ロストパートナーズ

篠宮璃紅

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第4話「憧レノ記憶」

6.救い

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夕日が眩しく辺りを照らす。痛いくらいに視界を埋め尽くす。

丘の上から見る景色は美しかった。疎らな屋根の家々、向こう側の海。幻想的だった。何時間も歩き疲れた足が動かないのはこの景色に心を囚われているせいだろうか。


「どうだい、再会してみたわけだけど」


雑音が聞こえた。耳元を飛ぶ羽虫よりも鬱陶しい。耳障りでしかない。


「久しぶり。二度と顔を見なくて済むと思っていたのに」

「はは、ご挨拶だね。彼のことを教えてあげたのはボクなのにさ」


美しい景色の後のこの男の手本のような笑みは残酷なほど気味が悪い。会話して気分を害さなかったことがない。
幽霊のように現れるこの男。ゆらゆらと近づいてくる。


「感謝はしてあげるけど、これ以上お前の干渉は認めない」


牽制する。足が止まった。無駄だとわかっていながらも隠し持っていたナイフを握っていた手が緩む。警戒は怠らない。手は離さない。

男は数年前、突然声をかけてきた。旧知の仲のように、並走してきっかけもなく。うっかり殺してしまいかねないと思った。まぁ、殺しても死なない男だけど。だから、余計に殺意が抑えられない。

にやにやと笑う顔が気持ち悪い。見透かすような態度が気に食わない。今の状況も相まってか、怒りに狂いそうだ。


「ボクは救いたいだけさ。キミと同じだよ」


違う。私とお前が同じはずがない。吐き気がする。口を閉じろ。消えろ。


「キミたちはボクの被害者だ。責任を取らせてよ」


救い、責任。羽根のように軽い言葉を並べ立てる。お前にそんな感情はない。知っている。


「そんな風に思ってはいないでしょ。責任なんて、お前の態度からしたら真逆の言葉。お前はただ、終わらせたいだけよ」


口角が上がる。見た目だけの微笑み。中身なんてありはしない。言葉だけで会話してるつもりの人間もどき。

今はお前に関わってる暇はない。常にないが、今は特に。


「邪魔をしないで。今忙しいの」

「悠のことでしょ。知ってるよ」

「……なんで」


どうして。私が知らないのに、お前が悠を知っているの。

許せない、腹立たしい。全てを見透かして、知り得てるように振る舞う態度が気に食わない。


「探しているんだろう。キミは土地勘がないじゃないか。ボクはほら、一応地元だし」

「馬鹿にしてる?」

「してないよ。事実だ」


近づいてくる。来るな、来るな。背中を見てみると息をのむほどの光景が広がっていて、柵に止められる。その隙に男が髪に触れた。まだ見慣れない色のおかげでそこまで自分を侵された感覚はなかった。


「キミたちは運命の再会を果たした。キミはボクに恩義がある。一日くれないかい?」


キザったらしく、髪に口づけをする。残念だ。手元にあるナイフじゃこの首は落とせない。髪を切るのが精々だ。

運命の再会。それはこの男が用意した舞台。数年前のあの日、私の探し求める相手がこの町にいると教えてくれた。ここ数日のことは、この男が見せてくれた未来。認めたくない現実だ。夢じゃない。


「一日だけでいい。それでキミたちを救えるかもしれない」

「お前の望みは悠を傷つけることになる」

「彼女はもう傷だらけさ。いつ崩壊してもおかしくない。もう壊れ始めている。キミもわかるだろう?この現代に、天使病なんてあっちゃいけない」


赤い瞳が光った。この世界で、世に存在したどの瞳よりも深く、透き通った赤。あってはいけない輝き。

知っている。そんなもの存在してはいけない。夢の中に留めて、持ち出すべきではない。だから悠を救わなくては。手遅れになる前に。


「ボクはこの時のためにキミたちを巡り合わせた。キミたちはボクの被害者で、ボクはキミたちの運命だ。でもキミじゃだめだ。彼女に選んでもらわなきゃ。選んでくれるかは彼女に任せるけど」

「―――嫌な奴」

「ふふ、よく言われる」


指先から髪がするすると流れ落ちていく。キミじゃないと、伝わってくる。

そう、悠は私を選ばない。選べるはずがない。こんなことのために、彼女の手も汚したくない。それでも、助けられるならこの身を捧げる覚悟はできでいる。

でも、望み薄だ。この男を消耗した方が可能性はある。望みを叶えてやるのは癪でしかないが、もう考え直している時間がない。


「どうせキミには何もできない。今度こそ支えてあげる?抱きしめてあげる?1人じゃないって言ってあげる?」


本当に耳障りだ。黙れ。


「キミと彼女。やっぱり同じだね」


―――同じ。やっぱり同じ。変わってない。

そんなことはない。行動した。できることをした。勇気があるふりができるようになっただけでも違う。あの頃とは、違う。

がむしゃらになれる。走っても前が見える。だから、今度は救えるはず。

だけど、この男の言う通り。選ぶのは私じゃない。難しいかもしれない。簡単かもしれない。失敗するかもしれない。

私には、選択の余地はない。


「一日だけよ」

「流石。頭が良くて助かるよ」

「それ以上は待たない。それに、何かあればお前を殺す」

「ふふ、それはそれでやり直せるからいいじゃないか。共犯になってよ。何度だってやり直せばいい」


失敗すれば、リセットボタンを押せばいい。やり直す。そのやり直しの先は今とは違うかもしれないけど。歪みきった世界かもしれないけど。諦めはしない。逃げ出さない。

そうか。悠が正しい選択をするまでやり直せばいい。そのためなら何度だってこいつを殺す。簡単な話だった。


「今度こそ、絶対に……助けるって決めたんだから」


あんな最期を迎えないように。忘れないように。そのためにここにいる。

男は天使のような微笑みだった。何もかも委ねてしまえそうな、包み込むような。これは悪魔との契約なのに。後戻りできない、命を懸けた契約なのに。



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