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事件のはじまり
2.
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和人の中学の同級生、良子が話しかけてきたのは、昼休みのことだった。
「ねえ、和人くん。ちょっといい?」
「うん? うん」
突然良子に話しかけられたことに、和人は少し驚いた。
代々O町に住み、家族で幸子の住む緑亭館の手入れや、幸子の面倒をみているとはいえ、基本的に和人はクラスの中心になるような人物ではなかった。成績は普通だし、スポーツも得意ではない。学校ではミステリー小説同好会に入っているが、それとメンバーは和人の他に、同じ学校に通う妹と隣のクラスにいる小説家志望の少年だけだった。
一方良子は、ひと月と少しほど前、中学三年生になると同時に、両親とこのO町に引っ越してきた。
父親がインターネット事業を行っており、新しい拠点をこのO町に造ったことがきっかけだった。
それまでは東京の都心に住んでいたのだが、地価の高騰と自宅勤務での環境が整ったことでの引っ越しだった。
校則に引っかからない程度にショートボブの髪を散らし、少しだけカラーの入ったリップを塗り、眉毛やまつ毛に少しずつ手を入れ、平均体重を明らかに下回る細い身体つきをしているだけだったが、良子にはクラスの他の子にはない垢抜けた可愛さがあった。
そのためかクラスでは少々浮いた存在であり、小テストの成績なども比較的よかったためか、良くも悪くもクラスメイト達の視線を集めていた。
ある意味、和人と良子は同じクラスにいても、住む世界が少し違っていたのだ。
そんな二人が会話をすることは、これまでほとんどなかった。
今もみんな、まるで無関心を装いながら、和人と良子の様子をひっそりと伺っているのが、傍目にも分かるほどだった。
「聞いた話なんだけど、和人くんには、名探偵の知り合いがいるんだって?」
いきなりの問いかけに、和人はギョッとして回りを見たが、誰も反応しない。
もちろん、クラスの中には幸子のことを知っている人間もいる。だが、それはいわば公然の秘密であり、少なくともこの町に来たばかりの良子に話す人間がいるとは思えなかった。
「それ、誰に聞いたの?」
もしSNSなどに流れているとしたら、面倒なことになる。
幸子も、町の幸子の秘密を共有している人達も、和人も見知らぬ人間に噂されたり、インフルエンサーなどという連中に押しかけられるのはまっぴらごめんだという点で、完全に一致団結しているのだから。
だが、良子の答えは少し意外なものだった。
「私のお父さんの知り合いで、昔、秦野幸子さんっていう人に、家庭内の問題を解決してもらった人がいるの。それで、その幸子さんっていう人がこの近くに住んでいるって聞いて、昨日それらしいお屋敷を見に行ったら、和人くんが出てきたから、びっくりして」
そこで良子は言葉を切った。
びっくりして何なのか、続きは言わなかった。
ただ黙って和人を見ている。
今度はあなたが話す番でしょ。
目がそう言っているような気もしなくもない。
「うん。あの人、自分で家事とかしたがらないし、お屋敷は広いから手がかかるしで、うちの家族が時々手伝いに行っているんだ」
「そういうこと」
良子は、和人の隣の空いている席に腰かけた。
「実はさ、私の実家でちょっと不審なことがあったの。地元じゃニュースにもなったんだけど、結局犯人は捕まらなくて…… 幸子さんに、その調査をお願いできない?」
「いや、それはどうかな~?」
「ねえ、お願い」
良子が少し身を乗り出した。
セーラー服の襟元から、白い肌ときれいな鎖骨のラインがのぞいている。
普段から幸子の驚異的ともいうべき素顔の美しさに見慣れていない、一般的なの中学三年生の男子なら、心をかき乱されたかもしれない。
だが和人は冷静に断った。
「悪いけど、無理。あの人最近、迂闊にそういう謎解きとか事件調査の頼みごとすると、途端に不機嫌になってさ。面倒だの、自分の尻ぬぐいは自分でしろだの。うちのお母さんは、わがままに育てられた弊害だって言ってるんだ。親の顔が見てみたい…… まあ、親御さんはもう亡くなっているけど」
「ねえ、和人くん。ちょっといい?」
「うん? うん」
突然良子に話しかけられたことに、和人は少し驚いた。
代々O町に住み、家族で幸子の住む緑亭館の手入れや、幸子の面倒をみているとはいえ、基本的に和人はクラスの中心になるような人物ではなかった。成績は普通だし、スポーツも得意ではない。学校ではミステリー小説同好会に入っているが、それとメンバーは和人の他に、同じ学校に通う妹と隣のクラスにいる小説家志望の少年だけだった。
一方良子は、ひと月と少しほど前、中学三年生になると同時に、両親とこのO町に引っ越してきた。
父親がインターネット事業を行っており、新しい拠点をこのO町に造ったことがきっかけだった。
それまでは東京の都心に住んでいたのだが、地価の高騰と自宅勤務での環境が整ったことでの引っ越しだった。
校則に引っかからない程度にショートボブの髪を散らし、少しだけカラーの入ったリップを塗り、眉毛やまつ毛に少しずつ手を入れ、平均体重を明らかに下回る細い身体つきをしているだけだったが、良子にはクラスの他の子にはない垢抜けた可愛さがあった。
そのためかクラスでは少々浮いた存在であり、小テストの成績なども比較的よかったためか、良くも悪くもクラスメイト達の視線を集めていた。
ある意味、和人と良子は同じクラスにいても、住む世界が少し違っていたのだ。
そんな二人が会話をすることは、これまでほとんどなかった。
今もみんな、まるで無関心を装いながら、和人と良子の様子をひっそりと伺っているのが、傍目にも分かるほどだった。
「聞いた話なんだけど、和人くんには、名探偵の知り合いがいるんだって?」
いきなりの問いかけに、和人はギョッとして回りを見たが、誰も反応しない。
もちろん、クラスの中には幸子のことを知っている人間もいる。だが、それはいわば公然の秘密であり、少なくともこの町に来たばかりの良子に話す人間がいるとは思えなかった。
「それ、誰に聞いたの?」
もしSNSなどに流れているとしたら、面倒なことになる。
幸子も、町の幸子の秘密を共有している人達も、和人も見知らぬ人間に噂されたり、インフルエンサーなどという連中に押しかけられるのはまっぴらごめんだという点で、完全に一致団結しているのだから。
だが、良子の答えは少し意外なものだった。
「私のお父さんの知り合いで、昔、秦野幸子さんっていう人に、家庭内の問題を解決してもらった人がいるの。それで、その幸子さんっていう人がこの近くに住んでいるって聞いて、昨日それらしいお屋敷を見に行ったら、和人くんが出てきたから、びっくりして」
そこで良子は言葉を切った。
びっくりして何なのか、続きは言わなかった。
ただ黙って和人を見ている。
今度はあなたが話す番でしょ。
目がそう言っているような気もしなくもない。
「うん。あの人、自分で家事とかしたがらないし、お屋敷は広いから手がかかるしで、うちの家族が時々手伝いに行っているんだ」
「そういうこと」
良子は、和人の隣の空いている席に腰かけた。
「実はさ、私の実家でちょっと不審なことがあったの。地元じゃニュースにもなったんだけど、結局犯人は捕まらなくて…… 幸子さんに、その調査をお願いできない?」
「いや、それはどうかな~?」
「ねえ、お願い」
良子が少し身を乗り出した。
セーラー服の襟元から、白い肌ときれいな鎖骨のラインがのぞいている。
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だが和人は冷静に断った。
「悪いけど、無理。あの人最近、迂闊にそういう謎解きとか事件調査の頼みごとすると、途端に不機嫌になってさ。面倒だの、自分の尻ぬぐいは自分でしろだの。うちのお母さんは、わがままに育てられた弊害だって言ってるんだ。親の顔が見てみたい…… まあ、親御さんはもう亡くなっているけど」
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