発症: 人間に感染した場合、約一ヶ月の潜伏期間を経て、脳神経系に異常をきたす。感情の喪失、そして、あの「踊り」…。

死、そしてサイクル完了: 感染者は衰弱死し、そして再び、土に埋められることで、新たな汚染源となり、この悪夢のサイクルをさらに拡大させていく。

そうだ。全て、説明がつく。
北関東の怪異も。
南海トラフの悲劇も。
全ては、同じ一つの病理なのだ。

そして、最悪なのは、我々が「善いことだ」と信じて行ってきたこと、その全てが、この悪夢のサイクルに、完璧に組み込まれてしまっているという事実だ。

・外国人労働者の、仲間を弔う「善意」が、最初の震源地を作った。
・南海トラフの後、公衆衛生を守るための「善意」で行われた臨時土葬が、それを国家規模のパンデミックへと拡大させた。
・避難所で、PTSDに苦しむ人々をケアしようとしたNPOの「善意」が、感染者が死に至るまでの最後の時間を、ただ見守るだけの結果になった。
・そして、この事実を隠蔽し、国民をパニックから守ろうとする、政府の「善意」が、もはや手遅れの状況を招いている。

みんな、善いことだと思ってた。
俺も、そうだ。

だが、もう時間がない。
このサイクルを断ち切る方法は、一つしかない。
全ての土葬を、今すぐ、禁止するんだ。
そして、全ての遺体を…。

(メモは、ここで唐突に途切れている)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

処理中です...