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【第三章:静かなる終焉(2029年~2030年)】
第37話:資料No.036(アマチュア無線技士の日記:大阪府旧居住区)2030年
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【資料No.036】
資料種別:個人用日記帳(スキャンデータ)
記録年:2030年
(以下は、編纂者が発見した、本記録群における、最後の「個人の声」である。書き手は、三上██と名乗る、大阪府███市の旧居住区で孤独に生活を続けていた、アマチュア無線技士(コールサイン:JA3-███)と推定される。旧日本政府の崩壊後、ほとんどのインフラが破壊され、情報網が完全に途絶する中、彼は自前の発電設備と無線機材を駆使し、外部の世界とのか細い繋がりを、最後まで維持しようと試みていた。この日記は、文明が崩壊した後の世界で、ただ一人、真実の断片を拾い集めようとした、最後の「調査者」の記録である)
2030年1月1日(水) 晴れ
新年。といっても、カレンダーの日付が変わっただけだ。祝う相手もいなければ、祝うべき未来もない。
このシェルター(と呼ぶにはお粗末な、自宅の地下室)に籠城してから、もう一年以上が過ぎた。
今日も外は静かだ。
かつて、ひっきりなしに聞こえていた、救急車やヘリのサイレンも、今では全く聞こえない。時折、遠くで奇妙な歌のようなものが聞こえるだけだ。それは、△△台団地のタレコミ主が言っていた、あの悲しげな歌によく似ている。風に乗って、淀川の向こう側から聞こえてくる。
街は、死んだ。
国も、死んだ。
だが、電波だけが、まだ死に絶えていない。
夜になると、俺は無線機に電源を入れる。バッテリーの残量を気にしながら、短波帯のダイヤルをゆっくりと回す。ほとんどは、砂嵐のようなノイズだけだ。だが、時々、そのノイズの向こう側から、誰かの声が聞こえてくる。助けを求める声。絶望を告げる声。あるいは、ただ、そこに誰かがいることを確かめたいだけの、か細い呼びかけ。
それらの声は、この死んだ世界に残された、最後の「人間の証」だ。
俺は、アマチュア無線技士として、そして、おそらくはこの国最後のジャーナリストの真似事として、それらの声を記録し続ける義務がある。
残された食料は、あと半年分。
それまでに、何かが変わるという希望は、ない。
それでも、俺は記録を続ける。この世界が、一体「なぜ」こうなってしまったのか。その答えの断片を、一つでも多く、このノイズの海から拾い上げるために。
電波だけが、まだ死に絶えていない世界の証だ。
そして、この日記が、俺という人間が、かつてここに存在したという、最後の証になるのだろう。
2030年1月15日(水) 曇り
夜間、CQ ham radio(不特定多数の局への呼びかけ)を続けていたところ、北海道の局から、微弱ながら応答があった。稚内市で、同じように生き延びている、老人の無線技士だった。
彼が言うには、北の状況も、こちらと大差ないらしい。
主要都市の機能は停止。ロシアとアメリカが、それぞれ暫定的な統治機構を設置し、睨み合っている状態だという。
俺は、彼に尋ねてみた。
「そちらでは、『踊る人』や、『おかしくなった熊』は、出ていないか」と。
彼は、しばらく黙り込んだ後、重い口を開いた。
「…熊じゃない。『何か』だ。…先月、宗谷岬の近くの村が、一つ、消えた。…生存者の話では、熊のようでもあり、泥のようでもあり、そして、人間が集まってできているようでもあった、と。…わけのわからんことを言っていた。…医者は、集団幻覚だと言っていたがな…」
やはり、同じだ。
この国を滅ぼした「何か」は、南からだけではなく、おそらくは、北からも、そして、この国の土という土、全てから、同時に、這い出してきたのだ。
俺は、部屋の壁に貼った日本地図に、新たなピンを一本、突き刺した。
日本の、最北端に。
2030年2月2日(日) 雨
今日は、一日中、奇妙な歌が聞こえている。いつもより、近い。
まるで、大勢の人間が、すぐ近くの淀川の河川敷で、何かを弔う儀式でもしているかのように。
外の様子が気になったが、出るわけにはいかない。
数週間前、食料の残量を確認するために、ほんの少しだけ、地下室の扉を開けた時、見てしまったからだ。
うちの前の、アスファルトの道路。
その、ひび割れた隙間から、何かが、生えていた。
白くて、細い、キノコのような、指のような「何か」が。
そして、それは、俺が扉を開けた瞬間、まるで俺の存在に気づいたかのように、ぴくり、と動いたのだ。
俺は、もう二度と、外には出られない。
幸い、井戸水と、自家発電用のソーラーパネルはまだ生きている。
あとは、この無線機と、備蓄食料が尽きるのが先か、あるいは、あの歌声の主たちが、この地下室の扉を、見つけ出すのが先か。
ただ、それだけの問題だ。
俺は、今日も、ダイヤルを回す。
誰かの、最後の声を、聞くために。
そして、俺自身の、最後の時が来るのを、ただ待つために。
資料種別:個人用日記帳(スキャンデータ)
記録年:2030年
(以下は、編纂者が発見した、本記録群における、最後の「個人の声」である。書き手は、三上██と名乗る、大阪府███市の旧居住区で孤独に生活を続けていた、アマチュア無線技士(コールサイン:JA3-███)と推定される。旧日本政府の崩壊後、ほとんどのインフラが破壊され、情報網が完全に途絶する中、彼は自前の発電設備と無線機材を駆使し、外部の世界とのか細い繋がりを、最後まで維持しようと試みていた。この日記は、文明が崩壊した後の世界で、ただ一人、真実の断片を拾い集めようとした、最後の「調査者」の記録である)
2030年1月1日(水) 晴れ
新年。といっても、カレンダーの日付が変わっただけだ。祝う相手もいなければ、祝うべき未来もない。
このシェルター(と呼ぶにはお粗末な、自宅の地下室)に籠城してから、もう一年以上が過ぎた。
今日も外は静かだ。
かつて、ひっきりなしに聞こえていた、救急車やヘリのサイレンも、今では全く聞こえない。時折、遠くで奇妙な歌のようなものが聞こえるだけだ。それは、△△台団地のタレコミ主が言っていた、あの悲しげな歌によく似ている。風に乗って、淀川の向こう側から聞こえてくる。
街は、死んだ。
国も、死んだ。
だが、電波だけが、まだ死に絶えていない。
夜になると、俺は無線機に電源を入れる。バッテリーの残量を気にしながら、短波帯のダイヤルをゆっくりと回す。ほとんどは、砂嵐のようなノイズだけだ。だが、時々、そのノイズの向こう側から、誰かの声が聞こえてくる。助けを求める声。絶望を告げる声。あるいは、ただ、そこに誰かがいることを確かめたいだけの、か細い呼びかけ。
それらの声は、この死んだ世界に残された、最後の「人間の証」だ。
俺は、アマチュア無線技士として、そして、おそらくはこの国最後のジャーナリストの真似事として、それらの声を記録し続ける義務がある。
残された食料は、あと半年分。
それまでに、何かが変わるという希望は、ない。
それでも、俺は記録を続ける。この世界が、一体「なぜ」こうなってしまったのか。その答えの断片を、一つでも多く、このノイズの海から拾い上げるために。
電波だけが、まだ死に絶えていない世界の証だ。
そして、この日記が、俺という人間が、かつてここに存在したという、最後の証になるのだろう。
2030年1月15日(水) 曇り
夜間、CQ ham radio(不特定多数の局への呼びかけ)を続けていたところ、北海道の局から、微弱ながら応答があった。稚内市で、同じように生き延びている、老人の無線技士だった。
彼が言うには、北の状況も、こちらと大差ないらしい。
主要都市の機能は停止。ロシアとアメリカが、それぞれ暫定的な統治機構を設置し、睨み合っている状態だという。
俺は、彼に尋ねてみた。
「そちらでは、『踊る人』や、『おかしくなった熊』は、出ていないか」と。
彼は、しばらく黙り込んだ後、重い口を開いた。
「…熊じゃない。『何か』だ。…先月、宗谷岬の近くの村が、一つ、消えた。…生存者の話では、熊のようでもあり、泥のようでもあり、そして、人間が集まってできているようでもあった、と。…わけのわからんことを言っていた。…医者は、集団幻覚だと言っていたがな…」
やはり、同じだ。
この国を滅ぼした「何か」は、南からだけではなく、おそらくは、北からも、そして、この国の土という土、全てから、同時に、這い出してきたのだ。
俺は、部屋の壁に貼った日本地図に、新たなピンを一本、突き刺した。
日本の、最北端に。
2030年2月2日(日) 雨
今日は、一日中、奇妙な歌が聞こえている。いつもより、近い。
まるで、大勢の人間が、すぐ近くの淀川の河川敷で、何かを弔う儀式でもしているかのように。
外の様子が気になったが、出るわけにはいかない。
数週間前、食料の残量を確認するために、ほんの少しだけ、地下室の扉を開けた時、見てしまったからだ。
うちの前の、アスファルトの道路。
その、ひび割れた隙間から、何かが、生えていた。
白くて、細い、キノコのような、指のような「何か」が。
そして、それは、俺が扉を開けた瞬間、まるで俺の存在に気づいたかのように、ぴくり、と動いたのだ。
俺は、もう二度と、外には出られない。
幸い、井戸水と、自家発電用のソーラーパネルはまだ生きている。
あとは、この無線機と、備蓄食料が尽きるのが先か、あるいは、あの歌声の主たちが、この地下室の扉を、見つけ出すのが先か。
ただ、それだけの問題だ。
俺は、今日も、ダイヤルを回す。
誰かの、最後の声を、聞くために。
そして、俺自身の、最後の時が来るのを、ただ待つために。
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