23 / 37
第3話「届カヌ想イ」
「悪魔ノ囁キ」
しおりを挟む「調子はどうだい」
そいつは何気ない様子で、悪びれることもなく、世間話でも始めるかのように顔を出した。
「まだいてぇよ。畜生、平気そうなお前を見てると腹立つ」
「あはは、仕方ないじゃないか。ボクはもう何ともないんだから」
服を捲ろうとするから、止めさせようとした。腹の痛みがそうさせなかった。
腕を動かそうとして。脇腹に力が入るだけでもこんなに痛みを伴うなんて。知っていればあんな馬鹿な真似はしなかった。十数時間前の自分が恨めしくて仕方がない。
俺の様子をほくそ笑んでいるこいつには本当、心底腹が立つ。全部お見通しだよ、と余計な声が聞こえてくる気がした。
見知った部屋。におい。ドアの向こうでは忙しなく人が行き交う。
入院なんて大げさだ、と思っていたが。これはしておいて正解だった。正直耐えられない。マジで痛い。点滴から送られてくる鎮痛剤がなかったと思うとゾッとする。
ほんと、なんて馬鹿なことをしたんだ、俺は。
「それで、あの話は納得してくれたかい?」
傍らにある椅子に腰かける。小馬鹿にしたような顔で返答を待った。
「……まぁな。あれがまるっきり、妄想とかただの夢じゃねーって言える理由が他に思いつかない」
「よかった。キミなら信じてくれると思ったよ」
なんだよそれ。笑うな。
好きな女の夢を見る。そんな話をコイツにした。そしたらそれは俺の前世の夢だとほざいた。雑誌のモデルとか、グラビアアイドルとかそういう女の夢を見ていると思うだろ、普通。茶化されるのがオチだった。
こいつは違った。探し物をやっと見つけたみたいに、嬉しそうに、感動して、俺の手を握った。「キミはボクの願いを叶えてくれる?」と。
そして今も、囁く。二人きりしかいない病室で。内緒話をするように耳打ちする。
「なら、ボクに願って」
くすぐったいほど近くで。身動きが取れないことをいいことに。甘く囁く。
少し離れ、首を傾げて上目遣い。見る人間が違えば、天使のようだと形容するだろう。愛らしく混じりけのない、純粋無垢にも見えるその顔。
恐ろしいな。コイツが男で本当に良かった。
「あのなぁ、あの時にも言ったが、俺はお前の望み通りになんかしねーぞ。願ってたまるか、ふざけんな」
「えー、ボクは大真面目だよ?少しは考え直してよ」
「うるせー。絶交すんぞ」
「それはこまるー」
コイツは天使の皮を被った悪魔だ。俺はそいつに乞い願われた。
キミの望みを叶えさせてほしい。そうすればボクの望みも叶う。
そして俺たちは同じ傷を負った。同じ刃物で、血を混じらせた。
あの瞬間、本気で願っていれば。コイツはここにはいないし、俺もきっと、俺じゃなくなっていた。
今までの想いを全て、失うところだった。
「真樹が願いを叶える気がないのはわかった。けど、まだ期待しているよ。諦めない」
「諦めろ。ぜってーないから、安心しとけ。ありえない」
「ほんとなぁ、だってキミ、やめるんでしょ」
何を?
「人を助けないこと。見捨てないこと」
……なんでコイツに話しちまったかなぁ。
「どうせ助けられないのなら、関わらなければいい。期待に応えられないから。キミはそう言った。でも、ならどうしてキミはここで寝ているの。ボクのために傷を負ったの。つまり、そういうことでしょ?」
あぁ、そうだよ。見捨てていれば、よかった。
どれだけ痛めつけられても、人質になっても平気なコイツを。
夢がただの妄想じゃないとわかって、錯覚した。行動すれば救えると。必死になれば変えられると。
俺と同じように、あいつも生きているなら。救えると思ってしまった。
「真樹、今度は救いたいんでしょ」
直接は無理でも、間接的でもいい。アリシアが成しえなかったことを、代わりにしてやれる。
「ボクはキミを応援している」
悪魔が笑った。白く透き通った肌をした手を差し出して。
「いつだってボクはキミの味方だよ」
その手を取るつもりはない。
誰も犠牲になんてするものか。そんなこと、アリシアが許さない。
「失敗したら、ボクがなかったことにしてあげる」
知っていたんだ。救う方法を。それだけはしたくなかった。
1人を犠牲にして、なかったことにして。救った気になりたくはなかった。
今度は必ず助ける。傍にいる。支える。必ずだ。
誰かに押し付けもしない。救わせてくれ。頼むから。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる