【完結】『迷子札の子守唄 ~見届けられた命たち~』

月影 朔

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第2章:託されし願い

第9話:願いの寺

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 番頭から得た情報。街の外れにある小さな寺。

お梅という女が、病に倒れる前に身を寄せていたかもしれない場所。そして、あの木片に刻まれた印は、その寺に関わるものかもしれないという可能性。探求の道は、始まりの場所、寺へと戻るように見えた。

 だが、それは、自分が赤子を拾った寺とは違う、お梅が最後に希望を託したかもしれない場所だ。

 宗次は、赤子を住職に預けたまま、新たな旅路に出た。江戸の中心部を離れるにつれて、街の喧騒は遠ざかり、空気は清澄さを増す。田畑が広がり、遠くに山並みが見える。心なしか、空も広く感じられた。

 旅装は簡素。懐には迷子札と木片。そして、宗次の胸には、お梅の悲劇と、あの番頭が語った言葉の重さが宿っている。物理的な距離が進むにつれて、あの街の暗部から離れていく解放感がある一方、お梅の最後の「願い」の核心に近づいていることへの緊張感も高まった。

 番頭の言葉と、木片の絵図が示す場所を頼りに、宗次は小さな寺を見つけ出した。それは、想像していたよりもずっと質素で、里山にひっそりと佇む、古い寺だった。

 手入れは行き届いているが、訪れる者も少ないのだろう。静寂が満ちている。鳥の声と、風が木々を揺らす音だけが響いていた。宗次は立ち止まり、寺の門を見上げる。

 ここが、お梅が最後に安息を求めた場所なのだろうか。あるいは、絶望の淵で、我が子を託す「願い」を固めた場所なのだろうか。

 胸の内で、様々な感情が交錯する。期待、不安、そして、聖域に踏み入ることへの畏れのようなもの。

 宗次が門前に立つと、やがて寺の中から、年老いた尼僧が出てきた。袈裟は擦り切れているが、その顔には深い皺と共に、穏やかな、しかし全てを見通すような瞳が宿っていた。

 彼女こそ、番頭が言っていた、お梅のことを知る人物だろう。宗次は一礼し、慎重に口を開いた。

 「お忙しいところ恐れ入ります。道を尋ねたく…」

 まずは探りを入れる。尼僧は静かに宗次の姿を見た。旅装。そして、その瞳の奥に宿る、何かを探し求める光と、隠しきれない悲しみ。尼僧は言葉を発しない。ただ、宗次を観察している。

 宗次は、自身の纏う空気が、彼女にどう映っているか、探ろうとした。警戒されているか? それとも、何かを感じ取られているか? 尼僧の穏やかな視線は、宗次の心の奥底まで見透かしているかのようで、居心地が悪かった。

 宗次は観念し、正直に話すしかないと判断した。

 迷子札を取り出し、寺の門前で赤子を拾ったこと、そしてその親がお梅という女である可能性、彼女の悲劇について知ったこと、そして、この木片と寺の印との関わりについて、番頭から聞いたことを話した。

 迷子札を見せたとき、尼僧の目に微かな動揺が走った。しかし、すぐに元の穏やかさに戻る。宗次の言葉を聞くうちに、尼僧の表情に、悲しみと、そして何か重いものを思い出すような色が濃くなっていった。

 話し終えると、尼僧はしばらく黙っていた。そして、深く、静かな息を吐いた。

 「お梅のこと…そして、その子…」

 尼僧は迷子札をじっと見つめた。その目に、深い哀切が宿る。

 「ええ。お梅さんは、この寺に身を寄せておられました。そして…あの木片のことも…」

 尼僧は、宗次に寺の境内へと招き入れた。

 「中へどうぞ。詳しいお話をしましょう。お梅さんが、貴方に託した…『願い』のこと。そして、あの木片に込めた…最後の思いのこと…」

 「願い」。

 やはり、お梅は何かを託したのだ。木片には、お梅の最後の「思い」が込められていたのだ。宗次の心臓が高鳴る。遂に、あの悲劇の核心に触れることができる。

 宗次は、お梅の「託されし願い」の全てを知るために、尼僧について寺の奥へと進んだ。その一歩は、単なる物理的な移動ではない。それは、悲劇の真相へ、そして宗次自身の魂の奥へと踏み込む一歩だった。
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