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第4章
1.〜とあるプロジェクト〜
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「日本の女だって?」
一九六〇年代、日本の山陰地方の山奥に建てられた、とある政府系の研究機関。
その一室にて、一人の白人男性が鼻で笑いながらそう呟いた。周りにいて数人の男性(そのほとんどは、つぶやいた人物と同じ白人だった)が、追従して笑う。
「せいぜい料理くらいしかできないだろ? コンピューターによる監視システムの設計なんて無理に決まってる」
「全くだ。日本の女が助手だなんて。スシを作るんじゃないんだぞ」
国から莫大な援助費を受けて創設されたこの機関は、一般にはほとんど知られていない。研究内容には非人道的な兵器開発や、国際法に違反する金融システムの構築などが含まれているからだ。もちろん、日本政府のみの働きでそのような機関を運営することは不可能である。実際、今のプロジェクトに関わっているメンバーの大半は、アメリカ人やイギリス人だった。
「アドラー教授。助手を連れてきました」
日本人職員の案内で、一人の女性が部屋に入ってきた。
その瞬間、部屋のざわめきはピタリと収まり、静まり返った。
入ってきたのは、白衣の下に黒いワンピースを着込んでいる一人の日本人女性だった。
「はじめまして。野沢愛里といいます。よろしくお願いします」
「あ、ああ。私はトーマス・アドラーだ。このプロジェクトの責任者だ」
部屋に入ってくるまで、白人達から戦力にはならないだろうと思われていた愛里は、その卓越した頭脳のきらめきをすぐにみせた。
だが、彼女の美しさはそれ以上に男達の心を打った。
派手な化粧をしているわけではないが、その透明感あふれる肌はどんな白人の女性よりも澄んだ輝きを放っていた。
その通った鼻梁は強さを、長いまつ毛に縁取られた漆黒の瞳はせつなさを、緩やかにウェーブのかかった黒髪は艶やかさを体現していた。
特に彼女の美しさに堕ちたのは、責任者のアドラーだった。その入れ込み方は他の職員達の想像を超えるものだった。彼は本来話すべきではないプロジェクトの真の目的まで、彼女に話していた。
「完全デジタル化による、相互監視社会? それが本当の目的なんですか? コンピューターシステムによるカメラ機能の制御ではなく?」
「それは表向きにすぎない。これは日本政府の重鎮もほとんど知らないことだが、真の目的は完全デジタル化が生み出す、平和で争いのない世界の構築だ。アイリーン、君も知ってのとおり、アメリカとソ連の冷戦は激化する一方だ」
「あと10年もすれば収まるという話も聞きますけど」
アドラーは深刻そうな表情で首を振った。もちろん内心は嬉しくて堪らなかった。愛里、白人達からアイリーンとあだ名された美女が、アドラーの目を真剣に覗きこんでいる。尊敬の中に不安と緊張を垣間見えるその顔は、アドラーの男心を強く刺激した。決して威張らず、かと言って毅然とした態度は崩さない。アドラーは愛里の目に頼りない男だとか、あるいは横柄な白人と映るのだけは嫌だった。
たとえ二人が話しているのが施設の実験室の一つ(誰も邪魔をするなと言い含めてある)だとしても、アドラーにとっては薔薇の花園の一角と同じだった。
「所詮は一時的なものだ。いずれアメリカとソ連、あるいはロシアはまた角突き合わせる。今よりはるかに進んだ科学力と兵器を持ってな」
「全てをデジタル化すれば、それは防げるのですか?」
アドラーは迷った。このプロジェクトの真の目的、完全なデジタル化というのは、決して全てのデータ、例えば書類の内容や個人情報、監視カメラの映像、政治家の発言記録、統計etc……をコンピューターで記憶、分析し、互いにやり取りする、という程度のものではない。それ以上のことなのだ。
だが、そもそもコンピューター自体やっと実戦投入されようかという時代にあって、いったいどこまで説明して、理解してもらえるだろうか?
一九六〇年代、日本の山陰地方の山奥に建てられた、とある政府系の研究機関。
その一室にて、一人の白人男性が鼻で笑いながらそう呟いた。周りにいて数人の男性(そのほとんどは、つぶやいた人物と同じ白人だった)が、追従して笑う。
「せいぜい料理くらいしかできないだろ? コンピューターによる監視システムの設計なんて無理に決まってる」
「全くだ。日本の女が助手だなんて。スシを作るんじゃないんだぞ」
国から莫大な援助費を受けて創設されたこの機関は、一般にはほとんど知られていない。研究内容には非人道的な兵器開発や、国際法に違反する金融システムの構築などが含まれているからだ。もちろん、日本政府のみの働きでそのような機関を運営することは不可能である。実際、今のプロジェクトに関わっているメンバーの大半は、アメリカ人やイギリス人だった。
「アドラー教授。助手を連れてきました」
日本人職員の案内で、一人の女性が部屋に入ってきた。
その瞬間、部屋のざわめきはピタリと収まり、静まり返った。
入ってきたのは、白衣の下に黒いワンピースを着込んでいる一人の日本人女性だった。
「はじめまして。野沢愛里といいます。よろしくお願いします」
「あ、ああ。私はトーマス・アドラーだ。このプロジェクトの責任者だ」
部屋に入ってくるまで、白人達から戦力にはならないだろうと思われていた愛里は、その卓越した頭脳のきらめきをすぐにみせた。
だが、彼女の美しさはそれ以上に男達の心を打った。
派手な化粧をしているわけではないが、その透明感あふれる肌はどんな白人の女性よりも澄んだ輝きを放っていた。
その通った鼻梁は強さを、長いまつ毛に縁取られた漆黒の瞳はせつなさを、緩やかにウェーブのかかった黒髪は艶やかさを体現していた。
特に彼女の美しさに堕ちたのは、責任者のアドラーだった。その入れ込み方は他の職員達の想像を超えるものだった。彼は本来話すべきではないプロジェクトの真の目的まで、彼女に話していた。
「完全デジタル化による、相互監視社会? それが本当の目的なんですか? コンピューターシステムによるカメラ機能の制御ではなく?」
「それは表向きにすぎない。これは日本政府の重鎮もほとんど知らないことだが、真の目的は完全デジタル化が生み出す、平和で争いのない世界の構築だ。アイリーン、君も知ってのとおり、アメリカとソ連の冷戦は激化する一方だ」
「あと10年もすれば収まるという話も聞きますけど」
アドラーは深刻そうな表情で首を振った。もちろん内心は嬉しくて堪らなかった。愛里、白人達からアイリーンとあだ名された美女が、アドラーの目を真剣に覗きこんでいる。尊敬の中に不安と緊張を垣間見えるその顔は、アドラーの男心を強く刺激した。決して威張らず、かと言って毅然とした態度は崩さない。アドラーは愛里の目に頼りない男だとか、あるいは横柄な白人と映るのだけは嫌だった。
たとえ二人が話しているのが施設の実験室の一つ(誰も邪魔をするなと言い含めてある)だとしても、アドラーにとっては薔薇の花園の一角と同じだった。
「所詮は一時的なものだ。いずれアメリカとソ連、あるいはロシアはまた角突き合わせる。今よりはるかに進んだ科学力と兵器を持ってな」
「全てをデジタル化すれば、それは防げるのですか?」
アドラーは迷った。このプロジェクトの真の目的、完全なデジタル化というのは、決して全てのデータ、例えば書類の内容や個人情報、監視カメラの映像、政治家の発言記録、統計etc……をコンピューターで記憶、分析し、互いにやり取りする、という程度のものではない。それ以上のことなのだ。
だが、そもそもコンピューター自体やっと実戦投入されようかという時代にあって、いったいどこまで説明して、理解してもらえるだろうか?
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