聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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黴と闇

3.

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「江戸時代後期の話だそうです。この村を仕切っていた庄屋がいたそうなのですが、ある時、その家で働く四十代の女中と、十二、三歳の小僧が不始末をしてしまったそうなんです。彼らがどんな不始末をしでかしたのかは、具体的には伝わっていません。ただいずれにしても、庄屋の怒りをかった二人は、村外れの穴に投げ込まれたんです。それから庄屋は村人たちに、二人を引き上げて助けることを固く禁じました」

「穴? 井戸みたいな?」

「何のための穴かは伝わってないの。どうやら食料の保存ための場所だったんじゃないかと思えるんだけど」

「穴蔵ってこと? そこに生きたまま、落としたの?」

「そう。当時は土牢なんていうものもあったから、その延長のつもりだったのかも。伝え聞いたところによると、穴は深さが今の単位で4m~5mくらい。直径は2mくらいなんだけど、底まで行くと、横穴が掘ってあったらしくて、そこに米俵が一俵と干した肉や魚がいくらかしまってあったらしいの」

「地中は温度や湿度の変化が地表に比べて少ないからな。確かに食料の貯蔵には向いているだろう」

「ええ、そうなんです。とにかく、投げ込まれた二人は、どうやらその食料を食べて生き延びていたみたいなんです。少し穴を掘ると水が湧き出ててきたらしく、飲水には困らなかったと思われます。ただ食料はどんなに切り詰めても、二年半分くらいしかなかったみたいなんです。ところが、三年後に、村人が穴を見に行くと二人の姿はどこにもなかったんです。もちろん死体や服も残ってなくて、完全に姿を消していたんです。そして、ここからが、この言い伝えの面白いところなんですが、十年後に商売で江戸まで行った人が、そこで大きくなった小僧らしき人を見かけているんです。その大人になった小僧らしき人は事業で成功したのか、とても裕福そうで、村人をみると『ほう』と言ったんだそうです。その村人も、その後商売が繁盛してお金持ちになったのに対して、二人を穴に入れた庄屋はどんどん貧しくなってしまったんだそうです」

 良子はそこまで話すと、意味ありげな視線を和人と幸子に交互によこした。まるで、最近観た【世界の不思議ジャーナル】の司会者みたいな表情だった。良子のほうがもう少しかわいいとは思ったし、のどかで静かな緑の広がる田舎の風景を窓越しに見ながらでは、怖さも半減だったが。

「それはつまり、二人は穴から脱出したということではないのかな?」

「違うと思います」

 良子は真剣な目で首を振った。

「穴の周囲の土は、とてももろかったと伝え聞いてます。ロッククライミングの要領で登るのは、まず無理でしょう。だからこそ、比較的簡単に湧き水も掘り当てられたんでしょうし」

「深さが5mくらいなら、肩車したとか? 米俵があったんでしょ? 踏み台にして、さらにその女中さんが、小僧を肩車するっていうのは?」

「当時の人間の身長は大の大人でも150cm台よ。米俵の上に乗って、さらに肩車しても5mの高さは稼げないでしょ」

 良子が少し嗤うような言い方をしたので、和人はカチンときた。

「米俵ってさ、要はわら紐を編んでるんだよね? ほぐして糸を作ればどう? それを穴の外に引っかければ……」

 声はどんどん小さくなっていった。和人自身、話していて、如何に無理がある説かは分かっている。
 わら紐ではとても人一人の体重は支えられないだろう。着物を裂いて紐を作るという案もあるが、そもそも穴の中から外の木や岩に引っかけること自体至難の業としか言えない。

「穴に蓋はされていたのかな?」

 突然、幸子が聞いた。

「いや…… どうでしょう? 特に蓋の話は聞いてないですけど……」

「興味深いな」

 満足げに幸子が頷いた。

「この手の伝承は、実際に起こった出来事がそのまま伝えられるタイプと、実際に起きた事件や災害何かを教訓として語り継ぐために、お話が創作されるタイプとがある。今回の伝承がもし後者なら、ここは穴に蓋をしたとして語り継いだほうが、より話の不可解性が増して、インパクトが強くなったはず」

「あ、確かに。穴に蓋がされていたら、もう穴から出てくるのは絶対に無理だってなりますよね。それが話されていないということは……」

「おそらく実際にあった話だからだ。そして村の庄屋は穴に蓋をしなかった。理由としては、あえて空を見せることで二人を苦しめたかったか、あるいは村人達に対しての見せしめとしたかったからではないかな? そしてもし、この話が事実だとすれば、三年後に村人が穴を見たときに、二人が影も形もなかったのは……」

「脱出したから!」
「ドッペルゲンガー!」

 和人と良子の声が見事に重なった。
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