実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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アリスは朝食を済ませるとすぐにテーブルの上に用意されていた小さなベルを鳴らしてラビンスを呼んだ。

その慣れた仕草にやはりアリスとは王族としての品位が私とは全く違うんだと思い知った。

ここに来た時そのベルを何に使うのかなんて私には全然分からなかったのに……。

今はそんなことを思っている場合ではないのに、これからアリスがずっと傍にいるというショックで思考が現実から逃避していた。

すぐに扉がノックされ、ラビンスが来てくれた。

私が床に座っている姿を見てその表情が険しいものに変わる。

「これは一体どういうことでしょうか」

声もいつも私にかけてくれる優しいものではない。
アリスは慌てた様子もなくクスクスと笑った。

「オリビアったらわたくしに会えた嬉しさで泣き崩れちゃって。泣き虫で困った子よね。早く姉離れしてもらわなきゃなのに、いつまで経ってもお姉ちゃんっ子なんだから」

こんなに簡単にスラスラと嘘を言うアリスが本当に恐ろしい。

「朝食もね、早く食べなさいって言ってるのに胸いっぱいで食べられないって言うのよ。お料理をされた方にほんと申し訳ないわ」

申し訳ないって……。
あなたが食べることを許さなかったのに。
どうして思ってもないことをそんな平然と言えるの?

自分が弱いからでしょ?

頭のどこかで声がした。

私が弱いから……。
確かにそうだ。
私がアリスに抵抗できる勇気があれば……。

料理を無駄にすることもなかったのに。

悪いのは、私なの?

「ごめんなさい、ラビンス」

無意識に謝っていた。

ラビンスは私と目線の高さを合わせ、優しく肩に触れてくれた。

「オリビア様が謝ることは何もございません」

「あら、そんなに優しくしなくていいのよ。この子は甘やかされて育ったからわがままがひどいのよ」

ラビンスの優しさに浸る隙も与えずアリスが言う。

甘やかして育てられた娘の体におびただしい数の傷があるわけがない。
体中の傷を知っているラビンスはアリスに厳しい眼差しを向けた。

逆にラビンスが傷のことを知っていることを知らないアリスは、ラビンスのその態度にぴくりとこめかみを震わせた。

「……なに、その目は」

まずい、と思った。
エメラルド国で誰よりも甘やかされて育ったのはアリスだ。
私とは違い、逆らう態度や自分を敵視する存在には慣れていない気がする。

「あんた、生意気ね。言っておくけれど、わたくしに逆らわない方が身のためよ」

「どういうことでしょうか」

アリスはくすりと意味深な笑みをただ浮かべた。

アリスの言う通りだ。
私が死んでアリスが本当にロゼ様と結婚した時、王妃となった彼女に目を付けられるのはいいことではない。

もしラビンスがアリスに虐めらるようなことがあったらと考えただけで胸が痛む。

「あ、あのラビンス、本当のことなの」

「オリビア様?」

「本当に私、泣いちゃってそのまま……」

全く信じてもらえてなさそうだったけれど、とりあえずラビンスはそれ以上アリスに問い詰めるようなことはしなかった。

「ラビンス、と言ったわね。一緒に来たわたくしの侍女たちをここへ連れてきてちょうだい。わたくしの荷物を運ばせるから」

「荷物、ですか。しばらく滞在されるのでしょうか」

「そうよ」

「ロゼリアージュ様はそのことを存じているのでしょうか」

「あら、言う必要ないわよ。許可をとらなくても答えは分かっているもの」

「……オリビア様は望まれているのですか」

「あんたもしつこいわねぇ!オリビアが!わたくしと離れたくないって言ってるの!オリビアが!ねぇ!オリビア!!」

怒鳴られ、恐怖で萎縮してしまった意識はアリスのご機嫌を損ねないよう口から「はい!」と声に出してしまった。

「ほらね。分かったらさっさと呼んでちょうだい」

アリスの侍女たちともこれから過ごすことになってしまう。
エメラルド国で私を忌み嫌ったのは父や義母、アリスだけではなかった。
王宮にいた召使いたちですら、私に嫌悪の感情を向けていた。

ロゼ様が用意してくれた幸せに満ちたこの部屋が恐怖に変わっていく。

いやだ、こわい。

「いやだ」と。
「やめて」と。

それを言えばいいだけなのに、エメラルド国で生まれた恐怖は体中をまとわりつき、奥深くまで染みこんでいた。

だって従わないとまた殴られるから。
鞭で打たれるから。

ちゃんと言うこと聞かなきゃ。

「オリビア様」

手に温かいものが触れた。
意識が戻され、そちらを見る。
いつの間にか膝に爪を立てていたようだった。

ラビンスがゆっくり両手を包み込み、膝から引き離してくれた。

「大丈夫です」

いつも以上に優しい声だった。

大丈夫?
なにが?

「大丈夫です、オリビア様」

一体何が大丈夫なのか分からない。
それなのに、ラビンスが大丈夫と言えばそう思えてしまう。

「気色悪い」

アリスが小さくそう言ったような気がした。

思わず手を引き、ラビンスの手から逃げてしまった。

あぁ、また……。

前にラビンスを突き飛ばしてしまった時と何も変わらない。
また、ラビンスの優しさを踏みにじってしまった。

でも私に優しくすることでラビンスの印象が悪くなるのは耐えられない。

ラビンスは目を細め、優しく微笑んでくれた。

なんで……。

アリスたちが怖い。
逆らえない。
そのせいで大切なラビンスを傷つけている。

なんて、無力で役立たずなんだろう。
アリスの言いなりになって、味方でいてくれているラビンスを振り払っている。

大好きで大事なのは、ラビンスなのに。

ラビンスは立ち上がり、私に背を向け、扉の方へ向かった。

その背中に「行かないで」と言いたかった。
縋りついてしまいたかった。

けれど扉が開き、結局何も言えないままラビンスは部屋を出て行ってしまった。
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