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第4話「憧レノ記憶」
4.あの子
しおりを挟む気付けば昼食時だった。朝からの約束の場所へ速足で向かう。
思えば男の子とお昼の約束をするなんて、初めてかもしれない。もっとも、甘酸っぱいなにかがあるような関係ではないけれど。
芸術的に美しいデザインがされた図書館。調べてみたけど、この辺では有名な建造物らしい。文化財にもなっているとか。なるほど納得。地震が来たら怖いけどね。
一望できる校舎別館の食堂テラス。そこそこ人も集まる場所で待ち合わせの席に着く。すでに座っていた彼は、優しく出迎えてくれた。
「私、嫌われてたみたい」
一瞬で顔を曇らせてしまった。ずっと言いたくて我慢してた。ごめんね。
急な私の愚痴に「まぁ、食べながらお聞きします」と後輩くんはお弁当を取り出した。可愛いお弁当と量産品のパン。少し羨ましい。
ガサガサと音を立ててとりあえず一個、完食。
「シャラって良い子だけど、実子じゃないっていうのと目の病気のせいでお父様との関係が悪かったのは本当なんだよねぇ。それが理由で、とりあえず嫌いっていう人多かったの」
アメリの記憶を見ている後輩くんは驚かなかった。あの城でもごく一部の人間しか知らない事実。シャラの秘密。ちょっと気が楽。
それに、彼との会話は探り合う必要がない。間違えずに済む。
「確かに城の人間全員がシャラさんに好意的だったかと聞かれれば違いました。でも、それは彼女を知らない人たちが勝手な事を言っていただけですよ」
「アメリもたまに怒ってくれてたよね」
「たまにというか、シャラさんに隠れて結構制裁してましたよ実は」
悪戯っぽく笑う。うん、彼ならやりかねない。大人になってからの彼の顔は知らないけれど、きっと今の後輩くんみたいに微笑みながら相手の悲鳴でも聞いてたんだろうね。怒ると怖いってアリシアも言ってた。
見えてた頃はよく三人で一緒にいた。勉強をサボるアメリ、親友のアリシア。二人ともいつも守ってくれていた。たまにやりすぎてファウストおじいちゃんに怒られてた。一緒に怒られながら勉強して、シャラは自分の道を見つけた。お飾り以外の道を。
「視力を失ってからの彼女を見て、哀れむ人はいました。しかし、努力してる姿を知ってる人も多かった。アメリも僕も、尊敬していました」
「……りっくんは優しいね」
わざと二つ目のパンを開けながら呟いた。ちょっと照れ臭かったから。
ちらりと視線を向けると彼はおかずを箸で掴むのに苦戦していた。なるほど、これは聞こえてない。多分、彼も尊敬していたって言葉を使ったのが恥ずかしかったんだ。
煮豆を処理したのを確認して、私も口の中身を飲み込んだ。
「んー、でもやっぱりわかんないなぁ。見えなくなってから会った人ってほんとわかんないもんだね。新しく関わった人の方が多いから絞り切れないよ」
「誰のことですか?」
「今朝、悠を攫って行った女の子。ここの中等部の制服着てたし、悠のこと“先輩”って呼んでた」
中等部、先輩。その二言に彼は反応した。
もしかして、と彼はお弁当を入れてきたサブバッグから使い古された手帳を取り出し、何枚か写真を広げた。妹ちゃんと写っているのが多い。その中で妹ちゃんが同級生くらいの女の子と一緒に写ってる一枚があった。
「こんな子でしたか?」
「そう、この子!なんで写真撮ってるのー!?」
「彼女、朱里の親友なんです。学校や遊びに行ってる先で体調を崩したりした時のために、連絡先も交換しているんです」
そう言って角度を変えてくれる。表情は違うけど、どこからどう見ても今朝の子だった。
「名前は叶森るいさん。中等部の3年です」
「んー」
顔を確認しても、名前を聞いてもピンと来ない。秋山沙姫として彼女に会ったことがあるのかも、と可能性は考えていたけど、やっぱり違う。それに、シャラも知らない。
「やっぱわかんない……」
「難しいでしょうね。少なくともるいさんと夢の中の彼女は外見が結構違いますから。シャラさんに会ったのも視力を失ってからです。無理もありません」
「見ても気付かないんじゃなくて、知らなかったってことかぁ」
アメリとアリシアはすぐにわかった。年齢も性別も違ったけど、長年の付き合いがあったし。でも、なるほど。やっぱり仕方ない。
目が見えなくなってから夢が終わるまで。期間は短くないけど、その間に会った人間で私が姿で認識できないような人間には限りがある。だって、姿さえはっきり見えていれば、わかったかもしれない相手、ということだから。
後輩くんは結構気を遣ってくれている。そんな彼が外見で話をした。それってつまり、外見が印象的で、シャラも忘れるはずがないほどの関係だってこと。少なくとも直接話したことがある人間。それでいて、悠。ユウとも親しい人間は―――
「ルイティア。西の国との国境近くで保護された亡命者です」
……あぁ。なるほど。嫌われてるわけだ。
「心当たりがあるんですか?」
「大ありだよ。うん、すっごく嫌われてる」
『あんたの、あんたのせいで!』
劈くような、悲鳴にも似た叫び。いつも小言や恨み言を言われていたけど、ルイティアを一番怒らせたのは多分あの時。
「そっかぁ。あの子、ルイティアなんだ」
「悠さんも気が付かないかもしれませんね。紅衣騎士のことを、知らないなら」
「あ、そうだね。覚えてないかも……」
ルイティアはユウが初任務で功績をあげて少し後。“紅衣騎士”という騎士の位を与えるよりも前。アリシアが偵察部隊との合同遠征地で保護した少女。
話で聞いただけだけど、薬物研究の進んだ西の国、有名な学者の施設で保護したとか。火傷、裂傷、外傷が目立つ女の子だって。アリシア以外に心を開かなかったけど、ユウのことはとても気にかけていた。好きだった。そんなこと言ったらまた怒られるだろうけど。
「彼女は献身的にユウさんの症状と向き合っていました。彼の様子が変わって、忙しくなってしまったからなのか。アリシアは距離を置きがちでした。その代わりではないですが、まるで埋め合わせるようにルイティアが傍にいてくれた印象があります」
ルイティアはアリシアとユウ以外に心を開かなかった。
最初はアリシアの部下として衛生兵として所属していたけど、毒物に詳しかった彼女は薬学の才能を評価されて城で薬師として調合室に籠りっきりなことがほとんどだった。
西の国は鉱物の国。森の国と比べて鉱物発掘の有毒ガスの発生、環境汚染が酷くて、それが戦争のきっかけになっていたり。その中で生きてきた彼女の知識はとても助けになった。シャラも解毒剤や研究結果の内容が珍しくて毎度驚いてっけ。
その中には天使病の症状に効果があるかもしれない薬の報告もあった。あれはきっと、ユウの様子から研究していた結果。とても心配性で、強かで、優しい女の子だと思った。
今朝の顔を思い出す。ルイティアもあんな風に怒ってたのかな。覚えてるのに、思い出せないのがなんだか寂しい。私の夢って、そんなのばっかり。
パンを咥えながらの私に「大丈夫ですか」と声をかけてくれる。うん、平気。慣れっこだよ。
「ユウさんがああなってから、アメリも城を離れての行動が増えました。ルイティアと話したことも殆どありませんでしたし、あまり好意的に思われていなかったでしょうね。だから、るいさんから声をかけられた時は驚きました」
「るいちゃんから声を?なんて」
「先輩に、関わらないでって」
話題を元に戻してくれた。そうだ、今はルイティアじゃない。あの子の話。
「詳細は話してもらえませんでした。ただ、思い出させないで、夢のことを掘り下げさせないで、と。だから、初めて沙姫さんたちと会った時びっくりしちゃって。出会ってしまったと」
後輩くんと初めて会った日。悠が階段から落ちそうになった彼を助けた。あの時は確かにびっくりしたけど、なるほど。後輩くんは元々悠を知ってたんだ。それもあって拒絶して、急いでた。
「るいさんとの約束は守れませんでした。落とし物のこともありましたし。きっと僕も会えば怒鳴られます」
ポケットから綺麗な音と一緒に出てきた鈴と帯。本当に音がよく似てる。そんなことありえなかっただろうけど、事情を知っていたとしても私は同じ行動をして彼の手元にそれを返したと思う。それだけアメリも大切にしてた。
それにしても、どうしてあの子はそこまで悠のことを気にかけていたんだろう。悠は夢のことをあまりよく思っていない。何も知らないだろう後輩にそんな話はしない。ルイティアなら気付ける症状がすでにあった……?
悠は覚えていない夢が多い。多いっていうのは年数じゃなくて厚みというか。“紅衣騎士”という名前はそれだけユウの人生を占めてる。影響してる。その存在無しに彼のことは語れない。あの夢を見て、ユウを知ってる人間よりも“紅衣騎士”の彼を知ってる人の方が断然多い。そう断言できるほど。
それを、悠は知らない。そんなこと、ありえない。あの子はそれに気が付いていた。
「るいちゃんは、悠の記憶が断片的だってことを知ってた。多分、りっくんに忠告するよりも前から」
「そうだと思います。彼女とは結構昔からの知り合いですが、中等部に上がってしばらくして様子が変わって。その頃悠さんと出会ったんでしょうね。それからまたしばらくして、悠さんの話をされました。きっと探っていたんでしょうね。彼女が、ユウさんを知らないこと」
紅衣騎士。それを知らないってことは、きっとルイティアのことも覚えてない。一番辛かった時、一番近くにいたのはルイティアだった。
自分のことを覚えてないって知った時、悲しんだのかな。辛い記憶を忘れてるって知った時、安心したのかな。同じ立場になって考えようとすると、流石に胸が苦しい。
忘れられるって幸せな事だろうけど、とても悲しいことだ。少なくとも、ユウにとっては。彼は忘れたがってたけど、覚えてほしがってた。強く求めることを、自分が放棄してるなんて。私も必死に隠すと思う。あの子はそれを選んだ。
パチ、と箸を置く音が聞こえた。綺麗に揃えられた箸。現実の物を見て、気持ちが帰ってくる。
「……知ってたんだろうね。自分のこと、覚えてくれてないって。思い出させちゃいけないって」
「そうでしょうね。ルイティアのことをどう捉えているかはわかりませんが、ショックだったとは思います。それでも、彼女は悠さんの記憶を守ることを選んだ。天使病だったことを思い出させないのが一番だと、るいさんは知っていたんですね」
夢を見る人物に出会うことで、より深く夢を見るようになる。これは本当のこと。
実際、悠は私や後輩君たちと出会って夢に引きずり込まれて行ってる。最近出会ったばかりでもわかるくらいに。
そして夢を追ってしまうことで思い出してしまう。ユウのことを。その最期を。悠は知らないって言ってた。後輩くんも知らない。私だけが覚えてる最期。ルイティアだって知らないはず。だけどあの子が守ってくれてたから、今日も悠は悠でいられた。それくらい、ユウの記憶は危険。
「真樹は余計なことをしてくれましたね」
後輩くんがぽつりと呟いた。
「るいさんとあいつは親同士も知り合いなんです。院長と薬剤師。僕よりも彼女との関係は深かったはずで、もちろん真っ先に忠告もされていたはずなのに。……わざとなんですかね。思い出させて、苦しめて、それでも救いたいって」
アリシアはそんなことしない。きっと、彼だって同じ。
「うっかりだと思うな。多分それだけ、悠が辛そうに見えたのかも」
私だって夢を見てる人と会ったことはほとんどない。悠の様子だって全部把握できてたわけじゃない。それでもあの人は声をかけた。関わっちゃいけないってわかってたのに。手を伸ばす勇気があった。それは絶対に、悪意なんかじゃない。そう信じたい。
もしかすると、私が転校してくるずっと前から、知っていたのかもしれない。アリシアの性格を考えればその可能性もある。彼女は勢いがあるように見えて、勢いだけが独り歩きして本当は臆病だった。空元気なことも多かった。だから、ユウといるのが辛かった。見えているのが、苦痛だった。
逃げたなんて言いたくない。傍にいなかったのは本当だけど、ルイティアに押し付けたって言われるかもしれないけど、アリシアの苦しみ、少しはわかる。あの人はそれを変えたかったのかもしれない。今度こそ支えるために。
そうして欲しい。もう放置できない。きっかけなんてなくても、時間の問題だったと思う。
「悠は、多分もうかなり危ない。るいちゃんが持ってた昔の写真を見てわかった。あの子も気付いてる。悠は、わかんないみたいだけど」
くしゃくしゃに丸められた写真。落ちていたのを拾った。髪を束ねて小さな花束を片手に笑ってる悠。私の知らない顔だった。印象的な部分が、圧倒的に違った。一目で、すぐにわかった。
ユウと同じになってしまう。そう思った。彼の最期が過ぎってしまった。シャラの世界で最後に見た色の景色。真っ赤な色。悠もそれに染まっていた。
「……電話してみる。どうなったかいい加減気になっちゃうし」
とっくに空っぽになった袋を握りつぶしてポケットに手を突っ込んだ。取り出そうとした携帯が震えてる。鈍い振動。悠からだった。
「悠?」
いつもはメールでやり取りをするから、てっきり今日もそうだと思ってた。だからポケットに入れて待ってた。電話なんて初めてかかって来た。
待っても声が返ってこない。嫌な予感。
「……悠、どうかした?」
「…………」
「ねぇ、今どこ?」
すすり泣くような声が聞こえた。悠のじゃない。
「……っちゃった」
ようやく言葉で聞こえた。だけど遠い。
振り絞るように、泣くのを堪えて押し出した言葉が届いた。
「どうしよう。先輩、いなくなっちゃった」
初めて聞く、弱弱しいあの子の声だった。
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