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事件のはじまり
3.
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良子は少しもたじろかなかった。
「実は知り合いが言っていたの。なぜか幸子さんは古い昔話や伝承を好むって」
それは正しかった。
本人曰く、そういう話を聞いているだけで、昔を思い出してノスタルジーに浸れる助けになる、とのことだった。
「実は私の田舎にも、その手の話があるの。幸子さん、きっと興味を持つと思うわ」
結局、良子はその伝承については話さなかった。実際に現場に来てくれれば、話すとだけ言って。
和人が次に緑亭館に行った時、幸子は居間で和人の妹のゆきとテレビゲームをしていた。二人とも大きめのソファに並んで座り、大画面から目を離さない。画面のなかでは、二台のマシーンが高速でデッドヒートを繰り広げていた。
ゆきは中学一年生にしては小柄で、良子のように線が細かった。ただ誰に対しても丁寧に接し、快活で、気持ちのいい笑い方をするので、兄である和人から見ても、クラスメイトから好かれるだろうなというのは想像に難しくなかった。
和人が良子の話をすると、幸子は眉をひそめた。
「伝承? 本当なのか? 君のようなお人好しはすぐに人を信じるからな」
「幸子さん、お兄ちゃんはお人好しだけど馬鹿じゃありません。ちゃんと今日まで、問題なく学生生活を送ってるし」
画面の中では、幸子の操るマシンが、ゆきの操るマシンに抜き去られるところだった。
ゆきがふふんと笑い、幸子はおもしろそうに目をくるりと回した。
「嘘をついてる感じじゃなかったですよ。それに、行ってみて嘘ならすぐに帰ってくればいいじゃないですか?」
「車を出すのが面倒くさい」
「あの車、たまには動かさないとオイルやタイヤが駄目になるってお父さんが……」
「じゃあ君が運転するか?」
「ねえ、幸子さん。その良子さんの知り合いの家庭内の問題って、どんなのだったんですか?」
見事一位でゴールしたゆきが、コントローラを置いて幸子に聞いてきた。
「その良子という人物の知り合いかは分からないが、確かに十二、三年ほど前に、ある家の揉め事を解いたことがある。その家は私の母親の遠縁に当たるので、そのよしみだった。もっとも向こうは私の年齢のことも知らない。あの時は、ただ秦野家の関係者という出で立ちで赴いたんだった」
幸子は懐かしむような、少し遠くを見る目になった。最近、幸子はこうやって以前の出来事を懐かしがることがたびたびあった。
「じゃあ、その良子さんだって、間接的には幸子さんの知り合いでしょ?」
「知り合いの知り合い…… 友達の友達…… ほとんど赤の他人だと思うけどなぁ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
幸子は少し考え込んでから、顔を上げた。
「その良子の田舎というのは、どこにあるのかな?」
「F県のI市にある山奥です。M村というそうです。一度、良子さんをここに呼んで、直接話してみますか?」
「いや、いい。場所は東北か。あの辺りは美味しいイワナの料理があるんだ。それを頂くついでに、謎解きもしてくるか」
こうして、次の週の三連休を使って、幸子は良子の田舎を訪れることになった。
最初はゆきも、和人と一緒について来たがったのだが、「嫁入り前の娘が変なことに巻き込まれたら大変」という母親の意見により、和人一人が同行することになった。
「失礼。私も嫁入り前の身なのですが」
幸子がニヤリとしながら和人の母親、未歩に面と向かってそう言うと、母親は大きく目を見開いたが、何も言い返さなかった。
幸子は気分を害するどころか、そんな和人の母親を見て、楽しそうに肩を震わせていた。
「実は知り合いが言っていたの。なぜか幸子さんは古い昔話や伝承を好むって」
それは正しかった。
本人曰く、そういう話を聞いているだけで、昔を思い出してノスタルジーに浸れる助けになる、とのことだった。
「実は私の田舎にも、その手の話があるの。幸子さん、きっと興味を持つと思うわ」
結局、良子はその伝承については話さなかった。実際に現場に来てくれれば、話すとだけ言って。
和人が次に緑亭館に行った時、幸子は居間で和人の妹のゆきとテレビゲームをしていた。二人とも大きめのソファに並んで座り、大画面から目を離さない。画面のなかでは、二台のマシーンが高速でデッドヒートを繰り広げていた。
ゆきは中学一年生にしては小柄で、良子のように線が細かった。ただ誰に対しても丁寧に接し、快活で、気持ちのいい笑い方をするので、兄である和人から見ても、クラスメイトから好かれるだろうなというのは想像に難しくなかった。
和人が良子の話をすると、幸子は眉をひそめた。
「伝承? 本当なのか? 君のようなお人好しはすぐに人を信じるからな」
「幸子さん、お兄ちゃんはお人好しだけど馬鹿じゃありません。ちゃんと今日まで、問題なく学生生活を送ってるし」
画面の中では、幸子の操るマシンが、ゆきの操るマシンに抜き去られるところだった。
ゆきがふふんと笑い、幸子はおもしろそうに目をくるりと回した。
「嘘をついてる感じじゃなかったですよ。それに、行ってみて嘘ならすぐに帰ってくればいいじゃないですか?」
「車を出すのが面倒くさい」
「あの車、たまには動かさないとオイルやタイヤが駄目になるってお父さんが……」
「じゃあ君が運転するか?」
「ねえ、幸子さん。その良子さんの知り合いの家庭内の問題って、どんなのだったんですか?」
見事一位でゴールしたゆきが、コントローラを置いて幸子に聞いてきた。
「その良子という人物の知り合いかは分からないが、確かに十二、三年ほど前に、ある家の揉め事を解いたことがある。その家は私の母親の遠縁に当たるので、そのよしみだった。もっとも向こうは私の年齢のことも知らない。あの時は、ただ秦野家の関係者という出で立ちで赴いたんだった」
幸子は懐かしむような、少し遠くを見る目になった。最近、幸子はこうやって以前の出来事を懐かしがることがたびたびあった。
「じゃあ、その良子さんだって、間接的には幸子さんの知り合いでしょ?」
「知り合いの知り合い…… 友達の友達…… ほとんど赤の他人だと思うけどなぁ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
幸子は少し考え込んでから、顔を上げた。
「その良子の田舎というのは、どこにあるのかな?」
「F県のI市にある山奥です。M村というそうです。一度、良子さんをここに呼んで、直接話してみますか?」
「いや、いい。場所は東北か。あの辺りは美味しいイワナの料理があるんだ。それを頂くついでに、謎解きもしてくるか」
こうして、次の週の三連休を使って、幸子は良子の田舎を訪れることになった。
最初はゆきも、和人と一緒について来たがったのだが、「嫁入り前の娘が変なことに巻き込まれたら大変」という母親の意見により、和人一人が同行することになった。
「失礼。私も嫁入り前の身なのですが」
幸子がニヤリとしながら和人の母親、未歩に面と向かってそう言うと、母親は大きく目を見開いたが、何も言い返さなかった。
幸子は気分を害するどころか、そんな和人の母親を見て、楽しそうに肩を震わせていた。
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