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【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】
第35話:資料No.034(送信エラーとなった告発メール)2029年
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【資料No.034】
資料種別:電子メールの下書き(未送信)
記録年:2029年
(以下は、旧厚生労働省の研究員・小林██氏の個人PCのメールソフトの「下書き」フォルダに残されていた、最後の電子メールのテキストである。彼の殴り書きのメモ(資料No.033)から数日後、彼は自らの命がけの分析結果を、省内に残る数少ない良識派と信じる上司や同僚に伝え、国を動かそうと試みていた。しかし、この悲痛な叫びが、彼の指によって「送信」ボタンが押されることは、永遠になかった。このメールが書かれた同日深夜、首都圏の基幹通信網は、原因不明の大規模障害により、完全に途絶したからである)
差出人: kobayashi.███@mhlw.go.jp
宛先: satake.███@mhlw.go.jp; kawai.███@mhlw.go.jp; nishimura.███@mhlw.go.jp
件名: 【緊急・最高機密】広域災害下における非定型性疾患群の正体と、即時実行を要する対策について
送信日時: (下書き保存日時:2029年2月15日 23時45分)
本文:
佐竹審議官、河合室長、西村課長補佐
夜分遅くに、このような形でご連絡することの非礼を、まずはお詫び申し上げます。
国立感染症研究所ウイルス第一部の小林です。
本来であれば、正式な手続きを踏み、報告書として提出すべき内容であることは重々承知しております。しかし、事態はもはや一刻の猶予も許さない段階にまで進行しており、また、本件の内容が公式なルートでは、DMAT事務局の「統一見解」の前に、即座に握り潰されるであろうことを確信しているため、やむなく、皆様の良識に直接訴えかけるという、最後の手段に踏み切った次第です。
単刀直入に申し上げます。
現在、日本全土で同時多発的に発生している「踊り病」と「熊の異常凶暴化」は、政府合同専門家会議が結論付けたような、無関係な「衛生問題」と「環境問題」などでは断じてありません。
この二つの事象は、一つの、そして同一の、未知の病原体によって引き起こされている、紛れもない国家規模のパンデミックです。
私はこの一ヶ月、職務の傍ら、独自に各地から断片的に集まる情報を解析し続けました。そして、フリージャーナリストの工藤██(昨年失踪)が遺した調査記録、NPO法人や自衛隊員の非公式な証言、そして警察庁の内部統計データといった、公式見解からは「ノイズ」として排除された情報を地理的・時系列的に再構築した結果、この悪夢の、あまりにも単純で、冷徹な全体像にたどり着いてしまいました。
以下に、私の分析の結論と、我々が今すぐ実行しなければならない対策を、簡潔に記します。どうか、これを一個人の妄想としてではなく、科学者としての、最後の良心からの叫びとして、お読みいただきたい。
1. 病原体の特定(仮説)
本病原体を、仮にコードネーム「A-9(Ancestor-9)」と呼称します。
A-9は、既知のいかなるウイルス、細菌、真菌、プリオンとも異なる、極めて強靭な生命力を持つ、複合的な微生物であると推定されます。特に、土中における生存・増殖能力に特化しており、その生態は、我々人類の感染症対策の常識を、根本から覆すものです。
2. 感染サイクルの解明
A-9の感染サイクルは、以下の、恐ろしくも完璧な循環によって成立しています。
サイクル①【土壌汚染】: A-9に感染した人間の遺体を「土葬」することが、全ての始まりです。遺体は土中でA-9の作用により変質し、その土壌全体が、A-9の巨大な培養槽(リザーバー)となります。
サイクル②【動物媒介】: 野生動物(特に熊)が、汚染された土壌、あるいは埋葬された遺体そのものを摂取することで、A-9に感染します。A-9に感染した動物は、脳神経系に異常をきたし、人間への警戒心を失い、異常な凶暴性を示します。そして、彼らは新たな汚染地域を求めて行動範囲を広げ、A-9を拡散させる最悪の媒介者(ベクター)となります。
サイクル③【人間への感染】: 人間への感染は、主に二つのルートが確認されています。一つは、感染した動物による直接的な攻撃(咬傷など)。もう一つは、汚染された土壌や水との、何らかの形での接触です。
サイクル④【発症と死】: 人間に感染したA-9は、約一ヶ月の潜伏期間を経て、脳神経系に作用し、感情の喪失、そして「踊り」と称される末期症状を引き起こします。患者は急速に衰弱し、やがて死に至ります。
サイクル⑤【再汚染】: そして、A-9によって死亡した人間の遺体が、再び「土葬」されることで、サイクル①に戻り、汚染はさらに拡大・強化されていくのです。
3. 結論
皆様、もうお分かりのはずです。
北関東の、あの小さな町で起きていた怪異。そして、南海トラフの被災地で、今まさに起きている地獄。これらは、全て、この悪夢の感染サイクルで完璧に説明がつきます。
我々が「善意」で行ってきたこと、その全てが、この災厄を拡大させる手助けになっていたのです。
異文化を尊重するという「善意」が、北関東での違法土葬を黙認させ、最初の震源地を作りました。
公衆衛生を守るという「善意」が、南海トラフの犠牲者を土葬させ、この国全体を巨大な培養槽へと変えました。
そして、この二つの事象を別個の問題として扱い、国民のパニックを避けようとした専門家会議の「善意」が、我々から、残された、本当に最後の時間を、奪い去ったのです。
4. 緊急提言
もはや、一刻の猶予もありません。
この悪夢のサイクルを断ち切る方法は、ただ一つ。サイクル①とサイクル⑤、すなわち、「土葬」という行為そのものを、完全に断絶させる以外に、道はありません。
直ちに、全国の臨時埋葬地を封鎖し、全ての土葬を禁止すべきです。
そして、これから発生する全ての死者、および、臨時埋葬地に埋められた全ての遺体を、例外なく、全て焼却処分しなければなりません。
これは、非人道的な措置に聞こえるかもしれません。ご遺族の心情を思えば、断腸の思いです。
しかし、これ以外に、我が国が、そして我々国民が、生物として生き残る術は、もはや残されていないのです。
どうか、私のこの訴えを、信じてください。
そして、行動してください。
手遅れになる、本当に、その前に。
国立感染症研究所
小林 ██
(編纂者による注記:このメールの下書きが保存された、その数分後。小林氏のPCの通信ログは、外部のインターネットサーバーとの接続が、完全にロストしたことを記録している。首都圏の通信インフラが、この夜を境に、沈黙を始めたからである。彼の声は、誰にも届かなかった。そして、彼が最も恐れていた「手遅れ」の時は、もう、すぐそこまで迫っていた)
資料種別:電子メールの下書き(未送信)
記録年:2029年
(以下は、旧厚生労働省の研究員・小林██氏の個人PCのメールソフトの「下書き」フォルダに残されていた、最後の電子メールのテキストである。彼の殴り書きのメモ(資料No.033)から数日後、彼は自らの命がけの分析結果を、省内に残る数少ない良識派と信じる上司や同僚に伝え、国を動かそうと試みていた。しかし、この悲痛な叫びが、彼の指によって「送信」ボタンが押されることは、永遠になかった。このメールが書かれた同日深夜、首都圏の基幹通信網は、原因不明の大規模障害により、完全に途絶したからである)
差出人: kobayashi.███@mhlw.go.jp
宛先: satake.███@mhlw.go.jp; kawai.███@mhlw.go.jp; nishimura.███@mhlw.go.jp
件名: 【緊急・最高機密】広域災害下における非定型性疾患群の正体と、即時実行を要する対策について
送信日時: (下書き保存日時:2029年2月15日 23時45分)
本文:
佐竹審議官、河合室長、西村課長補佐
夜分遅くに、このような形でご連絡することの非礼を、まずはお詫び申し上げます。
国立感染症研究所ウイルス第一部の小林です。
本来であれば、正式な手続きを踏み、報告書として提出すべき内容であることは重々承知しております。しかし、事態はもはや一刻の猶予も許さない段階にまで進行しており、また、本件の内容が公式なルートでは、DMAT事務局の「統一見解」の前に、即座に握り潰されるであろうことを確信しているため、やむなく、皆様の良識に直接訴えかけるという、最後の手段に踏み切った次第です。
単刀直入に申し上げます。
現在、日本全土で同時多発的に発生している「踊り病」と「熊の異常凶暴化」は、政府合同専門家会議が結論付けたような、無関係な「衛生問題」と「環境問題」などでは断じてありません。
この二つの事象は、一つの、そして同一の、未知の病原体によって引き起こされている、紛れもない国家規模のパンデミックです。
私はこの一ヶ月、職務の傍ら、独自に各地から断片的に集まる情報を解析し続けました。そして、フリージャーナリストの工藤██(昨年失踪)が遺した調査記録、NPO法人や自衛隊員の非公式な証言、そして警察庁の内部統計データといった、公式見解からは「ノイズ」として排除された情報を地理的・時系列的に再構築した結果、この悪夢の、あまりにも単純で、冷徹な全体像にたどり着いてしまいました。
以下に、私の分析の結論と、我々が今すぐ実行しなければならない対策を、簡潔に記します。どうか、これを一個人の妄想としてではなく、科学者としての、最後の良心からの叫びとして、お読みいただきたい。
1. 病原体の特定(仮説)
本病原体を、仮にコードネーム「A-9(Ancestor-9)」と呼称します。
A-9は、既知のいかなるウイルス、細菌、真菌、プリオンとも異なる、極めて強靭な生命力を持つ、複合的な微生物であると推定されます。特に、土中における生存・増殖能力に特化しており、その生態は、我々人類の感染症対策の常識を、根本から覆すものです。
2. 感染サイクルの解明
A-9の感染サイクルは、以下の、恐ろしくも完璧な循環によって成立しています。
サイクル①【土壌汚染】: A-9に感染した人間の遺体を「土葬」することが、全ての始まりです。遺体は土中でA-9の作用により変質し、その土壌全体が、A-9の巨大な培養槽(リザーバー)となります。
サイクル②【動物媒介】: 野生動物(特に熊)が、汚染された土壌、あるいは埋葬された遺体そのものを摂取することで、A-9に感染します。A-9に感染した動物は、脳神経系に異常をきたし、人間への警戒心を失い、異常な凶暴性を示します。そして、彼らは新たな汚染地域を求めて行動範囲を広げ、A-9を拡散させる最悪の媒介者(ベクター)となります。
サイクル③【人間への感染】: 人間への感染は、主に二つのルートが確認されています。一つは、感染した動物による直接的な攻撃(咬傷など)。もう一つは、汚染された土壌や水との、何らかの形での接触です。
サイクル④【発症と死】: 人間に感染したA-9は、約一ヶ月の潜伏期間を経て、脳神経系に作用し、感情の喪失、そして「踊り」と称される末期症状を引き起こします。患者は急速に衰弱し、やがて死に至ります。
サイクル⑤【再汚染】: そして、A-9によって死亡した人間の遺体が、再び「土葬」されることで、サイクル①に戻り、汚染はさらに拡大・強化されていくのです。
3. 結論
皆様、もうお分かりのはずです。
北関東の、あの小さな町で起きていた怪異。そして、南海トラフの被災地で、今まさに起きている地獄。これらは、全て、この悪夢の感染サイクルで完璧に説明がつきます。
我々が「善意」で行ってきたこと、その全てが、この災厄を拡大させる手助けになっていたのです。
異文化を尊重するという「善意」が、北関東での違法土葬を黙認させ、最初の震源地を作りました。
公衆衛生を守るという「善意」が、南海トラフの犠牲者を土葬させ、この国全体を巨大な培養槽へと変えました。
そして、この二つの事象を別個の問題として扱い、国民のパニックを避けようとした専門家会議の「善意」が、我々から、残された、本当に最後の時間を、奪い去ったのです。
4. 緊急提言
もはや、一刻の猶予もありません。
この悪夢のサイクルを断ち切る方法は、ただ一つ。サイクル①とサイクル⑤、すなわち、「土葬」という行為そのものを、完全に断絶させる以外に、道はありません。
直ちに、全国の臨時埋葬地を封鎖し、全ての土葬を禁止すべきです。
そして、これから発生する全ての死者、および、臨時埋葬地に埋められた全ての遺体を、例外なく、全て焼却処分しなければなりません。
これは、非人道的な措置に聞こえるかもしれません。ご遺族の心情を思えば、断腸の思いです。
しかし、これ以外に、我が国が、そして我々国民が、生物として生き残る術は、もはや残されていないのです。
どうか、私のこの訴えを、信じてください。
そして、行動してください。
手遅れになる、本当に、その前に。
国立感染症研究所
小林 ██
(編纂者による注記:このメールの下書きが保存された、その数分後。小林氏のPCの通信ログは、外部のインターネットサーバーとの接続が、完全にロストしたことを記録している。首都圏の通信インフラが、この夜を境に、沈黙を始めたからである。彼の声は、誰にも届かなかった。そして、彼が最も恐れていた「手遅れ」の時は、もう、すぐそこまで迫っていた)
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