聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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黴と闇

2.

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「幸子さんは、ドッペルゲンガーについてどれくらい知っていますか?」

 良子は幸子の向かいに座り、和人は少し迷ったが、幸子の隣に座ることにした。

「ひととおり、聞いたことはある。いわゆる、もう一人の自分というやつだな。他人の空似はあくまでもよく似た他人だが、こちらは文字通り、自分自身の複製であり、当然顔かたちから声まですべて自分と同じということになる。そしてドッペルゲンガーと遭遇すると、本体が死んでしまうという話も聞くわね」

「さすがに詳しいですね。実は過去にはドッペルゲンガーが出現したという話は、幾つもありました。たとえば十九世紀には、フランスでエリザベスという名の女教師のドッペルゲンガーが目撃されています。彼女は体調の不良を訴えたのち、しばらく家で休みをとるのですが、その間に彼女が学校で授業しているのを目撃されているのです。同じころ、イギリスでもパーカーという政治家が、いるはずのない場所で、自分の友人を目撃したという話があります。こういった例はいくつも報告されています。もしかしたら、それと同じことが伊藤一正にも起こったんじゃないでしょうか?」

「ちょっと待って。十九世紀っていったら相当昔だよね? それ、本当なのかな? ただのおとぎ話じゃないの?」

「確かに和人くんのいうのも分かるわ。実際、通信網が発達した二十世紀後半からは、ドッペルゲンガーの目撃談はほとんどないわ。ましてSNSの発達した現代では、この手の目撃談は皆無と言っていい」

「ほら、やっぱり!」

 和人がそう言って笑っても、良子の表情は変わらない。少し青ざめたままだった。

「でも、考えてみてよ。クローン技術の発達や、手軽になった宇宙飛行、量子コンピューターの進歩、自分の複製が創り出せる環境はむしろ整いつつあるんじゃない? それにサイバネティク・オーガニズムはどう? あんなものが発達していけば、そのうち人間は、人間とは何か、本体とは何かの定義をしなきゃいけなくなるわ」

 少し前のめりに早口になった良子の意気に押されて、和人はポカンと口を開けた。
 クローン技術はまだ分かる。だが宇宙旅行やコンピューターの発達と、ドッペルゲンガーとにどんなつながりがあるのか、和人にはさっぱり分からなかった。いや、サイバネティク・オーガニズムってなに?
 横では、幸子が苦笑しているのが見える。

「宇宙に行く際、ロケットの速度が光速に近づけば近づくほど、外の景色が変わらなくなるという話がある。これは時間の進み方がロケットの外と中では違ってくるからだと言われている。そうなると、二つの時間軸を創り出すことが可能なのではないかという話だ。量子コンピューターでは、ある種のを造ることで、問題解決の処理速度を効率的に高めている。サイバネティク・オーガニズムは、和人も聞いたことがあるだろう? サイボーグという奴だ」

「サイボーグ? あの身体を機械化している、SF漫画とかにもでてくるやつ?」

「ああ。だが良子さんが言いたいのは、もっと哲学的な話ではないかな?」

 幸子はここで良子をチラと見た。

「たとえば手を切り落として義手になっても、その人がその人でなくなるわけではない。だが手も足も、骨も、関節も、さらには臓器も、身体の大部分が機械化しても、それでもまだその人はその人なんだろうか? もしかしたら、切り落としたパーツをつなぎ合わせれば、もう一人、その人ができてしまうかもしれないわ? その場合、どちらが本物なのか? ある意味ではどちらも本物であり、そういう意味では、非常にレベルの高いサイボーグを創り出すのは、本物と複製の境目を曖昧にすることにほかならない」

「面白い話ですよね」

 和人が良子を見ると、真剣な顔で幸子の説明を聞いていた。それが少しだけ怖かった。

「それにしても詳しいわね。良子さんはSFオタクだったのかな? もしかしたら、非常に長命な、とある魔女の話も知ってたりするのかな?」

「え? 長命な魔女、ですか? いや、それはちょっと…… ただドッペルゲンガーに関しては、確かにかなり調べましたね。というのも、実はこの村にはドッペルゲンガーともとれる、言い伝えがあるんです」

「ぜひ聞きたいね。むしろそっちが本命だ」

 幸子がニヤリと口角を挙げた。
 どれだけ不敵な笑いをみせても、幸子の美しさから品格が失われることはなかった。
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