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ベビーカー貸し出し作業
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15時半からはベビーカーの貸し出し係になった。もう夕方だが、歩ける子供が疲れてしまったとか、寝てしまったとかで借りに来る人もいて、けっこう次々とお客がやってくる。
貸し出しの時、アテンドの方が承り、名前を書いてもらったりする。そうそう、ベビーカーの番号の写真を撮っておくといいですよと言っていたのだが、その時にあまり若くないアテンドさんが「写メ撮っておくといいです」と言うのが気になった。写メというのは写真をメールで送るという事であって、メール関係ないから写メではなくて写真でしょ、と思って。まあ、通じていたが。
アテンドさんの手続き作業が終わると、私たちボランティアがベビーカーを持ってお客さんを外に連れ出し、3点の注意事項をお話しして送り出すのだ。
その3点というのは、乗り降りの際など、停めている時にはストッパーをしてという事と、シートベルトは必ずしてという事と、畳む時にお子さんの指を挟まないように気を付けてという事だ。
その、指を挟まないようにという話が、どうも言いにくかった。言葉が出にくい。疲れる。相手に迷惑をかけるほどではないと思うが、自分が辛い。
ところが、何回もやっている内に、言えるようになってきた。そう、意外と慣れると言えるようになってくるのだ。だから、苦手な事を言わなくて済むようにと配慮してもらうのは躊躇してしまう。言えなかった事が言えるようになった時、とても嬉しいものだ。最初から苦手な事を排除してしまったら、その喜びもない。でも、普通の人が感じないような辛さを、わざわざ味わう事はないとも言える。
同じように言いづらさの話で言うと、ある時男性が現れ、私が対応すると、こう言った。
「あの、父親がいなくなってしまったのですが。」
私は、それをアテンドさんに伝えた。伝える時に、
「お父様が迷われたそうです。」
と言った。言った後で、もう一度「“お父様”と言う」事を考えると、とても言える気がしなかった。私は言葉が出にくい人生を50年近くやっているので、言う言葉を想像しただけで、その言葉がすんなり出るか出ないかが分かるのだ。分かるのだが、最近ちょっと変わってきた。咄嗟に言ってしまってから、もう二度と言えない気がするのだ。今言えたのに。つまり、言えないと思うような言葉も言えるのだ。昔から、事前に言う事を決めておくよりも、その場で考えた方がマシだと思う事がよくあった。考えるより先に言ってしまうのが、気負いせずに話すコツなのかもしれない。考えるよりも先に行動する人に、吃音症の人はいないのかも?知らんけど。
お年寄りがいなくなった場合には、結局何も対処できないという話が聞こえてきた。ご自分で探してみてくださいと言われていた。もし、お年寄りが保護されたなら、この施設にいてもらって、お連れの人を探すようだが。放送するのかな。でも、逆はなす術がないという事か。
中国人の女性もやってきて、お子さんがいなくなったと話していたようだ。アテンドさんと英語で。それで、どういう顔で送り出していいか分からないと思っていたら、その中国人の女性が去ったあと、アテンドさんが「お子さんが見つかった」と言っていて、それなら笑顔で送り出せば良かったと思った。
我々ボランティアは、ベビーカーの貸し出しの時には、笑顔で元気にしていればいい。だが、迷子の、特に保護者が来て子供がいなくなったと言っている時には、どういうテンションで接していいのか迷う。親御さんはとても心配していて、笑顔なんてない。そんな時にどんな言葉を掛ければいいのか。結局、黙りこくって立ち尽くすだけになる。心配しながら見守るだけになる。他の活動とは違ったものがある。負の感情と隣り合わせの活動なのだ。
オーストラリア人の娘さんが見つかった時にも涙が出ちゃったし、迷子対応はほとんど見ているだけだったものの、心配したり泣いたりと、感情が忙しい。そして、やっぱり土曜日の昼は迷子が多かった。
貸し出しの時、アテンドの方が承り、名前を書いてもらったりする。そうそう、ベビーカーの番号の写真を撮っておくといいですよと言っていたのだが、その時にあまり若くないアテンドさんが「写メ撮っておくといいです」と言うのが気になった。写メというのは写真をメールで送るという事であって、メール関係ないから写メではなくて写真でしょ、と思って。まあ、通じていたが。
アテンドさんの手続き作業が終わると、私たちボランティアがベビーカーを持ってお客さんを外に連れ出し、3点の注意事項をお話しして送り出すのだ。
その3点というのは、乗り降りの際など、停めている時にはストッパーをしてという事と、シートベルトは必ずしてという事と、畳む時にお子さんの指を挟まないように気を付けてという事だ。
その、指を挟まないようにという話が、どうも言いにくかった。言葉が出にくい。疲れる。相手に迷惑をかけるほどではないと思うが、自分が辛い。
ところが、何回もやっている内に、言えるようになってきた。そう、意外と慣れると言えるようになってくるのだ。だから、苦手な事を言わなくて済むようにと配慮してもらうのは躊躇してしまう。言えなかった事が言えるようになった時、とても嬉しいものだ。最初から苦手な事を排除してしまったら、その喜びもない。でも、普通の人が感じないような辛さを、わざわざ味わう事はないとも言える。
同じように言いづらさの話で言うと、ある時男性が現れ、私が対応すると、こう言った。
「あの、父親がいなくなってしまったのですが。」
私は、それをアテンドさんに伝えた。伝える時に、
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と言った。言った後で、もう一度「“お父様”と言う」事を考えると、とても言える気がしなかった。私は言葉が出にくい人生を50年近くやっているので、言う言葉を想像しただけで、その言葉がすんなり出るか出ないかが分かるのだ。分かるのだが、最近ちょっと変わってきた。咄嗟に言ってしまってから、もう二度と言えない気がするのだ。今言えたのに。つまり、言えないと思うような言葉も言えるのだ。昔から、事前に言う事を決めておくよりも、その場で考えた方がマシだと思う事がよくあった。考えるより先に言ってしまうのが、気負いせずに話すコツなのかもしれない。考えるよりも先に行動する人に、吃音症の人はいないのかも?知らんけど。
お年寄りがいなくなった場合には、結局何も対処できないという話が聞こえてきた。ご自分で探してみてくださいと言われていた。もし、お年寄りが保護されたなら、この施設にいてもらって、お連れの人を探すようだが。放送するのかな。でも、逆はなす術がないという事か。
中国人の女性もやってきて、お子さんがいなくなったと話していたようだ。アテンドさんと英語で。それで、どういう顔で送り出していいか分からないと思っていたら、その中国人の女性が去ったあと、アテンドさんが「お子さんが見つかった」と言っていて、それなら笑顔で送り出せば良かったと思った。
我々ボランティアは、ベビーカーの貸し出しの時には、笑顔で元気にしていればいい。だが、迷子の、特に保護者が来て子供がいなくなったと言っている時には、どういうテンションで接していいのか迷う。親御さんはとても心配していて、笑顔なんてない。そんな時にどんな言葉を掛ければいいのか。結局、黙りこくって立ち尽くすだけになる。心配しながら見守るだけになる。他の活動とは違ったものがある。負の感情と隣り合わせの活動なのだ。
オーストラリア人の娘さんが見つかった時にも涙が出ちゃったし、迷子対応はほとんど見ているだけだったものの、心配したり泣いたりと、感情が忙しい。そして、やっぱり土曜日の昼は迷子が多かった。
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