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第3話「届カヌ想イ」
7.薬の夢
しおりを挟む今日は三日に一度の検診日。と言っても、僕だけが受けている個人的なもの。担当は外部から派遣されている薬師。本来なら城に在中している衛生隊の誰かに診てもらうんだろうけど、今は彼らも忙しい。
戦況はとても荒れている。西からの侵攻、天使病患者の増加。中継地点の防衛などで城の人員はかなり削られている。見知った顔は次々と戦場に送られて、帰ってこない。
僕も戦地に行くことが多くなった。剣を握るのもやっとだった頃と比べると大きく前進した。国を、城を、彼女を守る騎士になった。
ただ、僕はどういった経緯で騎士の位を与えられたのか、知らない。この功績がいつ、どうやって築かれたのか覚えていない。自覚がない。
気がついたら立っていて、剣を握って、また気が付くと終わっている。
夢現のまま僕の時間が進んでいく。こうして城を歩いているのも、すぐに忘れてしまうのかもしれない。だって、さっきまで何をしていたのも、思い出せない。
「ユウ、最近の調子はどう?ちゃんと渡した睡眠薬は効いているかしら。顔色が良くないようだけど」
ほら、もう自分がどこを歩いてきたのか覚えていない。いや、これは単に寝不足のせいかも。
「心配してくれてありがとう。大丈夫、ちゃんと眠れてるよ」
「……あっそ」
平然と嘘をついた。目の前の少女に。
彼女が外部から招かれた薬の調合師。西の国からの亡命者。何年か前にアリシアが城に連れて来てから出入りしている15歳くらいの女の子。
何をするにも覚束なくなった僕の検診を申し出てくれたのは彼女の方だった。よっぽど頼りないらしい。
愛らしい顔を眺めていると突然、目の前に滝が生まれた。
「じゃあこれは一体何かしら。私が処方してきた薬と数がほぼ同じ。最初に渡した何日分かしか消費していないように見えるけど」
ガラガラと音を立てて、薄い木箱が目の前に積み重なる。中からも乾いた音がする。
ちゃんと隠していたはずなのに。どうして見つかったんだろう。
飲んでも意味がないそれを、彼女はいつも準備してくれて、渡してくれていた。断る理由が見つからなかった。飲むのが、怖い。
彼女にだけは、見つけられたくなかった。あぁ、また表情が曇る。
「ちゃんと言うことを聞いて。私だって、あなたを治したくて頑張ってる」
「違うんだ、これは」
強く、机を殴った。手袋のせいで籠ったような鈍い音。小さな手だ。
いつも叱られる。いつも。彼女が笑ってくれたのは、初対面の時だけだ。
「お願いだから……言うこと、聞いて」
少女は泣き崩れた。
仕方ないんだ。寝てなくても寝てるような感覚で、眠ろうとしても、怖くて。自分から目を瞑れば、二度と起きられない気がして。僕じゃなくなってしまう気がして。だから、君を悲しませるためなんかじゃないんだ。
「ごめん、泣かせるつもりなんて」
「五月蠅い!」
差し伸べた腕を力いっぱい叩き落された。僕があげた真っ赤な手袋。それがボロボロになるくらい、彼女は必死になってくれている。
「国からの要請とか、姫のためとか、どうだっていい。いいの。私はただ、ただあなたのために」
会うと、毎度こうなる。悲しませてしまう。彼女は何も悪くないのに。
どうしてこの記憶は抜け落ちないんだろうか。薬だって最初は飲んでいた。だけど、気が付いた。飲んでいるつもりだったのに、数が減っていなかった。自分の行動が把握できなくなって、怖くなって、使っていない服の下に隠した。
「ごめん、ごめんね。僕は」
「“大丈夫”なんて言葉、聞き飽きた。呆れるくらい、聞いた」
僕もだ。何度もそれで有耶無耶にしてしまう。
駄目だとわかっていても、すぐに大丈夫だと吐いてしまう。
「お願いだから、そんな顔で大丈夫なんて言わないで。お願い……」
大丈夫、ごめん。最近の僕の口癖。
それが邪魔をして、本当に言いたい言葉が出てこない。
「私は、あなたの笑顔が大好きなの」
目の前の少女は、こんなにも口が達者なのに。
僕は、助けての一言も言えない。
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