聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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山の城

6.

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  和人たちは、幸子の運転する車で帰ることにした。

「今日は突然の来訪にもかかわらず、丁寧な受け答えをしていただき、感謝している」

 幸子はそう言うと、頭を下げた。

「いや、実を言うと、俺のほうも楽しかったですよ。あのコレクションを人に見せる機会はあんまりないんでね」

 それから伊藤は、良子の方を向いた。

「島津のおじいさん、今はどうしてるの?」

「特に変わらず、元気にしてます。もちろん、真犯人には見つかってほしいと思ってますけど」

「それはそうだ」

「でも今日私が見たことを話せば、祖父も少し考えが変わると思います」

 まるで、伊藤一正が犯人だとは疑っていないような口ぶりだった。
 そう感じたのは和人だけではなかった。
 
「その言い方だと、君は俺のことを疑ってないの」

 良子は軽く首を振った。
 より正確には、力なく揺れたという感じだった。

「正直、半信半疑です。ただもしかしたら、私の想像もつかないことが起きた可能性だってありますよね。もしかしたら、伊藤さんも私たちと同じ被害者なのかなって……」

「結論を出すのはまだ早いが、ありとあらゆる可能性が起こりえるとは想像しておいたほうがいい」

 幸子が横から言うと、伊藤も良子も頷いた。
 車に乗り込む直前、良子は伊藤に尋ねた。顔色がほんの少し青ざめているのが、傍目にも分かった。

「あの、事件の前後で体調が悪くなったこととかないですか?」

「え? いや、特にそういうことはなかったよ。でも、なんで?」

 伊藤は首を傾げながらも質問に答えた。
 さすがにドッペルゲンガー説については説明できなかったのか、良子は曖昧に頷いただけだった。
 ただ伊藤は「何か思い出したら、連絡するから」とだけいった。
 車が走り出してからも、伊藤は三人を見送っていた。

「なんか悪い人ではなかったですよね?」

 しばらく走ったところで、和人がそういった。
 確かに島津家のことはよく思っていないようだが、それは当然だろう。一方で和人たちに対する態度からは、地に足のついた、良識ある大人というイメージを受けた。
 だが、幸子は少し険しい顔になった。

「いや、和人、先入観は禁物だ。あの程度の演技なら私にもできるからな」

「そういえば幸子さんって、芸能界のスカウトとかされたことないんですか?」

 演技という言葉に反応したのか、唐突に良子が聞いてきた。
 幸子は少しだけ笑った。

「あるといえばあるわ。だが、あまり目立つのは好きじゃなくてね」

「今芸能界にいる、どんな流行のファッションやメイクをした芸能人よりも、素顔の幸子さんのほうが間違いなく美しいと思います」

 良子が真顔で言い、幸子はただ一言、「ありがとう」とだけ答えた。
 良子はどうなんだろう?
 和人はバックミラー越しに、良子を見た。
 窓の外を眺める横顔は、平均よりも小さくまとまっているし、顎のラインもシャープだった。
 良子の垢抜けたかわいらしさはそういう世界でも、十分通用しそうな気がする。
 一方で、良子の言動を振り返ると、特にそういう業界に興味があるわけではなさそうだった。
 そしてそれは幸子も一緒だった。
 突然、和人は何の脈絡もなくふと想像した。
 妹のゆきと、良子、そして幸子が一緒にいるところを。
 なぜだか、三人がいい友達になれるような気がしたのだ。
 学年どころか、世代すらまったく違うのに。
 自転車を置いていた場所までくると、良子はそこで車を降りた。

「実家にもう一泊していきます。和人くんたちはもう帰るんでしょ?」

「うん。母さんたちには一泊って言ったしね」

「それじゃまた学校でね」

 幸子が軽く頭を下げ、良子のほうは深々と下げた。
 車が滑らかに加速していくと、良子の姿はすぐに小さくなった。
 ここからは、今朝まで泊まっていた旅館の近くまで走り、そこから横道に入って県道へ出て、高速道路にのって帰ることになる。

「できれば暗くなる前に帰りたいですね」

「うむ。だが、昼食をどうするか、という問題がある。途中のパーキングエリアにでも……」

 突如、幸子が急ブレーキをかけた。
 まるで悲鳴のような音をたてて、車が急停止する。
 車の目の前には、ひどく背の曲がった小柄な老人が、ふさぐように立っていた。

「ちょっと、おじいさん! 危ないですよ」

 和人が窓から顔を出してそういったが、老人は少しも詫びる様子もなく、近づいてきた。
 その近づき方に、和人は少し妙な空気を感じた。
 決して足早に近づいてきたわけではないが、スッと音もなく近づいてきたような感じだった。
 近くで見ると、その老人にはますます不可解なところがあった。
 しわだらけの顔だが、目はやけに黒々としておりキラキラと光っている。まるで子供の目のようだったが、それが老人の顔についているのは奇妙というより、どこか不気味だった。

「あんた、この村に伊藤一正のことを調べに来たんだろ?」

 老人は運転席に近づくと、幸子にそう話しかけた。

「あら、耳が早いですね。旅館の受付あたりが話したかしら?」

「あの伊藤一正の住む建物はな、ほんの数年前まで【未来教】という名の宗教団体のものだったんだ。だがもっといえば、その前は伊藤一正の住む実家…… いや、あれは小屋だな。それがあったんだ」

「その実家というのは、どうなったのですか?」

「あいつが高校を卒業する前後に、身寄りはみんな死んでいってな。あいつがこの村を出ていくときに、すぐ取り壊されたんよ」

「そして、その【未来教】がやってきたと」

「もともとは90年代に始まった宗教団体で、T都のほうに本部があったんだが、あんまりよくない評判がたったんで、田舎に引っ込むことにしたのさ。ただ、その【未来教】もある日、突然解散してしまった。あそこでは入れ替わりながら、信者たちが十人ほど暮らしていたんだが、ある日突然、警察の手入れが入ってな。財務上の不正やらなんやらの理由で、事実上の解散に追い込まれたわけよ。それからしばらくは空き家だったんだが、いつの間にか帰ってきたあいつがそこに住み着いていたというわけよ」

「お詳しいんですね」

「わしは、その【未来教】で経理の仕事をしとったわ。山部智人やまべのりとというもんじゃ」

「宗教団体にも経理ってあるんですね?」

 和人が思わず、疑問に思ったことを口にした。
 意外にも山部という老人は、和人の方を向くと素直に答えてくれた。

「宗教団体といっても、莫大なお布施を利用して、不動産やら金投資をしていたからな」

「じゃあ、財務上の不正というのは、あなたがが何かしでかしたのかしら?」

「そんなヘマはするか」

 そういって、山部はフフフと笑った。女のような笑い声だったので、和人はゾッとした。
 だが幸子は、少しも怯むことはなかった。

「貴重なご意見、ありがとうございました。お身体にお気をつけて」

 それだけいうと、幸子は山部をかわして車を走らせた。

「ああいう元気なお年寄りを見ると、なぜか嬉しくなるね。同類相憐れむというやつかな」

 幸子は朗らかな声で、そういった。
 それは少しも屈託のない声だったので、和人は一気に力が抜けてしまった。
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