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二十六話
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よしよし。僕も最低限仕事ができそうで良かった。限界射程まで伸ばした【血兎《アルミラージ》】をしまっていく。なんかカッターの刃をしまってるイメージなんだよなこれ。どういう仕組みかいまだによくわからないけど。
しかし相手がAGIに振っていたら本当に届かなかったし、相手がステータスまでほとんど統一してるのが仇になっていた。
……いや、冷静に考えたら仇にしかならないでしょ、多様性が大事だろうMMOで全員同じ装備同じステータスにしてどうするんだ。今僕のイメージの中で奴らの意義はエルフの賊NPCとほとんど変わらないぞ。
それはさておき、残るは巨漢と……今更だけど両方巨漢でめんどくさいな。姫とお付き。こいつらだけは動かずにこちらを観察していた。あとミヅキさんが引き付けているおおよそのモブ顔。増援要請でもされたのか残るモブ顔もほとんどがミヅキさんのところへ行ってしまった。あの人本当に強いな。ほとんど全滅させられるのではないだろうか。
少しでも負担を軽くしてあげたいなと思う所存。故にまずはゆっくりと姫たちの方へ歩いていく。この距離ならもし何か飛んできても見てから避けられる。
なぜわざわざ歩いて行ったかというと、相手の姫が何か話したそうにしていたからだ。デスペナルティ送りにするのは変わらないけれど話だけは聞いてやろうかと。
そのまま歩いて彼ら…?彼女ら?の近くにまで寄る。相手の巨漢のリーチギリギリで、こちらも剣を振るったとしても届かない位置だ。さて何の用やら。
まず僕が歩を止めると姫は控えめにぱちぱちと拍手の音を鳴らした。拍手の仕方が小刻みに控えめで女性らしく、また少し腹立つ。
「君強いんだねっ」
「あー、どうも」
媚びたような猫撫で声で話しかけられる。見た目が巨漢のために一ミリたりとも惹かれないけれど。モブ顔たちはこれの何がよくて尽くしてるんだ。
「用があるというか~、提案なんだけど。君の事欲しくなっちゃったっ」
このいちいち鼻につくというか、むずむずする喋り方はやめてもらえないだろうか。それに意味がわからない、提案というか、感想?もしかしてだけど僕にPKクランに入れと言っているのかな。
「私が欲しくなっちゃったのって、今横にいるジョーズちんだけなんだけど~、君のことも欲しいなっていうか~?」
冗談や油断を誘ってる……わけではなさそうだ。口調こそ先ほどと同じく僕が不快に思うような喋り方だけど、その目は真剣にこちらを射抜いている。
「自己紹介がまだだったね。私はエンゼル。【エンゼル・フィッシュ】って名前なんだ」
「熱帯魚みたいな名前ですね」
「うちで飼ってるの。可愛いしキレイだよ」
小声で私みたいに、という言葉さえなければ気にならなかっただろう。あなた今鑑見れます?めっちゃでかい巨漢が見れますよ。エンゼルフィッシュというよりブラックバスですけど。
まぁ名乗られたからには名乗り返すけど。
「コマイヌです」
「コマイヌちんか~、ねっ、どう?うちのクランのサブマスター待遇とかでっ」
「残念ながらPKクランに入る気も、お付きになる予定もないので」
恐らく頭はそれほど悪くないのだろうな。立派にPKクランなんてものをまとめあげている時点で。こちらを見る目は真剣そのものだけど、僕が断ると媚びた声などではなく、落ち着いた女性の声で「やっぱりか」と呟いていた。
「お付きなのは、ここにいるジョーズちんのクランメンバーたちだけで、別に強制してるわけじゃないよ?」
隣に立つ巨漢は無言でうなずく。彼はいいよね、盗賊っぽいというか。無口なボディーガード、傭兵感がある。でも元々あなたのクランだったのか。いいのかその姫巨漢に乗っ取られて。と思ったけど彼が最初に落とされたのだろうなという発想に思い至る。どんな手練手管で。
「何度言われても魅力がないので」
「魅力がないかぁ、初めて言われたな。うーん」
悩んだように顎に指を当て、上を向く。すると何か思いついたのか、手を叩き、そうだというと首を少し傾げながらこちらを見る。
「ここまでされたら結局はジョーズちん次第だし……」
そういって右手を振り上げると無言で側に控えていた巨漢がこちらへ歩み寄る。背格好や武器のリーチから想定した範囲内に入らないように、こちらもすり足で距離を保つ。
「ここからジョーズちんと戦って、友情に目覚めでもして~、考え直してくれると嬉しいなっ」
その言葉を聞くと巨漢が背中に背負った鞘から武器を取り出した。ずるりと長い刀身が姿を現す。あれは分類上両手剣、グレートソードになるのかな。そんなことを思っているとエフェクトを纏いながら、両手剣とは思えない速度で振り下ろされた。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
見覚えがあるスキルだ。話に聞いたが本来の≪スラッシュ≫は今やられているように一歩踏み込んで斜め上から袈裟切りにするようなのが一般的らしい。本来は逆袈裟や唐竹割をするような振り方は特殊で、≪スラッシュ≫の中でも逆スラッシュ、縦スラッシュなどと言うらしい。何が言いたいかというと、斜めから振られるとわかっているスキルなんていくら刀身が長くても避けやすいということだ。
半身逸らすことによりギリギリで見切る。髪の毛を切り裂くかというほど近くを振りぬかれたグレートソードを横目に、半分くらいの速度で詰めに行く。見切りがギリギリなほどこちらの時間は余裕があるということだ。落ち着いて相手の急いで引き戻そうとする手を貫く。
ゲーム的にはただの末端部位へのダメージにすぎないのだがVRMMOは少し違う。痛みなどはなく衝撃が来るシステムとはいえ、現代社会に住む一般人が唐突に利き腕を刃物で刺され、痛みがないとはいえ衝撃が来たら一瞬だけでも硬直するだろう。
ミヅキさんは対人は初見殺しと読み合いといったけれど、もう一つ大事な要素があると思う。それは戦うのがお互いに人間だということだ。
つまりこのように貫手をし、喉をついてやる振りをすれば。
「……ッ!」
相手はこのように反射的に手でブロックしてしまう。しかし防具に守られた手とはいえ反射的に出した手、反射神経勝負なら僕自身分があるとわかっている。喉への攻撃が通らないと悟ると貫手を少しずらし、関節部分を切りつける。
着実にダメージを重ねていると不意に横から炎が飛んできた。幸い警戒は解いていなかったので避けることはできたが、巨漢に距離を離される。
しかもその間に姫に巨漢を回復される。
「一対一なんて言ってないもーん」
もんじゃないが。こういう場合は回復役から潰すのがセオリーだと自分でもわかっているが、この大きな体を超えて後ろの大きな体に辿り着ける気がしない。それになんとなくだけど、後ろの姫から倒すと前が発狂して暴れまわるパターンな気がする。
違った、この人たちNPCとかボスじゃなくてプレイヤーだった。
どう詰めようかと悩んでいるとまた後ろの姫から魔法が巨漢へ飛んで行った。HPは満タンのはずだが一体何を……そう思うと巨漢の筋肉、腕や体にエフェクトがかかった。
「ジョーズちん、あれやっちゃって~!」
と姫が声をかけると目の前の巨漢は右手一本で剣を持つと左腕を背中側に回す。ガチャッという音が鳴り刃の滑る音がする。
そして巨漢はもう一つ大きな剣を左腕に。つまり両腕に持った。それってもしかして、僕と同じ二刀流。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
クロスするようにスラッシュが二回飛んでくる。ギリギリと言わず大きく距離を取るように離れると外れたスキルはそのまま力を地面へとぶつけ、地面の土を大きく吹き飛ばす。その音と土煙から、先ほどよりも威力が上昇しているのがわかる。
巨漢は口から息をこぼしながらまたこちらを睨みつける。そして両腕をあげなおすと、交互に剣を叩きつけてくる。両手に包丁を持った料理人がまな板の上の物をぐっちゃぐちゃにするように執拗に、力強くたたきつけ続ける。なんとか合間合間に反撃を差し込むも気を抜くとすぐ後ろから回復される。
なんだかとてもやりづらい。二対一なのもあるけどやはり相性差だろう。そもそもスキルの一,二発では致命的なダメージになりえていないのだ。やはりまずは全力で後ろから……と考えていると森の中から一際大きな爆発音が響く。爆発音に気を取られている隙に大きく後退し、森の中へ逃げ込む。相手はこちらを逃がす気はないようで、ゆっくりと僕が潜む木のほうへ寄ってくる。
爆発音で何故ミヅキさんの顔がよぎった。ミヅキさんの爆弾だからではない。今この状況を打破できそうなことがあったはずだ。
そんなことを考えていると僕の近くの木がミシミシと音を立て折れていく。大まかな僕の位置は把握しているので、両手の剣を使って前から木を伐採していくつもりらしい。野蛮がすぎる。
焦ってスキル欄を開くと一つの文字がやけに目についた。そして頭によぎったこと、ミヅキさんの言葉、それらを合わせ結果を想像し笑みを作る。ワンチャン、文字通りワンチャンスだ。行けそう。
スキルを取得し、さらにメニューバーを操作する。そんなことをしているうちにとうとう僕の木の足元にまで巨漢が来る。そして木を折ろうと剣を振り上げた瞬間に、上から飛び降りる。そしてやや遠方から全体を俯瞰していた姫が「上!」と叫ぶと巨漢はこちらを見上げた。そして逆手にグレートソードを振るってきた。
【 Action Skill : 《飛燕》 】
空中で体を動かせる唯一のスキルを発動する。グレートソードが通り過ぎる少し上あたりに体を動かし、剣の上に足を乗せる。触れた時間はわずか、本当に一瞬だがその瞬間に差し込む。
【 Action Skill-chain : 《ステップ》 】
相手からしたら空中で風に揺られる木の葉みたいに見えるだろうか。少し自惚れかなと自分自身のことながら笑ってしまうと、ちょうどその時僕の顔を見たのだろう巨漢が少し怯えた表情を見せた。失礼だなぁ、人を悪魔みたいに。
背後に回り込む、今までは読み合いに負け、そして相手の二刀流という初見殺しにやられていたが、今度はこちらの二刀を披露する番だ。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
無防備な背中を切りつける。【血兎】の刃を通常サイズ程度で展開することによって、与えたダメージによるヒールを獲得する。そして無防備な背中を切ったことによる【素兎《しろうさぎ》】のダメージボーナス。
【 Action Skill-chain : 《ピアス》 】
振り切った腕を持ち上げるよりも肘に刃を展開し、エルボーを叩きこむように脇腹へスキルを撃ちこむ。
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
左足で回転するようにハイキック、左足全体を刃に見立ててスキルを発動することによりスキルの勢いで回転し切りつける。左へ傾いていた体勢はそのまま180°回転することで右側へと傾き、最後に左腕に展開した刃で逆袈裟にそのまま切り裂いた。
さすがだ。おそらく不意打ちボーナスやクリティカルまで入れたフルコンボだというのにまだ落ちない。
しかしこちらもスキルの硬直が入る。ただ相手視点だと僕がまだ動くのかもわからず、よくわからないままにいきなりHPを削られたように見えるだろう。プレイヤーのほとんどはここでする行動はおそらく……予想通りだ。
相手はHPを回復するため、剣を振るうスペースを確保するため、こちらに向き直るため、様々な要因から距離を取ることを選択した。
危なかった。ここでもしがむしゃらに後ろへ剣を振られていたらデスしていたのだけれどね。
スキルの硬直が終わると同時くらいに、こちらを認識した巨漢が剣を振るう。しかし僕の狙いはすでに別のところだ。
伏せたように低い体勢から爆発のような音を鳴らし、姫の元まで走り寄る回復魔法を飛ばそうとしていた姫は慌てて行動をキャンセルし、防御行動を取ろうとする。そして詠唱が間に合うのだろうこちらに照準を定める。
【 Action Skill : 《シャドウアサルト》 】
これが先ほど取得した隠密スキル。効果は単純で、一瞬だけ透明になるが、その間は攻撃を行うことができない。本来攻撃ができないので逃走用や、モンスターのヘイトを一瞬だけ切るためのものらしいのだがAGI型と組み合わさるとこの一瞬で十分な時間となる。
相手の照準が一瞬ぶれた瞬間に、横に現れる。驚いて防御行動を取ろうとする。右腕、防御される。左腕、通る。もう一度右腕、防御ごと貫通。左、右、肘、肘、膝。
恐らく高級な防具を着ていたのだろう姫は魔法使いとは思えないほどタフに粘りを見せたが、おそらく次の行動でラストだろう。剣を掲げるように上段に構えた。
「負けちゃったかぁ」
「ごちそうさまでした」
「うん、今はご馳走してあげる。でもね、次は私がいただきますをする番」
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
大上段から振り下ろされた剣はまっすぐ振り下ろされ、切り裂いた。目の前でポリゴンを崩れさせ、袋を残す。
正直限界くらいまでスキルを連携させたため、ぎりぎりだった。そして硬直時間が解除されるであろう時間、背中側から長い影が僕を覆った。
動きが先ほどよりも圧倒的に早かった気がする。やっぱり回復役を倒すと発狂するボスタイプだったか。ただワンチャンスとは別にこの姫だけをデスさせることではない。勝つなら完勝したいし。
「一対一なんて言ってないもん、ですよね」
「もんって何」
【 Action Skill : 《……認識阻害》 】
背後から現れた巨漢は、そのさらに背後から現れたミヅキさんにより葬られた。
完勝とか言っておきながら最後は人任せ通って自分でも思う。
しかし相手がAGIに振っていたら本当に届かなかったし、相手がステータスまでほとんど統一してるのが仇になっていた。
……いや、冷静に考えたら仇にしかならないでしょ、多様性が大事だろうMMOで全員同じ装備同じステータスにしてどうするんだ。今僕のイメージの中で奴らの意義はエルフの賊NPCとほとんど変わらないぞ。
それはさておき、残るは巨漢と……今更だけど両方巨漢でめんどくさいな。姫とお付き。こいつらだけは動かずにこちらを観察していた。あとミヅキさんが引き付けているおおよそのモブ顔。増援要請でもされたのか残るモブ顔もほとんどがミヅキさんのところへ行ってしまった。あの人本当に強いな。ほとんど全滅させられるのではないだろうか。
少しでも負担を軽くしてあげたいなと思う所存。故にまずはゆっくりと姫たちの方へ歩いていく。この距離ならもし何か飛んできても見てから避けられる。
なぜわざわざ歩いて行ったかというと、相手の姫が何か話したそうにしていたからだ。デスペナルティ送りにするのは変わらないけれど話だけは聞いてやろうかと。
そのまま歩いて彼ら…?彼女ら?の近くにまで寄る。相手の巨漢のリーチギリギリで、こちらも剣を振るったとしても届かない位置だ。さて何の用やら。
まず僕が歩を止めると姫は控えめにぱちぱちと拍手の音を鳴らした。拍手の仕方が小刻みに控えめで女性らしく、また少し腹立つ。
「君強いんだねっ」
「あー、どうも」
媚びたような猫撫で声で話しかけられる。見た目が巨漢のために一ミリたりとも惹かれないけれど。モブ顔たちはこれの何がよくて尽くしてるんだ。
「用があるというか~、提案なんだけど。君の事欲しくなっちゃったっ」
このいちいち鼻につくというか、むずむずする喋り方はやめてもらえないだろうか。それに意味がわからない、提案というか、感想?もしかしてだけど僕にPKクランに入れと言っているのかな。
「私が欲しくなっちゃったのって、今横にいるジョーズちんだけなんだけど~、君のことも欲しいなっていうか~?」
冗談や油断を誘ってる……わけではなさそうだ。口調こそ先ほどと同じく僕が不快に思うような喋り方だけど、その目は真剣にこちらを射抜いている。
「自己紹介がまだだったね。私はエンゼル。【エンゼル・フィッシュ】って名前なんだ」
「熱帯魚みたいな名前ですね」
「うちで飼ってるの。可愛いしキレイだよ」
小声で私みたいに、という言葉さえなければ気にならなかっただろう。あなた今鑑見れます?めっちゃでかい巨漢が見れますよ。エンゼルフィッシュというよりブラックバスですけど。
まぁ名乗られたからには名乗り返すけど。
「コマイヌです」
「コマイヌちんか~、ねっ、どう?うちのクランのサブマスター待遇とかでっ」
「残念ながらPKクランに入る気も、お付きになる予定もないので」
恐らく頭はそれほど悪くないのだろうな。立派にPKクランなんてものをまとめあげている時点で。こちらを見る目は真剣そのものだけど、僕が断ると媚びた声などではなく、落ち着いた女性の声で「やっぱりか」と呟いていた。
「お付きなのは、ここにいるジョーズちんのクランメンバーたちだけで、別に強制してるわけじゃないよ?」
隣に立つ巨漢は無言でうなずく。彼はいいよね、盗賊っぽいというか。無口なボディーガード、傭兵感がある。でも元々あなたのクランだったのか。いいのかその姫巨漢に乗っ取られて。と思ったけど彼が最初に落とされたのだろうなという発想に思い至る。どんな手練手管で。
「何度言われても魅力がないので」
「魅力がないかぁ、初めて言われたな。うーん」
悩んだように顎に指を当て、上を向く。すると何か思いついたのか、手を叩き、そうだというと首を少し傾げながらこちらを見る。
「ここまでされたら結局はジョーズちん次第だし……」
そういって右手を振り上げると無言で側に控えていた巨漢がこちらへ歩み寄る。背格好や武器のリーチから想定した範囲内に入らないように、こちらもすり足で距離を保つ。
「ここからジョーズちんと戦って、友情に目覚めでもして~、考え直してくれると嬉しいなっ」
その言葉を聞くと巨漢が背中に背負った鞘から武器を取り出した。ずるりと長い刀身が姿を現す。あれは分類上両手剣、グレートソードになるのかな。そんなことを思っているとエフェクトを纏いながら、両手剣とは思えない速度で振り下ろされた。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
見覚えがあるスキルだ。話に聞いたが本来の≪スラッシュ≫は今やられているように一歩踏み込んで斜め上から袈裟切りにするようなのが一般的らしい。本来は逆袈裟や唐竹割をするような振り方は特殊で、≪スラッシュ≫の中でも逆スラッシュ、縦スラッシュなどと言うらしい。何が言いたいかというと、斜めから振られるとわかっているスキルなんていくら刀身が長くても避けやすいということだ。
半身逸らすことによりギリギリで見切る。髪の毛を切り裂くかというほど近くを振りぬかれたグレートソードを横目に、半分くらいの速度で詰めに行く。見切りがギリギリなほどこちらの時間は余裕があるということだ。落ち着いて相手の急いで引き戻そうとする手を貫く。
ゲーム的にはただの末端部位へのダメージにすぎないのだがVRMMOは少し違う。痛みなどはなく衝撃が来るシステムとはいえ、現代社会に住む一般人が唐突に利き腕を刃物で刺され、痛みがないとはいえ衝撃が来たら一瞬だけでも硬直するだろう。
ミヅキさんは対人は初見殺しと読み合いといったけれど、もう一つ大事な要素があると思う。それは戦うのがお互いに人間だということだ。
つまりこのように貫手をし、喉をついてやる振りをすれば。
「……ッ!」
相手はこのように反射的に手でブロックしてしまう。しかし防具に守られた手とはいえ反射的に出した手、反射神経勝負なら僕自身分があるとわかっている。喉への攻撃が通らないと悟ると貫手を少しずらし、関節部分を切りつける。
着実にダメージを重ねていると不意に横から炎が飛んできた。幸い警戒は解いていなかったので避けることはできたが、巨漢に距離を離される。
しかもその間に姫に巨漢を回復される。
「一対一なんて言ってないもーん」
もんじゃないが。こういう場合は回復役から潰すのがセオリーだと自分でもわかっているが、この大きな体を超えて後ろの大きな体に辿り着ける気がしない。それになんとなくだけど、後ろの姫から倒すと前が発狂して暴れまわるパターンな気がする。
違った、この人たちNPCとかボスじゃなくてプレイヤーだった。
どう詰めようかと悩んでいるとまた後ろの姫から魔法が巨漢へ飛んで行った。HPは満タンのはずだが一体何を……そう思うと巨漢の筋肉、腕や体にエフェクトがかかった。
「ジョーズちん、あれやっちゃって~!」
と姫が声をかけると目の前の巨漢は右手一本で剣を持つと左腕を背中側に回す。ガチャッという音が鳴り刃の滑る音がする。
そして巨漢はもう一つ大きな剣を左腕に。つまり両腕に持った。それってもしかして、僕と同じ二刀流。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
クロスするようにスラッシュが二回飛んでくる。ギリギリと言わず大きく距離を取るように離れると外れたスキルはそのまま力を地面へとぶつけ、地面の土を大きく吹き飛ばす。その音と土煙から、先ほどよりも威力が上昇しているのがわかる。
巨漢は口から息をこぼしながらまたこちらを睨みつける。そして両腕をあげなおすと、交互に剣を叩きつけてくる。両手に包丁を持った料理人がまな板の上の物をぐっちゃぐちゃにするように執拗に、力強くたたきつけ続ける。なんとか合間合間に反撃を差し込むも気を抜くとすぐ後ろから回復される。
なんだかとてもやりづらい。二対一なのもあるけどやはり相性差だろう。そもそもスキルの一,二発では致命的なダメージになりえていないのだ。やはりまずは全力で後ろから……と考えていると森の中から一際大きな爆発音が響く。爆発音に気を取られている隙に大きく後退し、森の中へ逃げ込む。相手はこちらを逃がす気はないようで、ゆっくりと僕が潜む木のほうへ寄ってくる。
爆発音で何故ミヅキさんの顔がよぎった。ミヅキさんの爆弾だからではない。今この状況を打破できそうなことがあったはずだ。
そんなことを考えていると僕の近くの木がミシミシと音を立て折れていく。大まかな僕の位置は把握しているので、両手の剣を使って前から木を伐採していくつもりらしい。野蛮がすぎる。
焦ってスキル欄を開くと一つの文字がやけに目についた。そして頭によぎったこと、ミヅキさんの言葉、それらを合わせ結果を想像し笑みを作る。ワンチャン、文字通りワンチャンスだ。行けそう。
スキルを取得し、さらにメニューバーを操作する。そんなことをしているうちにとうとう僕の木の足元にまで巨漢が来る。そして木を折ろうと剣を振り上げた瞬間に、上から飛び降りる。そしてやや遠方から全体を俯瞰していた姫が「上!」と叫ぶと巨漢はこちらを見上げた。そして逆手にグレートソードを振るってきた。
【 Action Skill : 《飛燕》 】
空中で体を動かせる唯一のスキルを発動する。グレートソードが通り過ぎる少し上あたりに体を動かし、剣の上に足を乗せる。触れた時間はわずか、本当に一瞬だがその瞬間に差し込む。
【 Action Skill-chain : 《ステップ》 】
相手からしたら空中で風に揺られる木の葉みたいに見えるだろうか。少し自惚れかなと自分自身のことながら笑ってしまうと、ちょうどその時僕の顔を見たのだろう巨漢が少し怯えた表情を見せた。失礼だなぁ、人を悪魔みたいに。
背後に回り込む、今までは読み合いに負け、そして相手の二刀流という初見殺しにやられていたが、今度はこちらの二刀を披露する番だ。
【 Action Skill : 《スラッシュ》 】
無防備な背中を切りつける。【血兎】の刃を通常サイズ程度で展開することによって、与えたダメージによるヒールを獲得する。そして無防備な背中を切ったことによる【素兎《しろうさぎ》】のダメージボーナス。
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振り切った腕を持ち上げるよりも肘に刃を展開し、エルボーを叩きこむように脇腹へスキルを撃ちこむ。
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
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さすがだ。おそらく不意打ちボーナスやクリティカルまで入れたフルコンボだというのにまだ落ちない。
しかしこちらもスキルの硬直が入る。ただ相手視点だと僕がまだ動くのかもわからず、よくわからないままにいきなりHPを削られたように見えるだろう。プレイヤーのほとんどはここでする行動はおそらく……予想通りだ。
相手はHPを回復するため、剣を振るうスペースを確保するため、こちらに向き直るため、様々な要因から距離を取ることを選択した。
危なかった。ここでもしがむしゃらに後ろへ剣を振られていたらデスしていたのだけれどね。
スキルの硬直が終わると同時くらいに、こちらを認識した巨漢が剣を振るう。しかし僕の狙いはすでに別のところだ。
伏せたように低い体勢から爆発のような音を鳴らし、姫の元まで走り寄る回復魔法を飛ばそうとしていた姫は慌てて行動をキャンセルし、防御行動を取ろうとする。そして詠唱が間に合うのだろうこちらに照準を定める。
【 Action Skill : 《シャドウアサルト》 】
これが先ほど取得した隠密スキル。効果は単純で、一瞬だけ透明になるが、その間は攻撃を行うことができない。本来攻撃ができないので逃走用や、モンスターのヘイトを一瞬だけ切るためのものらしいのだがAGI型と組み合わさるとこの一瞬で十分な時間となる。
相手の照準が一瞬ぶれた瞬間に、横に現れる。驚いて防御行動を取ろうとする。右腕、防御される。左腕、通る。もう一度右腕、防御ごと貫通。左、右、肘、肘、膝。
恐らく高級な防具を着ていたのだろう姫は魔法使いとは思えないほどタフに粘りを見せたが、おそらく次の行動でラストだろう。剣を掲げるように上段に構えた。
「負けちゃったかぁ」
「ごちそうさまでした」
「うん、今はご馳走してあげる。でもね、次は私がいただきますをする番」
【 Action Skill-chain : 《スラッシュ》 】
大上段から振り下ろされた剣はまっすぐ振り下ろされ、切り裂いた。目の前でポリゴンを崩れさせ、袋を残す。
正直限界くらいまでスキルを連携させたため、ぎりぎりだった。そして硬直時間が解除されるであろう時間、背中側から長い影が僕を覆った。
動きが先ほどよりも圧倒的に早かった気がする。やっぱり回復役を倒すと発狂するボスタイプだったか。ただワンチャンスとは別にこの姫だけをデスさせることではない。勝つなら完勝したいし。
「一対一なんて言ってないもん、ですよね」
「もんって何」
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