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第3話「届カヌ想イ」
6.優しさ
しおりを挟む「助けてほしいなんて、思わない」
突き放す。わかっている。真樹は本気だ。アリシアと同じ目。痛いくらいに優しい輝き。
今の私には、毒のように感じた。
「悠……」
「私をあいつと重ねないで。鬱陶しい。あんたのその感情だってきっと偽物よ。勘違い。目を覚まして」
我ながら滅茶苦茶なことを言う。無理だ。感情も、感覚も、偽物ではないと私が一番よく知っている。私がユウを通してシャラを、沙姫を悲しませたくないという気持ちが確かにあるのに。嘘をつく。
失望してほしかった。守るなんて言葉で誤魔化されるくらいなら。離れてほしい。私だって、アリシアを傷つけるつもりなんてない。
「悠、お前が今やってること。あいつと変わらないぞ」
「……!?」
どうして。どうしてそんなことを、そんな目で。
知っているから、目が離せない。否定しきれない。どんな思いでそこにいるのか。
それを見て見ぬふりをしていたから、ユウのことがこんなにも憎いのに。
「お前は間違ってる」
「なにが、どこが間違ってるのよ!あんな奴と一緒にしないで!」
「周りの人間がどれだけお前を大切に思っているか、考えてみろ。あいつは考える余裕がなくなっていっただけだ。お前は違う、考えることを放棄してるだけだ。それを逃げって言うんじゃねーのか。逃げることが後悔なんだろ、向き合ってみろ」
反論できなかった。天使病だったあいつは、守るために突き放すしかなかった。死体の道にアリシアたちが紛れ込まないように。だから、最期にあんな選択をした。
「俺だって逃げたかったさ。ユウやアリシアがひでー目に遭ってるのを見てきたんだ。お前らなんかに関わらないのが一番だった。それでも、同じことしかできなんだ。今度こそ、お前たちを幸せにできるって思ってる。アリシアには、できなかったからな」
正反対だ。間違った選択をしないために否定する私と、救えなかったからこそもう一度掴もうとする真樹。眩しいくらいだ。
どうして私を見てくれる。ユウのことだけ見ていてくれれば、まだ恨むことができて、嫌えた。他人事にして、無視をして。
違う、この男は今の私たちのことを守ろうとしてくれている。迷惑なのに、やり直そうとして必死の彼をこれ以上否定できない。
違う結末を望むのは同じはずなのに、同じじゃない。卑怯だ。
「そんなの押し付けよ」
「押しつけでもなんでもいい。受け入れろ。他人からの感情なんてそんなもんだ」
触れそうな距離まで接近していた顔が離れる。見えた口元は緩く、笑っていた。
押し堪えていた息を吐いた。苦しい。整える。目が熱くなった気がした。気がしただけであってほしい。あえて触れて確認しない。
こんな感情、許せない。優しさで苦しいなんて。それを押し付ける犯人は、気を遣っているのか背を向けている。
「お前を助けると思って、一つ教えてやる」
真樹は振り返らずに続けた。
「あの夢は前世に関りがあった人物と関係する存在に出会った時、関連した記憶を思い出しやすい。夢っていうのは俺たちが起きた時に覚えてる何倍も見てるらしいが、思い出せるのはほんの一部。全部記憶するなんてほぼ無理だ。だがそれが干渉され、記憶に変わった時、鮮明になる。それが今起きてる俺たちが語る夢の記憶だ。実はな、俺と利紅はガキの頃面識がなかった。初めて会った時から生意気なクソガキだったが、俺と会っちまったことで揺さぶられて、思いつめた顔をするようになっていった。夢に囚われていったんだ」
それが最初の失敗だった。真樹は小さく呟いた。
「俺もそん時色々ヤバくてな。フォローなんてできなかった。出会えば連鎖的に思い出す。夢の話題なんて出してなくてもな。あのご時世いい思い出だけじゃねー。大切な誰かを失ったとか、利紅みたいな例があった。……誤解がないように言っとくが、俺はあいつの苦しみを軽んじてたわけじゃねーぞ?ストレスを受け止めるだけのサンドバッグにしかなれなかったのは本当に情けねーけど」
昼間のことを思い出す。比喩ではなく、本当にサンドバッグをやっていたのかと思うと、それはそれでいかがなものかと思えてきた。しかし、そんな受け皿がいてくれたからこそ、私たちと出会うまで利紅は耐えられたのかもしれない。
「そんなあいつを見てきた俺が言うんだ。悠、お前の方が重傷だ。他に二人も、同じように思ってるぞ、多分」
「そ、そうかしら」
「じゃなきゃべらべら思い出話でもするだろうさ」
あの二人も、ユウの記憶が良いものではないと知っている。真樹はそう言っているのだろう。だからこそ、紅衣騎士という存在を隠した。まだ知るべきではない、思い出さないならその方がいい。
それを思い出すことで私が深淵に沈むとわかっている。守ってくれた。
「……みんな、優しいのね。私に」
「それだけユウが愛されていて、別にお前のことも気に入ってるからだろうな」
「ユウだけじゃないの?私、あいつと全然違うわよ」
「確かに、ユウとは全然違うな。特にそのキリっとした目とかな」
茶化すように上着を翻し、こちらと対面する。
「他にも良い所があるぞ。例えば服の良さを引き立たせるような高校生徒は思えない抜群のプロポーション!イチオシは胸から腰にかけての芸術点が高すぎる曲線が」
「真面目な話をしなさい?」
「お、おおぉ……」
惜しい。もう少しで拳が顔面にめり込んだのに。
「と、とにかく。ユウと自分が違うていうなら、助けを求めろ。周りの優しさを受け止めろ。あいつに一番できなかったこと、全部してみろって」
「……わかった」
「素直でよろしい」
そう言って頭に伸ばしてきた真樹の手を叩き落す。いてー、といたずらっぽくぼやきながら、ズボンのポケットから見覚えのあるものを取り出した。
「これって」
「返すわ、ってぇ!?」
鈍い音が響く。なるほど、拳で殴るとこちらにもダメージがある。今度、利紅に教わろう。
「いてぇ!ただ純粋な暴力行為があったぞ!?」
「人が意識を失っている間に盗みを働いた相手には当然の報いだと思うわ」
「わ、悪かったって!だから次どう殴るか考えながら構えるのはやめろ!?」
キーホルダーなどの飾り気が全くないシンプルな携帯電話。軽く放り投げられたそれをキャッチした頃には、真樹は遠くに走って逃げていた。
何をされたのかとチェックすると、新規連絡先の登録画面に「坂本真樹」の名前があった。
「何かあったらすぐに呼べ―!一番に駆けつけてやっからー」
叫びながら真樹は街灯の明かりの外へ消えて行った。
足に力を入れる。もう立てる。震えなどなかった。すっかりどこかへ行ってしまった。
不安はなかった。手に残る冷たさも、携帯電話の無機質なもの。そんなことでも安心できてしまうというのに、人の優しさなんて触れて、平気だろうか。
「ユウに、できなかったこと―――」
愛されていた。求められていた。それを全て無視したユウが許せなかった。それを否定するだけだった。
隠されていることに苛立っていた。それが優しさだと知った今、否定して前に進めばあいつと同じ。受け入れて立ち止まれば、真実は明らかにならない。
ならば助けてもらえばいい。思い出しても、支えてもらえばいい。真樹はそれを教えてくれた。それに習おう。ユウとは違うと、言い張るために。
明日、利紅と話そう。真樹とのこと、紅衣騎士のこと。沙姫は、優しすぎてきっと答えてくれない。問題は、利紅とは連絡先の交換をしていないということ。
昼休みにでも、沙姫をクラスメイトに押し付けて会いに行こう。
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