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こっちかぁ
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守役(もりやく)とは、若君の子守であり、教育係である。六つになる当主の嫡男、頭栗の教育を、剣介は仰せつかったのである。
剣介は三男である。兄や姉がいるが、弟や妹はいない。つまり、幼い子供の面倒を見たことがない。それも剣介にとっては不安材料ではあったが、一番の問題は、そんな幼い子供に対しても、ヘコヘコ頭を下げなければならないという事だった。窮屈な仕事に違いない。
とはいえ、森尾家の家系でこれまで城へ上がった者はいない。ましてや当主と交流を持つなど、考えられない程の出世だ。上手く行けば、一族みんなが出世する。剣介にとっても、森尾家にとっても、ここは正念場である。佐介の努力を無にせぬ為にも、剣介は上手くやらねばならんのだ。
「緊張するな。しかし、そのガキ、いやいや頭栗様に気に入られなかったら目も当てられんな。一日で帰された日には、父上や一族みんながどれほど落胆する事か。とにかく、粗相のないようにせねば。」
剣介は気合いを入れた。
佐介と剣介が登城すると、
「これより先は守役本人のみ!」
と、門番に言われてしまい、剣介は一人で城の中へ入らねばならなかった。剣介が不安いっぱいの表情で振り返ると、閉まろうとする門の隙間から、胸の前で拳を握り、何度も頷いている父の姿が見えた。そして、門の扉は閉まってしまった。
案内の者が現れ、剣介は後を付いて行った。城の高いところへ上り、座敷に通された。そこへ座れと指示され、剣介は鎮座した。周りには表情一つ変えない大人達が神妙な顔つきで鎮座している。剣介がきょろきょろと周りを見渡すと、鋭く睨まれた。
すっすっすっと衣擦れの音が聞こえてきた。大人達が一斉にお辞儀をする。剣介も慌てて畳に額を押しつけた。
当主羅山と、その妻、息子二人、そしてお付きの者二人が入って来た。そして剣介の前に座る。
「おぬしが我がせがれの守役か。」
羅山がよく響く、低い声で言った。
「はっ!森尾家三男、剣介にございます!」
剣介は精一杯元気よく答えた。
「うむ。これがわしの嫡男、頭栗じゃ。よく面倒を見てやってくれ。頼むぞ。」
羅山がそう言った。剣介は少し頭を上げたが、それ以上顔を上げる事ができなかった。つまりはビビっているのだ。
すると、その中途半端に頭を上げた剣介の目に、稚児の姿が映った。
(か、可愛い・・・。色白で、目がぱっちりしていて、何て愛らしい子だ。)
その稚児の愛らしさに感激してしまった剣介だが、ふと疑問が生じる。その愛らしい稚児は少し首をかしげて母親の膝にもたれかかっている。それはあまりにも幼すぎるではないか。頭栗は六つだと言われていたのに。
「けんすけか?せっしゃが、ずぐりである。くるしゅうない、おもてをあげよ。」
と、剣介の正面から声がする。剣介が思いきって顔を上げると、目の前には男の子が座っていた。
(・・・こっちかぁ。)
目の前にいたのは、ずんぐりむっくりとして、眉が太め、その他の顔のパーツは地味目な男児だった。
(そうだよな、こっちだよな。)
心の中で溜息をつきつつ、
「ははあ。」
剣介は再び額を畳に擦りつけた。先ほど剣介の目に映った愛らしい稚児は、頭栗の弟、美成(みなり)である。歳は三つ。剣介がお世話をするのは美成ではなく、ずんぐりむっくりの頭栗なのである。
剣介は三男である。兄や姉がいるが、弟や妹はいない。つまり、幼い子供の面倒を見たことがない。それも剣介にとっては不安材料ではあったが、一番の問題は、そんな幼い子供に対しても、ヘコヘコ頭を下げなければならないという事だった。窮屈な仕事に違いない。
とはいえ、森尾家の家系でこれまで城へ上がった者はいない。ましてや当主と交流を持つなど、考えられない程の出世だ。上手く行けば、一族みんなが出世する。剣介にとっても、森尾家にとっても、ここは正念場である。佐介の努力を無にせぬ為にも、剣介は上手くやらねばならんのだ。
「緊張するな。しかし、そのガキ、いやいや頭栗様に気に入られなかったら目も当てられんな。一日で帰された日には、父上や一族みんながどれほど落胆する事か。とにかく、粗相のないようにせねば。」
剣介は気合いを入れた。
佐介と剣介が登城すると、
「これより先は守役本人のみ!」
と、門番に言われてしまい、剣介は一人で城の中へ入らねばならなかった。剣介が不安いっぱいの表情で振り返ると、閉まろうとする門の隙間から、胸の前で拳を握り、何度も頷いている父の姿が見えた。そして、門の扉は閉まってしまった。
案内の者が現れ、剣介は後を付いて行った。城の高いところへ上り、座敷に通された。そこへ座れと指示され、剣介は鎮座した。周りには表情一つ変えない大人達が神妙な顔つきで鎮座している。剣介がきょろきょろと周りを見渡すと、鋭く睨まれた。
すっすっすっと衣擦れの音が聞こえてきた。大人達が一斉にお辞儀をする。剣介も慌てて畳に額を押しつけた。
当主羅山と、その妻、息子二人、そしてお付きの者二人が入って来た。そして剣介の前に座る。
「おぬしが我がせがれの守役か。」
羅山がよく響く、低い声で言った。
「はっ!森尾家三男、剣介にございます!」
剣介は精一杯元気よく答えた。
「うむ。これがわしの嫡男、頭栗じゃ。よく面倒を見てやってくれ。頼むぞ。」
羅山がそう言った。剣介は少し頭を上げたが、それ以上顔を上げる事ができなかった。つまりはビビっているのだ。
すると、その中途半端に頭を上げた剣介の目に、稚児の姿が映った。
(か、可愛い・・・。色白で、目がぱっちりしていて、何て愛らしい子だ。)
その稚児の愛らしさに感激してしまった剣介だが、ふと疑問が生じる。その愛らしい稚児は少し首をかしげて母親の膝にもたれかかっている。それはあまりにも幼すぎるではないか。頭栗は六つだと言われていたのに。
「けんすけか?せっしゃが、ずぐりである。くるしゅうない、おもてをあげよ。」
と、剣介の正面から声がする。剣介が思いきって顔を上げると、目の前には男の子が座っていた。
(・・・こっちかぁ。)
目の前にいたのは、ずんぐりむっくりとして、眉が太め、その他の顔のパーツは地味目な男児だった。
(そうだよな、こっちだよな。)
心の中で溜息をつきつつ、
「ははあ。」
剣介は再び額を畳に擦りつけた。先ほど剣介の目に映った愛らしい稚児は、頭栗の弟、美成(みなり)である。歳は三つ。剣介がお世話をするのは美成ではなく、ずんぐりむっくりの頭栗なのである。
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