聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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事件のはじまり

7.

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「そもそも、伊藤の家は代々この地方に住んでいたの。それこそ第二次大戦くらいまでは、どちらも大きな農地を持っていて、同じくらい裕福だったわ」

 香菜の話によると、戦後の土地改革の際に、うまく資産転用した島津家とは違い、先見の明に欠けた伊藤家はみるみる資産を失い、あせって手を出した株式投資にも失敗。あっという間に資産の大半を失ったという。
 戦後十二、三年ほど経ったある日、一正の祖父が、妻とまだ幼い一正の父を連れて、孝之の父のもとへ融資を願い求めてきた。
 孝之の父は、一度は融資の話を受けたようなふりをしながら、土壇場でそれを反故にした。
 それが完全にとどめとなった。
 一正の祖父は自ら命を絶った。
 一正の父は村のはずれの小さな掘っ建て小屋で、母親と二人で暮らすことになった。村の人たちの農作業の手伝いをしたり、日雇いの仕事をしながら親子は食いつないでいった。
 一正の父が結婚して、一正が生まれてからも生活は一向に良くはならなかった。
 ある日、良子の父、守は、古くなって捨てたパソコンを、一正の父がこっそりとゴミ捨て場から拾っていくのを目撃したという。
 そのとき一正の父がよこした目つきを、守は今でも覚えているとのことで、香菜は、守が村に帰りたがらないのはそのせいもあるのではないか、と言った。
 一正の両親も、祖母も、一正が高校を出る頃には相次いで亡くなり、その後、一正は一度村を離れるも、二年ほど前に羽振りが良くなって戻ってきたとのことだった。

「お義父さんはもう十年も前に、癌で亡くなったんだけど、一正からしたら、今でも我が家を恨んでいると思うのよ」

 そう言って、香菜は苦笑したが、孝之はしかめっ面のままだった。

「でもおばあちゃん、そもそも何でひいおじいちゃんは、融資の話を反故にしたの? 受けてあげればよかったのに」

 良子が聞きにくいことをズバッと聞いてくれたので、和人はほっとした。

「子供が口を挟むことじゃない」

 孝之がぶっきらぼうに返事したが、香菜が横からなだめて答えた。

「どうも伊藤家のご先祖っていうのは、明治や大正にかけて、島津家といろいろ争っていたみたいなの。お役人に賄賂を渡したりして、村の利権や子供の大学入学なんかの便宜を、自分の一族だけで独り占めしようと図っていたらしくて…… お義父さんとしたら、先祖の恨みを晴らしたつもりだったのかもしれないわねぇ」

 香菜がのんびりと、まるで昔話のような口調で言った。
 昔話の大好きな誰かさんとしては、さぞ郷愁にかられているだろうと、和也が横を見ると、幸子にジロリと睨み返された。

「確かに動機はあるのよね。でもそこまで完璧なアリバイがあったんじゃ……」

 そう話す良子の顔は、なぜか少し青ざめていた。

「たとえば他人の空似っていうことはないですか? あるいはその伊藤一正っていう人が、大金を出して、誰かに整形手術で顔を自分と同じにしてもらうよう頼んだとか」

 世の中には、自分と同じ顔をした人間が三人はいるという話だ。もっとも幸子ほどの美人があと二人いるとは、和人には到底信じられなかった。
 では整形手術でなら、幸子の美しさは再現できるのか? これも和人は無理だと思っていた。幸子の美しさの源の一つは、その透明感あふれるきめ細かい、抜けるような白さの肌にある。どんな名医でも肌質までは変えられないのだから。

「実はね、警察も最初は、他人の空似説を考えていたみたいなの。でも結局それも却下されたの。なぜかって、コンビニの前に停まっている車もカメラに映っていたんだけど、それが伊藤一正の愛車だったの」

「ええっ? じゃあ、その人は自分の車で、O県まで行ったっていうことですか?」

 香菜はコクンと頷いた。

「どうやらフェリーを使って行ったみたいなの。もちろんそれだって、時間は飛行機以上にかかるから、アリバイはちゃんと成立してるわよ」

「整形手術説も無理があるって、警察に言われたそうよ」

 良子が青ざめた顔のまま、口を挟んできた。

「伊藤一正の顔データを、全国の整形外科医に転送したらしいけど、見覚えがあるっていう返事は結局来なかったそうよ」
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