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事件のはじまり
1.
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「幸子さん、島津家は地元では名家らしいですからね。言動には注意してくださいね。良子さんの立場もあるんだし」
「ずいぶんな物言いだな、和人。ひと昔前なら、げんこつをくらっているところだぞ」
少しハスキーな声の返事に、和人は表情を変えずに肩だけすくめた。
「残念なことに、そういう体罰をする教師は今でもいますよ。もちろん、幸子さんはそんな人じゃないと分かってますけどね」
今度は幸子が肩をすくめた。車のハンドルを握りながらだったが、滑らかな動作だった。
「まあ、これでも社交界の花形だったんだ。礼儀作法はむしろ得意分野。もっとも君のお母さんに言わせれば、私は今やただのニートの暇人。心配したくなる気持ちは分かるよ」
「いや、社交界っていつの時代の…… まあ、いいや。どうせ、幸子さんのルックスなら何を言っても許されるんだし。あ、そこを右に曲がったところです」
助手席に座る和人はカーナビを見ながら、指示を出した。
ノーメイクに、ジーンズ、そしてありふれたジャケットという装いでもずば抜けて美しい幸子に対し、和人はとりたてて目立つところのない、ごく平凡な男子中学生という雰囲気の容姿だった。痩せた体格のせいか、長袖のシャツとジーパンはかなりダブダブで、それがまた子供っぽい雰囲気につながっていた。ただその顔立ちには、どこか人の良さが表れている一方で、目だけは好奇心いっぱいにくりくりと輝いていた。
「ここが島津の家か」
幸子の視線の先には、和風の造りの屋敷があった。
ただ白壁はところどころ朽ちており、瓦がはげている部分もあった。
「一見豪華だが、内情は火の車といったところかな?」
幸子が面白そうに言った。
まあ、あなたはお金の心配がありませんけどね。このご時世、やりくりの大変な家はたくさんあるんですよ。和人はあくまで内心でそう呟いただけだったが、幸子はその雰囲気を察したのか、ちらりと薄目で睨んできた。
「車は適当に家の前に停めておいて大丈夫だって聞いてます。まあ実際、道路がこれだけ広ければ問題ないでしょう」
島津家の前には舗装された道路が通っていたが、道路の向こうには水田がいっぱいに広がっている。
両隣には家がなく、夜はさぞ寂しい場所になると思われた。
「こういう田舎の人間ほうが、車を猛スピードで飛ばすものだよ。だがまあ、多少目端の利く人間なら、私の車の横を通る時にはスピードを落とすだろうな」
幸子の車は国産のスポーツカーワインレッドカラーに流線型のボディがスタイリッシュだった。そのデザインと加速の良さから、海外にもファンがいる名車だったが、値段では決して海外の高級車には及ばない。それでも幸子はすでに三十年以上もこの車に乗っていた。
「本当の名車は、止まっていても分かるんだよ。走らせなきゃ分からないなんていうのは、欧米人の発想ね」
というのが、幸子の口癖だった。
和人が門扉の横のインターホンを鳴らすと、すぐに元気のいい声が応答した。
今回和人に調査を依頼した、島津良子の声だった。
「ずいぶんな物言いだな、和人。ひと昔前なら、げんこつをくらっているところだぞ」
少しハスキーな声の返事に、和人は表情を変えずに肩だけすくめた。
「残念なことに、そういう体罰をする教師は今でもいますよ。もちろん、幸子さんはそんな人じゃないと分かってますけどね」
今度は幸子が肩をすくめた。車のハンドルを握りながらだったが、滑らかな動作だった。
「まあ、これでも社交界の花形だったんだ。礼儀作法はむしろ得意分野。もっとも君のお母さんに言わせれば、私は今やただのニートの暇人。心配したくなる気持ちは分かるよ」
「いや、社交界っていつの時代の…… まあ、いいや。どうせ、幸子さんのルックスなら何を言っても許されるんだし。あ、そこを右に曲がったところです」
助手席に座る和人はカーナビを見ながら、指示を出した。
ノーメイクに、ジーンズ、そしてありふれたジャケットという装いでもずば抜けて美しい幸子に対し、和人はとりたてて目立つところのない、ごく平凡な男子中学生という雰囲気の容姿だった。痩せた体格のせいか、長袖のシャツとジーパンはかなりダブダブで、それがまた子供っぽい雰囲気につながっていた。ただその顔立ちには、どこか人の良さが表れている一方で、目だけは好奇心いっぱいにくりくりと輝いていた。
「ここが島津の家か」
幸子の視線の先には、和風の造りの屋敷があった。
ただ白壁はところどころ朽ちており、瓦がはげている部分もあった。
「一見豪華だが、内情は火の車といったところかな?」
幸子が面白そうに言った。
まあ、あなたはお金の心配がありませんけどね。このご時世、やりくりの大変な家はたくさんあるんですよ。和人はあくまで内心でそう呟いただけだったが、幸子はその雰囲気を察したのか、ちらりと薄目で睨んできた。
「車は適当に家の前に停めておいて大丈夫だって聞いてます。まあ実際、道路がこれだけ広ければ問題ないでしょう」
島津家の前には舗装された道路が通っていたが、道路の向こうには水田がいっぱいに広がっている。
両隣には家がなく、夜はさぞ寂しい場所になると思われた。
「こういう田舎の人間ほうが、車を猛スピードで飛ばすものだよ。だがまあ、多少目端の利く人間なら、私の車の横を通る時にはスピードを落とすだろうな」
幸子の車は国産のスポーツカーワインレッドカラーに流線型のボディがスタイリッシュだった。そのデザインと加速の良さから、海外にもファンがいる名車だったが、値段では決して海外の高級車には及ばない。それでも幸子はすでに三十年以上もこの車に乗っていた。
「本当の名車は、止まっていても分かるんだよ。走らせなきゃ分からないなんていうのは、欧米人の発想ね」
というのが、幸子の口癖だった。
和人が門扉の横のインターホンを鳴らすと、すぐに元気のいい声が応答した。
今回和人に調査を依頼した、島津良子の声だった。
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