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第4話「憧レノ記憶」
1.待ち伏せ
しおりを挟む私は自分を武器にする女が嫌い。
一度媚びればもてはやされ、二度媚びれば実力が陰ってしまう。
どうしてそんな無駄なことをするのだろう。何のために己の持つ実力を隠してしまうのだろう。
違う、そうじゃない、そうじゃないの。わかってる、そんなつもりはないんだって。
だけどそう思えない自分がいる。これはただの妬み。無様で情けなくて醜い嫉妬。
可愛くたって、綺麗だって、可哀想だってみんな認めてくれるはず。なのに、言い訳を探してる。
優れた彼女たちが評価されないのは、それが原因。覚えてもらえていないのも、きっと同じ。
私なんてモブ。実力もなければ、評価もされない。記憶に残らない。それでいいの。
憧れないで。それが、正しいんだから……
ここ数日、どれだけ寝ても寝足りない。急に眠気が襲ってくる。時間も、場所も問わず、話している時ですら隠せないほど。そして眠れば夢を見る。
幸い、ベッドの上での夢はほとんど覚えていない。今もそうだ。
だけど、この数日で夢を見る頻度は劇的に増えた。以前までなら授業中にうたた寝をしてしまう程度だったものが、昨日は喫茶店でも眠り、公園でも倒れてしまっている。正直なところ、今も少し眠い。
起きてすぐも、態勢を崩して机の上にあったペン立てを床にばら撒いた。最低限片付けたはずだけど、できているかどうか。
夜の時間に自然と眠るのとは違い、深い沼の底から伸びた手に足を掴まれ引きずり込まれるような。自分の意志とは全く関係ない何かが悪夢へ誘う。おかげで足元がおぼつかない。
流石にこの登校中の道で寝るなんてことは避けたい。いよいよ救急車を呼ばれてしまう。身体的に以上はなくただ眠っているだけだ。そんなことで手を煩わせるわけにはいかない。医者に診てもらって治るのなら喜んで診察を受けるが、きっと何も解決しない。せいぜい精神病を疑われ安定剤等を処方されるだけだろう。睡眠障害で解決するのなら、それもありなのかもしれないけど。
真樹の話からして、あの夢には特別な力がある。一つ確信できるのは、引き寄せる力。同じように夢を見る人物が、それもある程度親しい間柄だった人物の夢を見る者が数人も集まるなんて、どんな偶然だ。
芋づる式に思い出されていく夢。引き寄せている。繋げようとしている。その中心は、恐らくユウだ。
昨日の様子からして、沙姫と利紅たちは夢の記憶に関して特に抜け落ちている時期や、思い出せない瞬間はないのだろう。それに比べて、私が見ているユウの記憶は断片的な部分が多く、明らかに記憶が抜け落ちている期間がある。
私は、沙姫たちが共通して認識していた“紅衣騎士”という言葉に覚えがない。欠落している。
真樹は無理に夢を追うべきではないと言った。どんな影響があるかわからない。“紅衣騎士”という言葉も、私を惑わすために発したわけではない。忠告までした。助けがいるなら呼んでくれとも。結局、勝手に登録されていた連絡先は消せなかった。自分でも、わかっているんだろうか。ままならないことが、起きてしまうのではないのかと。
それでも、私はユウの平和ボケした夢だけを見ているわけではない。坂道を転がるように余計な記憶を覗き見ることになるのだろう。なら、とことんまで付き合ってやる。曖昧なのは嫌い。悪夢ならずっと見ている。なら、その原因を知りたいと思うのは当然だ。長年付きまとってきたあの悪夢の真相を、ユウの真実を知りたい。
ユウが初めて人を殺した日。狂ってしまったあの日。あそこから悪夢までの空白。“紅衣騎士”。ユウのことをもっと知る必要がある。
知っているはずの人物。きっと、私以外は知っている。真樹は答えてくれなかった。そして彼は沙姫には頼るなと言った。なら、残る選択肢は一つだけ。だが生憎、連絡先を知らない。沙姫は交換していた気がするが、私もしておけばよかった。クラスすら知らない。きっと昼時間には図書館にいるだろう。そんな淡い期待だけだった。
「先輩」
知った声だった。前方。懐かしい声。顔を上げた。
「―――るい?」
「お久しぶりですね、先輩。お会いするのは卒業式以来でしょうか」
坂道の上に立つのは花宰学園中等部の制服を着た女生徒。栗色の髪と瞳。数年前まで毎日のように一緒にいた、懐かしい顔。でも、あの頃より、彼女は鋭い視線でこちらを見ていた。
「待ち伏せするような真似をしてすみません。でも、どうしても言いたいことがあって」
待ち伏せという表現は相応しい。彼女の家は私の家から見て学校よりも向こう側。通学路出会うことはまずありえないし、彼女がこの時間にここにいるということは相当早い時間に家を出たということになる。偶然を装うことはできない。
中学を卒業するまで、毎日校門で声をかけられた。おはようございます、奇遇ですね、と。知っていた。寝坊しても一生懸命に走って寝ぐせのまま元気に声をかけてくれたこともあった。
あの頃も、待ち伏せはしていた。今のような、目の前から痛いほど感じる警戒はなかった。
「るい、あんたなにしてるの」
「あなたを待っていました」
「話なら学校でもできるでしょう。それに携帯のメールでだって。わざわざこんな」
「今日は学校に行くつもりはありません。それに申し訳ないですけど、悠先輩にも行ってほしくないです」
はぁ?と、いつもなら出てしまっただろう。だけど、この子にはそんな態度をとりたくなかった。冗談でもこんなことを言う子ではない。私の知る限り、彼女は優等生の部類に入る勤勉さだった。無遅刻無欠席。テストもいつも上位。よく自慢してくれた。褒めてくださいと、子供のようにねだって来た。それなのに、こんな―――
「強引ですか?強引にもなります。あんな女が傍にいたら」
女。殺意の籠った一言だった。
「それって」
「あいつは、あなたの人生を狂わせる」
るいが知らない、女。誰のことかは検討が付いた。だけど、言葉にできない。どうして、この子が彼女をそんな風に言うのか。想像ができない。
「悠先輩、これ、懐かしいですよね」
目の前に迫って来たるいは一枚の写真を突き出してきた。中等部の制服を着た二人。私とるいが最初に撮った一枚。出会った頃の私たち。
るいは言った。「何も感じませんか」と。不安げに私を見上げる目。私には、その意味が、言葉が、理解できない。
「同じ質問を、卒業式にもしたわね」
最後に会った日。るいは緊張して、声を振り絞って、卒業式の日にもこうして写真を見せた。同じだった。今日も、あの日と同じ気持ちだった。何も、伝わらない。
どうして。唇を嚙みながら、堪えるように漏らした。肩も震えている。どうしよう。
手を伸ばすと痛みがあった。振り払われた。
「悠先輩、もうやめてください!夢なんて忘れて!真実なんて知らなくていい!あいつに関わらないで!!」
写真を握りつぶして、るいは掴みかかって来た。大粒の涙を流す彼女を振り払うなんて、できなかった。
「るい、落ち着いて、なんのことよ!」
「あいつが現れてから先輩の症状は悪化しています!顔色だって日に日に悪くなってる、それじゃ夢と同じです!」
「あんた……」
夢。さっきも言っていた。無視しようとした、聞こえなかったふりをしようとした。なのに、はっきりと、また言った。夢と。
「知ってるのね、夢のこと」
「……はい。先輩と出会うよりも、ずっと前から」
手の力を緩めて、るいは私の胸に沈み込んだ。顔を埋めて隠す。頭をそっと撫でた。彼女はこうすると落ち着いてくれる。
「言うつもり、ありませんでした。先輩のこと守りたかったから。ずっと見守るつもりだった。症状が出てるって気が付いた時も、夢を頻繁に見て寝不足なんだろうなってわかった時も。いつもいつも、黙って見ているだけのつもりでした」
夢を見ている人間の行動で、私の夢は刺激される。それはここ数日で分かったことだ。るいはきっと、あの頃からそれに気付いていた。だから、卒業後、私たちは会わなかったのだろう。
正直、高校に進学した頃、悪夢を見る回数が増えた。しかめっ面を母親に指摘されたこともある。毎日会っていたるいから校門でのあいさつも、メールも、急に途絶えた。私が忙しかったせいだと思っていた。だけど、どうやら違ったらしい。知らないうちに、るいに影響されていた。私の夢が。
守られていた。この小さな後輩に。それなのに、私は酷い先輩かしら。
夢での彼女を、どうしても思い出せない。
「先輩、行かないで。一緒にいてください。もう守れない」
「るい、何言ってるの」
「あいつが、全部台無しにしたんです」
あいつ。るいの言葉にまた殺意が籠った。
「悠先輩。私は、あなたを守りたい」
赤くなった目で見つめられる。その顔には弱かった。そんな顔をさせたいわけじゃない、笑ってほしい。どうすれば、出会ったころのように無邪気に接してくれるのか。
会おうと思えば会えた。それでも、そうしなかったのはきっと、いつも難しい顔をして私との距離を測っていることがわかっていたから。その理由も、解決策も、思いつかなかった。
「るい。あんたが私を心配してくれているのはわかった。だけど、あれは夢よ。どれだけ悪い夢だって、関係ない。私はだいじょ」
「言わないで!」
劈くような声で、遮られた。知っている、なのに思い出せない。私は、その声を知っている。
「私、大丈夫って言葉が嫌いです。それ、誰かに助けてほしい人が無理を隠すために言うんです。突き放すための言葉じゃない」
私に怒鳴るなんて、そんなるいは知らない。今までなかった。彼女はもともと気が弱い方だ。私と出会って、そばかすを隠すように伸ばしていた前髪を切って、私の口調を真似るようになって、先生や上級生にも意見できるようになって。それでも、私には素直だった。従順だった。意見なんてしなかった。
なのに、懐かしいのはなんで。
「あなたは助けなんて求めない。助けてって言ってくれれば、私が……あの子がどれだけ救われたか」
ちがう、助けてほしかった。助けを求める方法がわからなかった。助けてほしい何かが、わからなくなってた。
「大丈夫なんて、言わないでください……1人で抱え込まないで……お願い……」
「るい……」
「今の私には何もできません。でも、それでも、何か力になりたい。あの子はできなかったから、せめて私が」
るいの言葉が止まった。私の背後を見て固まっている。絶望の表情を向けられている人物は場違いな調子で言った。
「悠?何してるの?」
耳を疑った。沙姫が、なんで、ここに。
動揺している私を守るように、るいは間に入って来た。
「お前、何しに来たの」
「な、何って、通りかかったから声を」
「そんなわけないじゃない。ここはお前の通学路とは道が外れてるわ。正直に言ったら?」
「えっと、それは、道に迷っちゃって」
くすっと。るいは笑った。
「嘘つき。設定に忠実なのね。相変わらず嫌な女」
直球すぎる罵倒。今日初めて顔を合わせたはずの相手にそこまでの敵意を向けられるのか。
私が知らない夢の中のるい。沙姫、シャラと何があった。
「……私、なんか嫌われることしたかな」
悲しいな。沙姫はポツリと零した。
「何もしなかったから、嫌いなのよ」
鋭い矢のような言葉。言い放つとるいは私から離れていった。
「余計なことしないで。何もできないくせに」
沙姫の隣を通り過ぎていく。こちらに振り返ったるいの顔は胸に刺さった。見たくない、辛そうで、涙を堪えている顔。どうして、そんな顔を。
待って。そう止めようとして、思い出した。るいは私に「一緒にいて」と言った。違う、私の選択はこれじゃない。
気が付くと走り出していた。逃げていくるいを追って。後ろから沙姫の声が聞こえる。ごめん、今は追わせて。もう、間違えたくない。
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