八雲先生の苦悩

夏目碧央

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嫉妬

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 ただ颯太に会いたい、と思っていた時よりも、坂口に颯太を取られたくない、という思いは俺を突き動かす。いつもなら、休み時間が終わる頃に教員室を出る俺だが、最近は早めに出て3年1組を覗くようになってしまった。さり気なく、しかしちゃんと教室の中の颯太を見るように、立ち止まって窓から中を覗く。
 はぅ。今日も休み時間に坂口が颯太の席まで来ていて、肩に腕を回している。何を話しているのだろう。耐え難い苦しみを味わいつつ、歯ぎしりまでしながら、俺はじっと覗いていた。すると、
「八雲先生、どうしたの?」
目の前に、生徒がいた。その事にさえ気づいていなかった。
「いや、別に何でもないぞ。」
そう言いながら、やはり目は颯太と坂口の方へ行ってしまう。目の前の生徒は、一度教室の中を振り返り、
「呼んでこようか?」
と言った。
「えっ?」
俺が驚いて言うと、
「誰かに用なんでしょ?呼んできてあげるよ。」
と言う。親切なやつだ。しかし呼んできてもらっては困る。呼びつける理由がない。
「いや、そういうわけじゃないよ。お前はどうだ?調子は。勉強ははかどってるか?」
とその生徒に話しかけつつも、やはり目は颯太の方へ・・・。ああ、坂口が今度はバックハグをしているではないか。
「まあね。・・・先生、気になってるんでしょ?いっそ入ってくれば?」
「はっ?何を言ってるんだ?」
目の前の生徒に目を向けた俺を、その生徒は目を細くして凝視する。そして、肩をすくめてまた教室の中へ戻って行った。そこでチャイムが鳴ったので、俺はその場を離れ、次の授業のある教室へと足を向けた。

 また俺は、休み時間に颯太のクラスの前で立ち止まった。ちらっと中を見る。颯太の席にはまた坂口がいて、しかし他にも生徒が二人くらいいて話していた。坂口は、やはり颯太の肩に手をかけている。ごく普通の光景ではあるが、どうにも許せない。もやもやする。
「おーい、颯太。ちょっと来い。」
俺が言ったのではない。いきなり俺の近くにいた生徒、この間どうしたのかと問うてきた、安永が颯太に向かって声をかけた。手招きしている。
「何?」
颯太が席から返事をすると、安永は
「先生がお呼びだ。」
と言った。な、なにを言い出すのだ!俺は呼んでないぞ。いくら何でも、用もないのに生徒を呼びつけるわけにはいかんだろう。颯太と話していた生徒たちもこっちを見ているし。ああ、どうしよう。どうしたらいいんだ!
「先生、何?」
颯太がドアのところまでやってきた。可愛い目が俺を見つめる。ちょっとだけ赤面、したかもしれない。坂口は、この間みたいに俺の邪魔をしには来ない。流石に教室では、俺に敵対心むき出しの、颯太は俺のモノ的な態度をとるわけには行かないというわけか。っと、そんな事を考えている場合ではない。
「あー。」
考えろ、俺!
「お前、K大受けるって言ってたよな。今日文系クラスでK大の過去問やったから、よかったらこのプリントやってみ。いつでもいいから出来たら持って来いよ。解説してやるから。」
俺はそう言い、持っていたプリントを一枚颯太に渡した。今さっき、授業で使ったプリントだった。
「うん。」
颯太は素直にプリントを受け取った。そして、
「ありがと。気にかけてくれて。」
と、ぼそっと言った。当たり前じゃないか、俺がお前を気に掛けなくて誰を気に掛けるって言うんだ。とは、言えるわけがない。
「おう。」
俺はそう言い、颯太の頭にぽんと手のひらを乗せた。胸がチクリと痛む。今とっさに思いついた方便に過ぎないのに、颯太の受験の事を親身になって考えているような振りをして・・・後ろめたさ満載。だが見よ、この照れたようにうつむく颯太を!ああ、安永ナイス!俺はちょっと笑って手を放し、悠々と踵を返してその場を後にした。
 それにしても、何とか用事をこしらえたものの、危なかった。もう颯太を呼ばないでくれよ、安永。あー、冷や汗出た。
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