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異世界に行っても動じない
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≪現世・学校≫
村田翔は此の凡庸な世界に退屈していた。
平凡な世界を淡々と受け流していた。
村田翔は読書家である。
今もライトノベルを読んでいる。
翔がクラスの馬鹿騒ぎから距離を置き読書にいそしんでいると、クラスの馬鹿が翔の話をする。
「ショウって何時も一人で本読んでるよな」
まったく、馬鹿は本を独りで読むものだと知らないのか。
それに、構ってほしいのが見え見えだ。
最初に気付いたのは、やはり翔だった。
窓の外に巨大なブラックホールが現れた。
翔の様子を見て他のクラスメイトも異変に気付く。
「あれなんだよ。ヤバくね」
クラスが騒然となる。
次の瞬間、全てが吸い込まれた。
≪異世界・森林≫
翔は森の中にいた。
「状況把握を開始するか」
翔は面倒に思いながらも、周囲の捜索を始めた。
ガサッ!
茂みの中から生物が飛び出してきた。
それは地球には生息していない種だった。
「ここは異世界か」
翔は出現したモンスターを見て確信した。
翔の視界に薄い文字が重なる。
意識を集中すると、文字が明瞭になった。
≪スライム・Lv1・HP1・MP1・攻撃力1・守備力1・知力1≫
こいつ、スライムか。
ゲームに登場するスライムはデフォルメされているから愛嬌が有るが、現実だと中々グロテスクだ。
翔は他にも薄い文字を見つけた。
意識を集中させる。
≪ムラタショウ・人間・Lv1・HP16・MP17・攻撃力9・守備力11・知力33・≫
これは俺のステータスか。
スライムが翔に襲いかかる。
攻撃力1と攻撃力9か。余裕だな。
翔はスライムを蹴り飛ばす。
スライムは形を崩し、息絶えた。
≪ムラタショウはスライムを倒した。経験値を3獲得した。ムラタショウのLvが上昇した。ムラタショウはLv2に成った。
ムラタショウ・人間・Lv2・HP27・MP28・攻撃力17・守備力20・知力42≫
モンスターを倒すと経験値を獲得し、一定以上蓄積するとLvが上昇する。
予想通りだな。
翔は異常事態にも動揺しない。
翔は木の影から此方を窺う気配を感じた。
「誰だ」
飽く迄も冷静さを保ちながら気配に問う。
「助けてください、勇者さま…」
木の影から出てきたのは傷だらけの少女だった。
白い髪をして、ウサギの様な耳が頭部に有る。
赤い目は脅え、縋るような声で話しかけてきた。
≪ラビットヒューム・Lv1・HP2・MP1・攻撃力3・守備力3・知力3・≫
ラビットヒュームは崩れ落ちる。
翔はラビットヒュームの身体を支える。
「話してみろ。聞くだけ聞いてやる」
ラビットヒュームは翔の腕を掴み、潤ませた眼で翔を見上げて話し出す。
「わたし達の村にワーウルフが攻めて来たんです。わたしは何とか村を脱出できたんですが、他の仲間たちは……。お願いです、わたし達を助けてください!」
面倒な事に巻き込まれた。
「お前、名前は何と言う」
翔に聞かれるとラビットヒュームは顔を赤らめて返事をする。
「マリーです」
マリーは翔の顔を見詰める。翔の名前を知りたいのだろう。翔はそれに気付く。
「俺の名前は村田翔だ」
「ムラタショウ様、どうかマリーに御慈悲を」
「翔で良い。フルネームで呼ぶな」
「ショウ様、どうか、どうか」
「良いだろう、俺が助けてやる」
全くもって面倒だ。
だが、以前いた退屈な世界よりは未だマシだ。
翔とマリーは歩き出す。
「ところで、俺の事を勇者と呼んだが、どういう理由だ」
翔は情報確認を怠らない。
「伝説が有るんです。森の中に勇者が現れて、ラビットヒュームを御救いくださると」
何だ?その伝説は。大体、何故俺が其の勇者だと判別出来る?
「何から救うというのだ?ラビットヒュームは脆弱な種族だから、ワーウルフに蹂躙され続けている、それを全て勇者が解決すると言う伝承か?」
翔は推理を披露する。
「そうです!そんなに賢いだなんて、やっぱりショウ様は勇者なんですね!」
マリーは嬉しそうに耳を動かす。
面倒は嫌いだったが、年端も行かぬマリーが傷だらけな現状を捨て置く事など翔には許し難い事案だった。
「勇者はどのような手法でラビットヒュームを救うと伝承されている?マリーの知っている情報を関連性の高いものから説明しろ」
翔の言葉通りに情報を整理するマリーは重要な事を思い出す。
「すっかり忘れていました!ショウ様に御渡しする物が有ったんです!」
マリーはスラッとした腰に括り付けた袋から腕輪を取り出す。
「これはラビットヒュームに代々伝わる勇者の腕輪です。選ばれし勇者だけが、この腕輪を装着できるといいます」
マリーは腕輪を翔に差し出す。
翔は腕輪を受け取り、躊躇う事無く装着する。
翔に反応し、腕輪は唸りを上げる。
しばらくすると腕輪は沈黙した。
翔はステータスを確認する。
≪ムラタショウ・人間・Lv2・HP27・MP28・攻撃力17・守備力20・知力42・装備・勇者の腕輪≫
ふむ、ステータスは変化せず、か。
しかし、此の腕輪が勇者の腕輪だと言う事は厳然たる事実だと捉えて問題なかろう。
翔は更に腕輪に意識を集中させる。
≪勇者の腕輪・選ばれし真の勇者にのみ装着が許された伝説の武具。HPの回復を無制限に行える。ただし、回復の度合いは使用者の修練に比例する≫
HP回復か、かなり使えるな。
回数が無制限だと言う事実も翔は見逃さない。
ワーウルフとの戦闘が開始する前に効果の程を確認しておくか。
翔に油断は存在しない。
「マリー、止まれ。今からお前の傷を回復させる」
俺が本物の勇者か否か、確認するか。
翔は意外にも気を昂らせていた。
元いた世界の下らない人間の評価など一度も気にした事など無い。
だが、此の世界で揺るぎ無い精度を持って村田翔と言う存在を試す事には一定の価値が有る。
翔はマリーに腕輪をした方の手をかざす。
意識を集中させる。
翔の腕輪が輝き出し、其処から派生した光がマリーを癒す。
翔は意識の集中を解除せずにマリーの傷を次々と回復させる。
「こんなものか」
翔は一息つく。
マリーの傷は完治していた。
マリーはブルブルと震えている。
「どうした?まだどこか痛むのか?」
マリーは翔に抱きつく。
「すごいです!やっぱりショウ様は勇者です!こんなに凄い御方に初めて会いました!」
マリーは翔の顔をペロペロと舐める。
「おい馬鹿!離せ!」
マリーは有る意味図々しかった。
元いた世界にも翔に好意を寄せる女は数多くいたが、その大半が自信を持てずに遠くから翔を見ているだけだった。
抱きつくどころか、顔を舐めるなど、それらの女にとっては夢のまた夢である。
翔とマリーは村に向かって歩く。
マリーは翔の腕に抱きついたまま歩いている。
平均より遥かに大きなマリーの胸に翔の腕は挟まれていた。
勇者の腕輪よりも違和感が有る。
まあいい、今はそれどころでは無いのだ。
≪ラビットヒュームの村≫
ラビットヒュームの村に着いた。
傷だらけのラビットヒュームが沢山いる。
ワーウルフは立ち去った後なのか?
歩いているラビットヒュームの男に声をかける。
「おい、状況を簡潔に説明しろ」
「ひっ」
ラビットヒュームの男は翔を見て怯える。
それもそのはず、ラビットヒュームは青年期の男も140cm前後の身長なのだ。
155cmの翔の巨躯に圧倒されている。
「落ち着け。俺は翔。お前たちを救いに来た。敵では無い」
「あの、ワーウルフが我等の村に襲撃してきて、えと、えと」
「それは知っている。他の情報を寄こせ」
翔の存在感にラビットヒュームの男はガタガタと恐怖する。
翔は勇者の腕輪を使う。
ラビットヒュームの男の傷が迅速に回復する。
「こ、これは?」
「勇者の腕輪です!ショウ様は選ばれし勇者なのです!」
マリーが説明した。
「負傷者を全員集めろ!回復してやる!」
翔は堂々たる宣言をした。
「ショウ様……」
マリーは涙ぐむ。
やはり翔は選ばれし偉大なる勇者だったのだ。
伝説を超えた伝説を翔は築き上げ始めた。
マリーは歴史の生き証人なのだ。
集められた負傷者は翔の力により全員が回復された。
「私は此の村の村長です。ラビットヒュームを代表して偉大なる勇者ショウ様に厚く御礼申し上げたく存じます」
村長は深々と翔に頭を下げる。
そして他のラビットヒュームも翔に頭を下げる。
「僅かばかりでも此の御恩を返せたら良いのですが、ワーウルフに食糧を奪われたばかりでして……」
「ワーウルフの村は何処に有る。案内出来るか」
翔の発言にラビットヒュームは騒然とする。
「ショウ様、まさか我々の為に……?」
「勘違いするな。俺は生意気なワーウルフに身の程を教え込んでやるだけだ」
マリーは翔を尊敬の眼差しで見詰める。
完全にウットリしていた。
世界に選ばれた偉大なる勇者、翔。
翔と、暴虐の限りを尽くすワーウルフとの激烈なる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
≪森林≫
翔とマリーは森の中を疾走していた。
「こんなに急いで向かう必要が有るんですか?」
翔の疾走力に内心驚きながらも、マリーは急ぐ理由を聞く。
「疾き事風の如く、だ」
翔は風林火山を引用する。
「????」
マリーは翔の言葉を理解できなかった。
「戦闘に関しては速度が重要な意味を持つ。遅くなるほど奪われた物を奪い返す事が面倒になる。こうしている間にも食料をワーウルフが消費しているんだ」
風林火山とは孫子が提唱した兵法の真髄である。
翔は生まれながらに兵法を習得していた。
「ショウ様すごいです!!」
マリーは完全には翔の解説を理解できなかったが、充分学ぶところを感じた。
≪ワーウルフの村≫
「見えたぞ!ワーウルフの村だ!」
翔は大きくジャンプする。マリーはその姿にウットリしていた。
「撃滅!!」
翔は一体のワーウルフを殴り飛ばした。
「ぐはぁっ」
殴られたワーウルフは地面に転がる。
「さあ、ショウ・タイム(俺の時間)の始まりだ」
翔は大勢のワーウルフを前にしても一歩も引かない。
「なななななんだ、あの男は」
「いったい誰なんだ」
大勢のワーウルフの方が翔に呑まれていた。
たった一人の翔が、その場を完全に支配していた。
「なんで俺達の村を襲うんだ?」
「帰ってくれよ」
ワーウルフは本能的に翔との戦いを避けようとしていた。
「ふざけるな!お前達がラビットヒュームの村から食糧を強奪した事が発端だろうが!」
翔はワーウルフを叱責した。
「あんたはラビットヒュームじゃないだろ」
「そうだそうだ!」
「関係ない奴は引っこんでろ」
負け犬の遠吠えが響く。
「関係無いな」
翔が言った。
「ほらみろ!関係ないじゃないか!」
ワーウルフは嬉しそうに叫ぶ。
「それが関係無いと言っている!」
翔の雄叫びが響く。
「お前らに取っての関係の有無が俺には関係無いと言っている。俺が何処で何をするかは他ならぬ俺自身が決める!」
翔の揺るぎ無い決意と圧倒的な気迫で正常な判断力を失ったワーウルフは混乱して翔に襲いかかる。
「やっちまえ!相手は一人なんだ!」
「うおおお」
ワーウルフの一斉攻撃にも翔は冷静さを失わずに一体ずつ対処していく。
ワーウルフのほとんどが負傷するか戦意を喪失していた。
「こんなものか?」
翔は未だ余力を残していた。
ペース配分も厳格に行う戦闘の達人だった。
「すごい、、、すごすぎる、、、、、」
マリーは全身が震えるのを感じた。
翔は底知れぬ力を秘めている。
その片鱗を垣間見ているのだ。
「アタイと勝負しな!」
女の声が聞こえた。
奥からワーウルフの女が姿を見せる。
「ボス」
「ボスだ」
ワーウルフ達の表情に希望が灯る。
ボスと呼ばれた女ワーウルフは胸の開けた服を着ているが、大きな胸は張り裂けそうだった。
栗色の頭髪に狼の耳が付いている。
栗色の尻尾がスリットスカートから覗く。
「一騎打ちだ」
ワーウルフのボスが提案する。
「面白い、受けて立とう」
逃げる翔では無い。
「アタイはユリア!アンタは!?」
「俺は翔」
「行くよ!ショウ!」
ユリアが翔に襲いかかる。
翔はユリアの攻撃を回避。回避。回避。
「ハアッ、ハアッ、どうなってんだい、ちっともあたりゃしない」
ユリアの攻撃はことごとく回避されていた。
「すげえ、ボスの攻撃を全部かわしちまうなんて」
「あんな奴がいたのか」
ワーウルフは翔のズバ抜けた戦闘センスに度肝を抜かれた。
「うわあああっ!!!」
ユリアは捨て身の攻撃を仕掛ける。
「ううっ」
ユリアの攻撃は回避され、ユリアの顔に翔の拳が寸止めされた。
「勝負有り、だな」
翔は拳を収める。
「そ、そんな」
「ボスが負けるなんて」
「しかも一撃も攻撃を受けずに」
「それだけじゃない、一撃も攻撃せずに勝っちまった」
「おれたちワーウルフの完敗だな」
ワーウルフは自分たちが翔に完全敗北した事実を悟る。
「どうしてアタイにトドメをささないんだい!」
ユリアは涙目で翔に問う。
「そんなの俺の勝手だろ。それと、これに懲りたらラビットヒュームに手出しするなよ」
翔は背を向け歩きだす。
「待ちなっ!」
ユリアは翔を呼び止める。
「いや、待ってください、ショウ様」
ユリアはウットリした目で翔を見詰める。
「アタイ達のボスになってください。ショウ様」
ユリアは翔に懇願して縋りつく。
ユリアは自分が付き従うべき支配者にようやく巡り合えたのだ。
「そうだ、俺たちのボスになってくれ」
「ショウ様」
他のワーウルフたちも翔という偉大なる指導者を切望していた。
「お前達がラビットヒュームから奪った食料を全て返還しろ。そうすれば考えてやらんでもない」
まさにショウ・タイム(翔の時間)だった。
翔の出した条件にワーウルフたちは狂喜乱舞した。
かつてこのような屈強で聡明な人物が存在しただろうか?
答えは勿論、否である。
空前絶後の偉大なる指導者が此の世界に降臨し、一度は牙を剥いた自分たちを寛大にも導こうというのだ。
ワーウルフに良い感情を全く持たないラビットヒュームのマリーも世界を丸ごと覆い尽くすような翔の器の大きさに改めて尊敬の念を抱いた。
一日である。
此の異世界に転移して一日である。
たった一日。
僅か一日にしてラビットヒュームとワーウルフと言う二つの種族をいとも容易く傘下に収めたのだ。
疾風怒濤の快進撃である。
破竹の勢いで翔は異世界を攻略していた。
その噂は異世界の各地を駆け巡り、各種族の注目の的になった。
「凄い男が現れた」
「ショウと言う男、一体全体、何者なんだ?」
「一日にして二つの種族を掌握したのか?今まで存在した歴史上のいかなる人物にも到達することの出来ない偉業だ」
「逆らうのは得策じゃない」
「我々も傘下に加わるべきでは?」
翔の指導によりワーウルフは奪った食糧をラビットヒュームに返還した。
初めの内は双方の敵意が拭えなかった。
しかし翔と言う前代未聞の指導者により、全ての困難は打破されて行くのだった。
古代ギリシャの理想とした哲人王が完全な形で出現した。
それは正に世界精神の体現であり聖人君子の徳治政治だった。
この世界には釈迦もキリストもいない。
ただ一人、村田翔と言う偉大なる救世主がいた。
翔こそ此の混迷する暗黒時代の異世界を救済する為に現れた空前絶後の英雄だった。
村田翔は此の凡庸な世界に退屈していた。
平凡な世界を淡々と受け流していた。
村田翔は読書家である。
今もライトノベルを読んでいる。
翔がクラスの馬鹿騒ぎから距離を置き読書にいそしんでいると、クラスの馬鹿が翔の話をする。
「ショウって何時も一人で本読んでるよな」
まったく、馬鹿は本を独りで読むものだと知らないのか。
それに、構ってほしいのが見え見えだ。
最初に気付いたのは、やはり翔だった。
窓の外に巨大なブラックホールが現れた。
翔の様子を見て他のクラスメイトも異変に気付く。
「あれなんだよ。ヤバくね」
クラスが騒然となる。
次の瞬間、全てが吸い込まれた。
≪異世界・森林≫
翔は森の中にいた。
「状況把握を開始するか」
翔は面倒に思いながらも、周囲の捜索を始めた。
ガサッ!
茂みの中から生物が飛び出してきた。
それは地球には生息していない種だった。
「ここは異世界か」
翔は出現したモンスターを見て確信した。
翔の視界に薄い文字が重なる。
意識を集中すると、文字が明瞭になった。
≪スライム・Lv1・HP1・MP1・攻撃力1・守備力1・知力1≫
こいつ、スライムか。
ゲームに登場するスライムはデフォルメされているから愛嬌が有るが、現実だと中々グロテスクだ。
翔は他にも薄い文字を見つけた。
意識を集中させる。
≪ムラタショウ・人間・Lv1・HP16・MP17・攻撃力9・守備力11・知力33・≫
これは俺のステータスか。
スライムが翔に襲いかかる。
攻撃力1と攻撃力9か。余裕だな。
翔はスライムを蹴り飛ばす。
スライムは形を崩し、息絶えた。
≪ムラタショウはスライムを倒した。経験値を3獲得した。ムラタショウのLvが上昇した。ムラタショウはLv2に成った。
ムラタショウ・人間・Lv2・HP27・MP28・攻撃力17・守備力20・知力42≫
モンスターを倒すと経験値を獲得し、一定以上蓄積するとLvが上昇する。
予想通りだな。
翔は異常事態にも動揺しない。
翔は木の影から此方を窺う気配を感じた。
「誰だ」
飽く迄も冷静さを保ちながら気配に問う。
「助けてください、勇者さま…」
木の影から出てきたのは傷だらけの少女だった。
白い髪をして、ウサギの様な耳が頭部に有る。
赤い目は脅え、縋るような声で話しかけてきた。
≪ラビットヒューム・Lv1・HP2・MP1・攻撃力3・守備力3・知力3・≫
ラビットヒュームは崩れ落ちる。
翔はラビットヒュームの身体を支える。
「話してみろ。聞くだけ聞いてやる」
ラビットヒュームは翔の腕を掴み、潤ませた眼で翔を見上げて話し出す。
「わたし達の村にワーウルフが攻めて来たんです。わたしは何とか村を脱出できたんですが、他の仲間たちは……。お願いです、わたし達を助けてください!」
面倒な事に巻き込まれた。
「お前、名前は何と言う」
翔に聞かれるとラビットヒュームは顔を赤らめて返事をする。
「マリーです」
マリーは翔の顔を見詰める。翔の名前を知りたいのだろう。翔はそれに気付く。
「俺の名前は村田翔だ」
「ムラタショウ様、どうかマリーに御慈悲を」
「翔で良い。フルネームで呼ぶな」
「ショウ様、どうか、どうか」
「良いだろう、俺が助けてやる」
全くもって面倒だ。
だが、以前いた退屈な世界よりは未だマシだ。
翔とマリーは歩き出す。
「ところで、俺の事を勇者と呼んだが、どういう理由だ」
翔は情報確認を怠らない。
「伝説が有るんです。森の中に勇者が現れて、ラビットヒュームを御救いくださると」
何だ?その伝説は。大体、何故俺が其の勇者だと判別出来る?
「何から救うというのだ?ラビットヒュームは脆弱な種族だから、ワーウルフに蹂躙され続けている、それを全て勇者が解決すると言う伝承か?」
翔は推理を披露する。
「そうです!そんなに賢いだなんて、やっぱりショウ様は勇者なんですね!」
マリーは嬉しそうに耳を動かす。
面倒は嫌いだったが、年端も行かぬマリーが傷だらけな現状を捨て置く事など翔には許し難い事案だった。
「勇者はどのような手法でラビットヒュームを救うと伝承されている?マリーの知っている情報を関連性の高いものから説明しろ」
翔の言葉通りに情報を整理するマリーは重要な事を思い出す。
「すっかり忘れていました!ショウ様に御渡しする物が有ったんです!」
マリーはスラッとした腰に括り付けた袋から腕輪を取り出す。
「これはラビットヒュームに代々伝わる勇者の腕輪です。選ばれし勇者だけが、この腕輪を装着できるといいます」
マリーは腕輪を翔に差し出す。
翔は腕輪を受け取り、躊躇う事無く装着する。
翔に反応し、腕輪は唸りを上げる。
しばらくすると腕輪は沈黙した。
翔はステータスを確認する。
≪ムラタショウ・人間・Lv2・HP27・MP28・攻撃力17・守備力20・知力42・装備・勇者の腕輪≫
ふむ、ステータスは変化せず、か。
しかし、此の腕輪が勇者の腕輪だと言う事は厳然たる事実だと捉えて問題なかろう。
翔は更に腕輪に意識を集中させる。
≪勇者の腕輪・選ばれし真の勇者にのみ装着が許された伝説の武具。HPの回復を無制限に行える。ただし、回復の度合いは使用者の修練に比例する≫
HP回復か、かなり使えるな。
回数が無制限だと言う事実も翔は見逃さない。
ワーウルフとの戦闘が開始する前に効果の程を確認しておくか。
翔に油断は存在しない。
「マリー、止まれ。今からお前の傷を回復させる」
俺が本物の勇者か否か、確認するか。
翔は意外にも気を昂らせていた。
元いた世界の下らない人間の評価など一度も気にした事など無い。
だが、此の世界で揺るぎ無い精度を持って村田翔と言う存在を試す事には一定の価値が有る。
翔はマリーに腕輪をした方の手をかざす。
意識を集中させる。
翔の腕輪が輝き出し、其処から派生した光がマリーを癒す。
翔は意識の集中を解除せずにマリーの傷を次々と回復させる。
「こんなものか」
翔は一息つく。
マリーの傷は完治していた。
マリーはブルブルと震えている。
「どうした?まだどこか痛むのか?」
マリーは翔に抱きつく。
「すごいです!やっぱりショウ様は勇者です!こんなに凄い御方に初めて会いました!」
マリーは翔の顔をペロペロと舐める。
「おい馬鹿!離せ!」
マリーは有る意味図々しかった。
元いた世界にも翔に好意を寄せる女は数多くいたが、その大半が自信を持てずに遠くから翔を見ているだけだった。
抱きつくどころか、顔を舐めるなど、それらの女にとっては夢のまた夢である。
翔とマリーは村に向かって歩く。
マリーは翔の腕に抱きついたまま歩いている。
平均より遥かに大きなマリーの胸に翔の腕は挟まれていた。
勇者の腕輪よりも違和感が有る。
まあいい、今はそれどころでは無いのだ。
≪ラビットヒュームの村≫
ラビットヒュームの村に着いた。
傷だらけのラビットヒュームが沢山いる。
ワーウルフは立ち去った後なのか?
歩いているラビットヒュームの男に声をかける。
「おい、状況を簡潔に説明しろ」
「ひっ」
ラビットヒュームの男は翔を見て怯える。
それもそのはず、ラビットヒュームは青年期の男も140cm前後の身長なのだ。
155cmの翔の巨躯に圧倒されている。
「落ち着け。俺は翔。お前たちを救いに来た。敵では無い」
「あの、ワーウルフが我等の村に襲撃してきて、えと、えと」
「それは知っている。他の情報を寄こせ」
翔の存在感にラビットヒュームの男はガタガタと恐怖する。
翔は勇者の腕輪を使う。
ラビットヒュームの男の傷が迅速に回復する。
「こ、これは?」
「勇者の腕輪です!ショウ様は選ばれし勇者なのです!」
マリーが説明した。
「負傷者を全員集めろ!回復してやる!」
翔は堂々たる宣言をした。
「ショウ様……」
マリーは涙ぐむ。
やはり翔は選ばれし偉大なる勇者だったのだ。
伝説を超えた伝説を翔は築き上げ始めた。
マリーは歴史の生き証人なのだ。
集められた負傷者は翔の力により全員が回復された。
「私は此の村の村長です。ラビットヒュームを代表して偉大なる勇者ショウ様に厚く御礼申し上げたく存じます」
村長は深々と翔に頭を下げる。
そして他のラビットヒュームも翔に頭を下げる。
「僅かばかりでも此の御恩を返せたら良いのですが、ワーウルフに食糧を奪われたばかりでして……」
「ワーウルフの村は何処に有る。案内出来るか」
翔の発言にラビットヒュームは騒然とする。
「ショウ様、まさか我々の為に……?」
「勘違いするな。俺は生意気なワーウルフに身の程を教え込んでやるだけだ」
マリーは翔を尊敬の眼差しで見詰める。
完全にウットリしていた。
世界に選ばれた偉大なる勇者、翔。
翔と、暴虐の限りを尽くすワーウルフとの激烈なる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
≪森林≫
翔とマリーは森の中を疾走していた。
「こんなに急いで向かう必要が有るんですか?」
翔の疾走力に内心驚きながらも、マリーは急ぐ理由を聞く。
「疾き事風の如く、だ」
翔は風林火山を引用する。
「????」
マリーは翔の言葉を理解できなかった。
「戦闘に関しては速度が重要な意味を持つ。遅くなるほど奪われた物を奪い返す事が面倒になる。こうしている間にも食料をワーウルフが消費しているんだ」
風林火山とは孫子が提唱した兵法の真髄である。
翔は生まれながらに兵法を習得していた。
「ショウ様すごいです!!」
マリーは完全には翔の解説を理解できなかったが、充分学ぶところを感じた。
≪ワーウルフの村≫
「見えたぞ!ワーウルフの村だ!」
翔は大きくジャンプする。マリーはその姿にウットリしていた。
「撃滅!!」
翔は一体のワーウルフを殴り飛ばした。
「ぐはぁっ」
殴られたワーウルフは地面に転がる。
「さあ、ショウ・タイム(俺の時間)の始まりだ」
翔は大勢のワーウルフを前にしても一歩も引かない。
「なななななんだ、あの男は」
「いったい誰なんだ」
大勢のワーウルフの方が翔に呑まれていた。
たった一人の翔が、その場を完全に支配していた。
「なんで俺達の村を襲うんだ?」
「帰ってくれよ」
ワーウルフは本能的に翔との戦いを避けようとしていた。
「ふざけるな!お前達がラビットヒュームの村から食糧を強奪した事が発端だろうが!」
翔はワーウルフを叱責した。
「あんたはラビットヒュームじゃないだろ」
「そうだそうだ!」
「関係ない奴は引っこんでろ」
負け犬の遠吠えが響く。
「関係無いな」
翔が言った。
「ほらみろ!関係ないじゃないか!」
ワーウルフは嬉しそうに叫ぶ。
「それが関係無いと言っている!」
翔の雄叫びが響く。
「お前らに取っての関係の有無が俺には関係無いと言っている。俺が何処で何をするかは他ならぬ俺自身が決める!」
翔の揺るぎ無い決意と圧倒的な気迫で正常な判断力を失ったワーウルフは混乱して翔に襲いかかる。
「やっちまえ!相手は一人なんだ!」
「うおおお」
ワーウルフの一斉攻撃にも翔は冷静さを失わずに一体ずつ対処していく。
ワーウルフのほとんどが負傷するか戦意を喪失していた。
「こんなものか?」
翔は未だ余力を残していた。
ペース配分も厳格に行う戦闘の達人だった。
「すごい、、、すごすぎる、、、、、」
マリーは全身が震えるのを感じた。
翔は底知れぬ力を秘めている。
その片鱗を垣間見ているのだ。
「アタイと勝負しな!」
女の声が聞こえた。
奥からワーウルフの女が姿を見せる。
「ボス」
「ボスだ」
ワーウルフ達の表情に希望が灯る。
ボスと呼ばれた女ワーウルフは胸の開けた服を着ているが、大きな胸は張り裂けそうだった。
栗色の頭髪に狼の耳が付いている。
栗色の尻尾がスリットスカートから覗く。
「一騎打ちだ」
ワーウルフのボスが提案する。
「面白い、受けて立とう」
逃げる翔では無い。
「アタイはユリア!アンタは!?」
「俺は翔」
「行くよ!ショウ!」
ユリアが翔に襲いかかる。
翔はユリアの攻撃を回避。回避。回避。
「ハアッ、ハアッ、どうなってんだい、ちっともあたりゃしない」
ユリアの攻撃はことごとく回避されていた。
「すげえ、ボスの攻撃を全部かわしちまうなんて」
「あんな奴がいたのか」
ワーウルフは翔のズバ抜けた戦闘センスに度肝を抜かれた。
「うわあああっ!!!」
ユリアは捨て身の攻撃を仕掛ける。
「ううっ」
ユリアの攻撃は回避され、ユリアの顔に翔の拳が寸止めされた。
「勝負有り、だな」
翔は拳を収める。
「そ、そんな」
「ボスが負けるなんて」
「しかも一撃も攻撃を受けずに」
「それだけじゃない、一撃も攻撃せずに勝っちまった」
「おれたちワーウルフの完敗だな」
ワーウルフは自分たちが翔に完全敗北した事実を悟る。
「どうしてアタイにトドメをささないんだい!」
ユリアは涙目で翔に問う。
「そんなの俺の勝手だろ。それと、これに懲りたらラビットヒュームに手出しするなよ」
翔は背を向け歩きだす。
「待ちなっ!」
ユリアは翔を呼び止める。
「いや、待ってください、ショウ様」
ユリアはウットリした目で翔を見詰める。
「アタイ達のボスになってください。ショウ様」
ユリアは翔に懇願して縋りつく。
ユリアは自分が付き従うべき支配者にようやく巡り合えたのだ。
「そうだ、俺たちのボスになってくれ」
「ショウ様」
他のワーウルフたちも翔という偉大なる指導者を切望していた。
「お前達がラビットヒュームから奪った食料を全て返還しろ。そうすれば考えてやらんでもない」
まさにショウ・タイム(翔の時間)だった。
翔の出した条件にワーウルフたちは狂喜乱舞した。
かつてこのような屈強で聡明な人物が存在しただろうか?
答えは勿論、否である。
空前絶後の偉大なる指導者が此の世界に降臨し、一度は牙を剥いた自分たちを寛大にも導こうというのだ。
ワーウルフに良い感情を全く持たないラビットヒュームのマリーも世界を丸ごと覆い尽くすような翔の器の大きさに改めて尊敬の念を抱いた。
一日である。
此の異世界に転移して一日である。
たった一日。
僅か一日にしてラビットヒュームとワーウルフと言う二つの種族をいとも容易く傘下に収めたのだ。
疾風怒濤の快進撃である。
破竹の勢いで翔は異世界を攻略していた。
その噂は異世界の各地を駆け巡り、各種族の注目の的になった。
「凄い男が現れた」
「ショウと言う男、一体全体、何者なんだ?」
「一日にして二つの種族を掌握したのか?今まで存在した歴史上のいかなる人物にも到達することの出来ない偉業だ」
「逆らうのは得策じゃない」
「我々も傘下に加わるべきでは?」
翔の指導によりワーウルフは奪った食糧をラビットヒュームに返還した。
初めの内は双方の敵意が拭えなかった。
しかし翔と言う前代未聞の指導者により、全ての困難は打破されて行くのだった。
古代ギリシャの理想とした哲人王が完全な形で出現した。
それは正に世界精神の体現であり聖人君子の徳治政治だった。
この世界には釈迦もキリストもいない。
ただ一人、村田翔と言う偉大なる救世主がいた。
翔こそ此の混迷する暗黒時代の異世界を救済する為に現れた空前絶後の英雄だった。
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