ロストパートナーズ

篠宮璃紅

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第1話「終ワル夢ノ始マリ」

4.話したい事

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ゆっくりと目を覚ました。いつの間にか目じりにできていた涙の粒をふき取り時間を確認する。時刻は眠りにつく前から10分ほどしか針が動いていない。周りの生徒なら教師からの指摘は煩わしいものでしかないが、私は起こす気配が全くなかった教師を少し恨めしく思った。悪夢にうなされ、授業中に寝ている生徒を起こさない教師もどうなのか、と。

それにシャラの確認もまともにできなかった。思い出すのも苦しいほどの場面。あの場でのシャラと沙姫はとてもではないが、比較できるものではない。ユウがいつも覗き見ていた彼女を期待していたというのに、現状損な目にしか遭っていない。気分は最悪なものになっていた。




その後はシャラの確認を諦め大人しく授業を受けることにした。一時間目、二時間目が終わっていき、気が付けば昼食の時間になっていた。私は昼休みを知らせるチャイムが鳴ると同時に鞄から包みを取り出し、普段使用している場所へ向かった。

食堂がある校舎の二階にある小さなテラス。そこがこの時間での定位置。昔はきちんと食堂の一部として扱われていたが、今では規模縮小のため二階に食堂は存在しておらず、テラスは独立してしまっている。噂では何かしら事件が起こったと言われている場所だが、未だ利用者は多い。

そんなテラスの一番奥、眺めがそこそこいい席。毎日ここで自作の弁当を広げている。

友人がいないわけではないが、特別仲のいい人物がいない。そのためいつも一人で食事をしているが、誰も私が孤独だと笑いはしない。私自身もそうは思っていない。いつの間にか、それが普通になっていた。

しかし今日は違った。前の空いた席に「お邪魔しまーす」と適当としか思えないような言葉を添えて座る人物が現れた。

嫌な予感しかしなかった。恐る恐る目線をあげると、そこには満面の笑みで鼻歌交じりにパンの袋を開けようとしている彼女がいた。


「……ちょっと」

「なに?」

「何してんのよあんた……」

「え、何ってご飯食べようとしてるんだよ?あなたと」


きょとん、とした顔で、不思議そうに沙姫は首をかしげる。不思議なのはこっちのほうだった。何故彼女は私の前に座り、購買でよく見るパンの袋を開封しているのか。


「誰が一緒に食べていいなんて言ったのよ。私、人に見られて食べたり話しながら食べるの苦手なんだけど」

「大丈夫だよー私は気にしないから!あ、そのお弁当手作り!?卵焼き美味しそ~」

「あ、こら人の話を聞きなさいってば!」


全く聞く耳を持たない沙姫はテーブルに身を乗り出しこちらに接近する。あまりの勢いに持っていた箸を落としかけたが、何とか堪え弁当と箸の安全を確保することを優先した。

蓋を閉じられた弁当箱を眺め「ぶぅーぶぅー」と不満そうな声をあげる沙姫。彼女は自分の世界を一瞬で広げ、他人を浸食するタイプの人間なんだろう。そう悟って少し距離を取った。


「……で、なんであんたがここに。クラスの奴らがよく転校生なんて希少生物を自由にさせたわね」

「そのクラスの子に聞いたんだよ。顔しか分かんなかったけどすぐに教えてもらえたよー、おまけに名前まで教えてくれたんだから!和泉ちゃんだよね、可愛い名前ー」

「余計なことを」


名前まではまだいいが、まさか食事の現場を押さえられることになるとは予想外だった。休み時間の間彼女は生徒たちに尋問のような質問攻めにあっていたのを知っていたからだ。昼休みも多くの先約があったに違いない。考えが甘かったのか、どうやら彼女は持ち前の元気でそれを全て振り切り、私との昼食を獲得したらしい。情報もばっちりな点はもはや恐ろしさを感じるレベルだった。

しかし、初対面で見つめてしまっただけでこんなにも接近されるのはおかしい。必死に他の要因を探したが、なんの心当たりもない。こちらが彼女を気に掛ける理由があっても、彼女が私に興味を示す理由など特にないはずだった。

暫く黙り込み、考えていると沙姫がパンを一つ完食しビニールの袋を小さく折りたたみながら口を開いた。


「難しそうな顔してないで、ご飯食べようよ和泉ちゃん」

「誰のせいよ、誰の」

「私のせい?」

「他に誰が」

「えー」


明らかに不満そうな顔。きっと異性なら今の彼女の様子を「可愛い」と言うのだろうが、生憎私の中のそんな感情はなかった。寧ろ彼女への軽い嫌悪が生まれていた。

髪色や細かい身体的特徴は異なるが、シャラを思わせる容姿。しかし全く違うと言っていいほどの性格が激しい違和感を生み出している。似ているならいっそ何もかもシャラであればまだよかった。自然と眉間にしわが寄る。


「そんなに私とご飯食べるの嫌?それとも、誰かと距離を縮めるのが、かな」


二つ目のパンを弄びながら沙姫は言った。


「あんたと食べるのは確かにいい気がしないわね。でも、どうして距離の話になるのよ。意味がわからないわ」

「そう?だってクラスの子たちともほどほどの距離。私だけが特別じゃない気がして」

「あんただけよ。あんたが……知り合いに似てるから嫌なだけ。わかったらさっさとどこかに行ってくれる?それか、私がここを離れるわ」


そう言って立ち上がろうとした私の手を沙姫が掴んだ。急に手放したパンはそのまま地面に落下する。


「なっ……!」

「行かないで。私、ただあなたとお話しがしたいの」


ふと見せた真剣な眼差し。その顔はシャラに近いものだった。


「私ね、あなたとずっとお話ししたかったの。初めて見た時から」

「初めてって、今朝でしょ」

「そうだね、うん。ずっとずっとお話ししたかった」


こちらが立ち退く気を完全に失ったのを感じ、沙姫も手を放す。解放されたその油断の隙に逃げ出すなどはせず、沙姫と向き合うことに覚悟を決め椅子に腰を下ろした。

安心した様子の沙姫は無駄にへらへらと笑うことを止め、じっと見つめてきた。私の姿をじっくりと確認するように。


「で、なんなの」

「あー、そだね。えっと、何から話そうかな」

「決めときなさいよ」

「あなたを捕まえるので必死だったんだよ。それに、話したい事いっぱいありすぎて逆にわかんなくなっちゃった」

「あっそ」


肩に流れる柔らかな髪を指先で弄り、沙姫は困ったように視線をあちこちに泳がせる。とても人を引き留めた人間の様子ではないが、彼女が言葉を選ぶのに迷っていることは察しが付いた。勢いだけに任せて生きている様子の人間なのだ。突然真剣に向き合うことになれば言葉も詰まる。急かさず、沙姫の言葉をじっと待った。


「さっきね、誰かと距離を縮めるのが嫌って話したよね。あれは別に嫌味とかじゃないんだよ」


少し怯えたような目。別に何とも思っていなかったが、居た堪れない気持ちに襲われてしまう。


「気にしてないわよ。それにあんた、誰かに嫌味が言えるほど器用な人間じゃなさそうだし」

「うん、確かに器用じゃないかもね……器用な子だったらきっと……」


きっと、の続きは聞こえなかったのか声に出さなかったのか。どちらにせよ私には聞こえなかった。ただこの話題が沙姫自身の地雷のような何かでることはなんとなく理解できた。今朝と表情が全く違う。

困惑、動揺に塗れた顔。こちらの方がシャラに似ている、などと考えていると沙姫が言葉を続ける。


「私もね、いたんだよ。あなたにそっくりな知り合い。私が臆病で何にもしなかったからその人のこと、結局一人にしちゃって。だから一人な人ほっとけないの」

「……別に私は一人なわけじゃないわよ」

「一人ぼっちに見えるよ、私には。一人で悩んで抱えちゃってる」

「誰にでもあるわよそんなこと。私に限った話じゃない」

「そう、だけど……そうじゃないんだよ」


沙姫の視線はどんどん下へ下へと落ちていく。私は淡々と返事を返しつつ包みから取り出した弁当の中身を口に運ぶ。ふと沙姫に視線を移すと、彼女と見つめ合いになった。箸を若干咥えたままの私は耐え切れず、先に目を逸らす。


「い、言いたい事があるならはっきり言いなさい。昼休みもそんなに長くないわよ」


そう言って残っていた卵焼きを口に放り込むと、沙姫は「そうだね」と呟いた。


「一人ぼっちにさせちゃった人の事、大好きだったの。すごく優しくて、大事にしてくれて、一緒にいるとあったかい気持ちになった。でもその人に私は無理をさせてたの。無理してるのを見て見ぬふりをして、距離を取った。そしたら、気付いたら大変なことになってたの」

「大変なことって」

「大変な事、だよ。取返しのつかないこと。忘れようとしてもできない、後悔しかできないような事。私は彼に……酷いことしちゃった」


彼。本来なら彼女の言う“彼”と私の思う彼が一致するはずはない。しかし“彼”がユウだと思わずにはいられなかった。

今の沙姫に笑顔は全くない。目を伏せ、後悔に満ちた表情が彼女を更にシャラに近づける。出会ったばかりの私でもわかる。沙姫はきっと、こんな顔は滅多に見せない人間だと。


「そっとしておくのが一番だって思ってたけど、そんなの間違いだった。全部わかってたのに、知らないふりをして……彼が傷つかない方法だと思って。大丈夫だよって言ってあげられれば」


沙姫の言葉にどんどん感情が籠っていく。苛立ち、懺悔、その両方にもとれる。気付けば悠も拳を握り感情を抑えていた。違う、そうじゃない。悪いのは沙姫でもシャラでもない。


「私が大丈夫だよって、彼が嫌がるのをわかってても、もっと信じてって言えれば……!」

「違う!」


一瞬の間の後、自分がテーブルを叩き立ち上がっていたことに気付いた。大きな声、音に反応して周囲の視線がこちらに集まっている。

そんなことはどうでもよかった。問題は目の前にある。それは泣きながら自分を見つめる沙姫。

ユウの事を話していた保証なんてどこにもない。違うと否定したが、あやふやな夢の記憶のせいで感情だけが独り歩きしている。何が違うのか、何故こんなにも苛立っているのか。混乱が混乱を呼び整理がつかず頭が痛くなる。

ただ、沙姫の顔を見るのが辛い。はっきりしているのはそれだけだった。二度と見ることはないと思っていた。させたくないと思っていた。そんな表情を、今まさに沙姫は私に向けている。

耐えかねて目の前に広がっていた弁当箱を片付ける。逃げるようにテラスから去った。廊下を進む足は普段よりも早かった。きっと、頭に少し痛みを感じていたからだろう……


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