聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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事件のはじまり

6.

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「結局、伊藤一正は逮捕されなかったのだ」

 孝之がそう言い、和人は思わず声をあげた。

「え? なんでですか? 顔を見てたのに」

 香菜が横目で孝之をちらりと見ながら、口を開いた。

「アリバイがあったのよ。男がこの家に侵入した時間は夜の二時過ぎだったの。それは確かよ。時計を見たし、そのあとすぐに来た警察も時間を確認してるから。でも丁度その時間、伊藤一正はO県内のコンビニにいたの。監視カメラにはっきりと映っていたのよ」

 O県はここからはるかに南、九州よりも南に位置する。行こうと思ったら飛行機を使わざるをえない。往復するとしたら一日がかりになるだろう。

「だから、警察の人は、おじいちゃんたちが見間違えたんじゃないかって」

 良子がそう言うと、孝之はイライラした様子でふんと鼻を鳴らした。
 一方、妻の香菜は落ち着いた態度だった。

「一人ならともかく、私もはっきりと見ているんだし、見間違いとは思えないのよね」

 幸子が黙ったまま手元のお茶を見ているので、しかたなく和人がかわりに質問することにした。

「たとえば、別人がゴム製のマスクを顔に着けていたということはないですかね? 最近は3Dプリンターで、そういうものも比較的簡単に作れるみたいですけど」

「実は警察も、その線を考えたの。それで実際にゴム製のマスクを被った人を見せてもらったんだけど、もう一目瞭然なのよね。だって視線とか、表情とか、顔のしわとかあまりにも不自然なんだもの。あれで間違えるわけないわ」

 香菜はそう言って苦笑した。

「コンビニの店員さんにも、一応確認したみたいだけど、向こうも、やっぱりマスクを被っていたとは考えられないって」

「そっか……」

 和人はちらりと横目で幸子を見たが、まだ口を開く様子はない。

「だが私ははっきりと見たんだ。あいつの顔を。あれは間違いなく……」

「はいはい。あなた、分かってますよ」

 孝之は、自分の証言が信じてもらえなかったことに、憤懣やる方ないといった様子だった。自分の頭はまだまだしっかりしていると言いたげだったが、どうにも肩に力が入っていて、見ていて危なっかしい。妻の香菜も年齢はそう違わないと思われるが、よっぽど柔軟で若々しく感じられる。

「その伊藤一正とは何者なのですか?」

 和人が聞いたが、孝之がなかなか口を開かなかったからか、良子が答えた。

「この近くにちょっとした山があるんだけど、その山を丸ごと買い取って、その中に建ってる家に一人暮らししてるの。遠くからでも、その気になれば家は見えるわ。職業はプログラマーらしくて、まだ三十歳くらいなんだけど、その世界じゃ結構有名だって、うちのお父さんが言ってたわ」

「山奥に住むプログラマーか…… でも考えてみれば、今はネット環境も発達してるし、オンラインでの会議なんかもあるから、フリーのプログラマーだったら、そうやって一人暮らししながらでも働けるよね」

「うん。それに家って言ったけど、もとはどこかの新興宗教団体が建てた施設らしくて、それを改良したらしいから、実際はオフィスビルや会社の寮を小さくした感じかな」

「でもさ、そもそもそのフリーのプログラマーは、何で孝之さんを襲ったりしたのかな?」

「それは……」

 良子が口ごもり、香菜の方を見た。
 香菜は少し口を真一文字に結ぶと、大きく息を吐いてから話しはじめた。
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