ノア~異世界BLファンタジー

夏目碧央

文字の大きさ
5 / 33

アイルの恋人

しおりを挟む
 清掃担当のアイルは、店の外の掃除と、閉店後の店内の掃除の他に、営業中には空いたテーブルを拭くという作業も担った。いつも明るいアイルは、にこやかにテーブルを拭き、そこへやってきたお客にも、
「いらっしゃいませー!」
と、とびきりの笑顔を向けた。
 そんなアイルの笑顔に、つられて笑顔になってしまう客は多い。仕事に疲れていても、アイルの笑顔で癒やされたという会話もしょっちゅう聞かれた。そんな癒やされているお客の中に、一人の軍人がいた。名をバースと言った。歳は19で、アイルよりも3つ年下だが、開拓軍人らしく、体が大きくて筋骨隆々だった。
 バースは毎日毎日、穴が開くほどアイルを見つめた。けれども、なかなか話しかける事が出来ない。何とか声を掛けられたかと思うと、
「あ、あの、アイルさん、俺・・・。」
「はい?」
「・・・・水、ください。」
「はい、ただ今お持ちしまーす。」
こんな会話しか出来なかった。
 バースは思い詰めた。何日も何日も迷った挙げ句、デートに誘ってみようと決心した。ろくに話しかけられないくせに、飛躍し過ぎである。
 アイルは会計も受け持った。ある時バースが代金を支払いに来て、
「あ、あの。もし良かったら、今度・・・。」
と、言いかけた時、
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております。」
アイルは言葉を遮って笑顔を向けた。バースは出鼻をくじかれ、すっかり意気消沈してしまった。
 しょげ返って背中を丸め、店を出たバース。しかし、お釣りをポケットにしまおうとして、ふと手の中を見ると、レシートと一緒に紙切れが1枚握られていた。
「ん?なんだ?」
バースがその紙切れを手に取り、二つに折られていたので広げてみると、そこには文字が書かれていた。
「今夜10時15分 店の外」
そう書かれていた。
「え?あれ?なんで?」
混乱したバース。けれども、これはアイルが自分に渡してくれたものだ。つまり、今夜この時間に会えるという事なのだろう。バースはスキップでもしたい気分だった。
 そして夜、10時10分にカフェに来たバース。店の中を覗くと、アイルが掃除をしていた。箒で掃き、雑巾でカウンターや柱を拭いていた。そして、掃除が終わると、エプロンを外して扉から出てきた。
「ハーイ!来てくれたんだね。」
店の外にいたバースに向かって、アイルはそう声を掛けた。そして、通りから外れて、カフェの裏側へ回った。裏側は畑である。夜には誰もいないし真っ暗だ。建物の窓から漏れる明りで、お互いの顔は見えた。
「あの・・・。」
どうして呼び出されたのか分からないバースは、ずっと戸惑いっぱなしだ。
「君、何歳?」
アイルが聞いた。
「19です。」
「ふーん、3つ下かぁ。まあいっか。」
「何が、ですか?」
「恋人が年下でもいいかなって。」
アイルはニッコリ笑う。
「え?え?どういう・・・。」
バースがビックリ眼で問うと、アイルは首をかしげてふふっと笑った。その顔を見たバースは、思わずアイルを抱きしめたのだった。
 こうして、二人は恋人同士になったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...