みんな善いことだと思ってた

月影 朔

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【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】

第36話:資料No.035(中国国営放送のドキュメンタリー番組・書き起こし)2029年

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【資料No.035】
資料種別:テレビドキュメンタリー番組の書き起こし(翻訳)
記録年:2029年

(以下は、編纂者が旧九州放送のアーカイブサーバーから入手した、中国国営中央電視台(CCTV)制作のドキュメンタリー番組の録画データと、その日本語翻訳の書き起こしである。2029年夏、旧日本政府の機能が事実上停止し、国内が大混乱に陥る中、中国政府は「人道的支援および、東アジア地域における安全保障上の脅威の除去」を名目に、九州地方に暫定統治機構を設立した。この番組は、その統治下で繰り返し放送された、プロパガンダ的性格の極めて強い記録である。そこには、旧日本政府が「人道的配慮」という善意によって最後まで実行できなかった、あまりにも非人道的で、しかし、あまりにも有効な「解決策」が、英雄的な行為として記録されている)

番組名: 「黎明の槌:日本を蝕む病巣、九州浄化作戦の全記録」
放送日時: 2029年9月3日
放送局: 中国中央電視台(CCTV)国際チャンネル

(勇壮なオーケストラの音楽と共に、朝日を浴びて整然と並ぶ、中国人民武装警察部隊の映像から番組は始まる。ナレーションは、力強く、自信に満ちた男性の声)

ナレーター: 2028年5月、未曾有の巨大地震が、隣国・日本を襲った。美しい海岸線は濁流に飲み込まれ、数百万の尊い命が失われた。国際社会が支援の手を差し伸べる中、我が国もまた、隣人として、最大限の人道的支援を約束した。

(津波の被害映像と、中国の緊急援助隊が活動する様子の映像がインサートされる)

ナレーター: しかし、日本の混迷は、天災だけでは終わらなかった。旧日本政府の無策と、非科学的な精神論への固執が、第二の、より深刻な人災を招いたのである。

(薄暗い避難所の体育館で、虚ろな目でくねくねと踊る人々の、不鮮明だがショッキングな映像。モザイク処理が施されている)

ナレーター: 「感染性精神疾患」、現地では「踊り病」と呼称された、この奇妙な病。そして、人間への警戒心を失い、都市部を徘徊する「凶暴化害獣」。旧日本政府は、これら二つの脅威に対し、「集団ヒステリー」「生態系の変化」といった、場当たり的な説明に終始し、有効な対策を何一つ講じることができなかった。その結果、感染は日本全土へと拡大。国家機能は麻痺し、東アジア全域の安全保障にとって、看過できない脅威と化したのである。

(スタジオに切り替わる。中国人民解放軍の制服を着た、厳格な表情の専門家がインタビューに答える)

専門家: 旧日本政府の対応は、理解に苦しむものでした。我々の初期調査によれば、この二つの現象は、明らかに「土葬」という非衛生的な葬送習慣を媒介とした、未知の人獣共通感染症であった可能性が極めて高い。しかし、彼らは「人道的配慮」や「国民感情」を理由に、最も効果的であるはずの抜本的な対策――すなわち、感染源の徹底的な除去と隔離――を、最後まで躊躇し続けたのです。

(再び、勇壮な音楽が流れ始める。武装警察部隊が、防護服とガスマスクを装着し、大型車両に乗り込む映像)

ナレーター: 東アジアの平和と安定、そして、人道的な危機に瀕した日本の民衆を救うため、我が国は、国連の要請に基づき、苦渋の決断を下した。2029年7月、九州全域を「特別衛生管理区域」と定め、旧日本政府の無策が生んだ病巣を根絶するための、断固たる「浄化作戦」を開始したのである。

(映像は、夜間の、赤外線カメラで撮影されたものに切り替わる。武装警察部隊が、廃墟と化した市街地や、山林を慎重に進んでいく)

ナレーター: 作戦は、二つのフェーズに分けて実行された。第一フェーズは、「凶暴化害獣」の徹底的な駆除である。特殊部隊は、ドローンによる赤外線探知と、高度な追跡技術を駆使し、市街地に潜む熊、野犬、あるいはその他の大型野生動物を、一頭残らず掃討した。

(赤外線カメラの映像。スコープの十字線が、動き回る白い影――熊と思われる動物――を捉える。数発の銃声。白い影が、激しく痙攣し、動かなくなる。同様の映像が、何度も繰り返される)

ナレーター: 第二フェーズは、より困難な任務であった。「徘徊者」、すなわち、「感染性精神疾患」の末期症状を呈し、もはや治癒の見込みがなく、他者への感染源となる可能性が高いと判断された、旧日本国民の保護と隔離である。

(映像が切り替わる。昼間の、かつては避難所だったと思われる学校の校庭。武装警察の部隊が、虚ろな目で、くねくねと踊り続ける数十人の人々を、ゆっくりと包囲していく。彼らは、武装した兵士たちに囲まれても、一切の反応を示さない。ただ、無心に、奇妙な踊りを続けている)

ナレーター: 我々の部隊は、彼らの尊厳に最大限配慮し、投降を呼びかけた。しかし、彼らは、もはや人間の言葉を理解できる状態にはなかった。

(部隊長らしき人物が、拡声器で何かを叫んでいる。しかし、踊る人々は、それに全く反応しない。やがて、部隊長が、静かに、そして短く、命令を下す)

(次の瞬間、耳をつんざくような、一斉射撃の音が鳴り響く。踊っていた人々の体が、糸の切れた人形のように、次々と地面に崩れ落ちていく。映像は、その直接的な場面を映さず、空を映すアングルに切り替わるが、銃声だけは、数秒間にわたって、生々しく響き渡る)

(再びスタジオの専門家)

専門家: これは、決して虐殺などではない。感染症の拡大を食い止めるための、唯一にして、最も人道的な「外科的措置」です。少数の犠牲によって、より多くの民衆を、そして国家全体を救う。これこそが、真の「善意」と呼ぶべきものです。旧日本政府に欠けていたのは、この、大局を見据えた、断固たる決意だったのです。

(映像は、巨大な火葬施設のような場所を映し出す。防護服を着た作業員たちが、大型のクレーンを使い、黒い袋に詰められた「何か」――駆除された害獣と、隔離された徘徊者たちの遺体――を、次々と巨大な焼却炉へと投下していく。轟々と燃え盛る炎が、画面を赤く染める)

ナレーター: 作戦の最終段階として、我々は、全ての感染の根源となった「土」そのものの浄化に着手した。旧日本政府が設置した、全ての臨時埋葬地は、完全に封鎖された。そして、そこに埋葬されていた全てのご遺体は、ご遺族の理解と協力のもと、掘り起こされ、全て、高温で焼却処理された。

(ブルドーザーが、臨時埋葬地の土を掘り返し、トラックがそれをどこかへ運び去っていく映像。その後、火炎放射器を持った部隊が、更地になった地面を、隅々まで焼き尽くしていく)

ナレーター: さらに、暫定統治政府は、九州全域において、いかなる理由があろうとも、「土葬」という非科学的で危険な葬送習慣を、厳格に、そして永久に禁止する法令を発布した。全ての死は、管理され、浄化されなければならない。

(番組の最後、勇壮な音楽が最高潮に達する中、浄化された美しい九州の自然と、笑顔で中国国旗を振る、日本の子供たちの映像が映し出される)

ナレーター: 旧日本政府の「善意」という名の無策が、死と混乱を拡大させた。それに対し、我々の、科学的根拠に基づく、断固たる「善意」が、この地に、再び、秩序と、再生の夜明けをもたらしたのである。

(番組終了)

(編纂者による注記:このプロパガンダ映像が記録した、非人道的な「浄化作戦」。しかし、皮肉なことに、その徹底的な管理と、感染サイクルの物理的な断絶によって、九州地方における「踊り病」と「熊の凶暴化」は、この作戦以降、急速に終息へと向かったことが、我々の時代のデータ分析によって、証明されている。どちらの「善意」が、本当に「善いこと」だったのか。その問いに、我々は、今も答えることができない)
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