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美女の思い出
2.
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その日は休日だった。
曇り空にもかかわらず、湿度の高さから蒸し蒸しとした暑さを感じる日だった。
和人はゆきと一緒に、自転車で緑亭館へと向かった。
そこから幸子の運転する車で、良子の家まで行き、伊藤一正の幼なじみで、今は医者をしているという女性の話を聞くことになっていた。
和人が呼び鈴を鳴らすと、すでに準備を整えていたらしく、幸子がすぐに姿を現した。
真っ白なセーターに、フリルのついた黒のスカート、茶色いブーツという、珍しくオシャレな格好だった。ただしセーターの襟ぐりは広く、いわゆるデコルテラインを出していた。
おまけに普段はしないような化粧をしていた。目元には軽くシャドーを入れており、それによって生まれた陰影はせつなさを、真っ赤なルージュからは荘厳さを感じさせた。
和人は幸子を見た瞬間、中世の社交界における貴婦人を思い浮かべた。
気高くて、荘厳で、気品にあふれ、それでいてかわいらしく微笑んでいる。
レディ。ダンスのお相手をお願いできますか?
和人はとっさに幸子の足下にひざまずくべきか、思いっきり抱きつくべきか迷った。それほどまでに、幸子の美しさに和人はとらわれていた。だが、結局どちらもできなかった。
隣でゆきが、不審げに和人を見ていたから。
それが、軽蔑の眼差しでなかったのはせめてもの救いだった。
三人は車に乗ると、良子の家に向けて出発した。
良子の家に行く前に、蓮風堂という菓子屋でカステラを買った。良子へのお土産のほかに、幸子の分と、遠山家の分も。
到着した良子の家はなかなかの大きさだったが、庭はほとんどなく、窓も小さい現代風の造りだった。
良子はどこか心ここにあらずといった感じで、和人たちを迎えた。和人はそれを、事件の真相を推理するのに集中しているからだと考えた。
良子に案内された居間では、すでに話で聞いていた良子の父の守、母の佐奈、そしてもう一人、やけに大柄な女性がいた。
守は幸子を見ても、真面目な表情を変えなかった。
「よく来てくださいました。特に幸子さんと、和人くんには、わが家で起きた事件について、はるばる両親のもとまで訪ねてくださり、感謝の言葉もございません」
守がそう言って頭を下げると、幸子も深々と頭を下げた。
「こちらのほうこそ、丁寧に受け答えいただき感謝しています。事件解決にどれほど貢献できるかは分かりませんが、できることはさせていただきたいと思っています」
今日の幸子は、和人が意識しているだけでなく、客観的に見ても、その美しさは凄みを感じさせるほどだった。
にもかかわらず、守が少しも恐れ入ったり、魅入ったりしないのは、和人からすれば驚異でしかなかった。もちろん和人は、佐奈が守に、妻として無言の圧力をかけてることまでは知らなかったのだが。
「こちらは私の実家の村で整形外科を営まれている女医の、桂恵先生です」
守の紹介を受けて、大柄の女性が頭を下げた。体格こそ大きく豪快な雰囲気だったが、歯並びのきれいな、くりっとした目がかわいらしい女性だった。
「はじめまして。桂恵っていいます。どうぞよろしく」
「桂先生は、伊藤一正と小、中が一緒だったそうです」
幸子、和人、ゆきが揃って自己紹介した。仮にも幸子は事件の解決依頼されているのだから当然としても、中学生が二人いることについて、疑問を呈されないか、和人は心配だったが、恵はニコニコして挨拶を聞いていた。
「子供の頃の伊藤一正についても、ぜひお聞きしたいのですが、先生はまず、今回の事件についてどうお考えですか?」
幸子が聞くと、恵は真剣な顔になった。
「島津さんの家に何者かが夜中入り込んで、刃物を枕に突き立っていった事件のことですね。島津さんは犯人の顔は伊藤くんだったと証言したにもかかわらず、伊藤くんは当時O県に行っていたことが監視カメラの映像から分かったとか」
「はい」
「正直まったく検討もつきません。ただ医者の立場から言わせていただくと、人間の顔というのは、基本的に目や鼻の位置、骨格の形は変えられません。どんな名医が整形手術をして外見を変えていても、赤の他人ならバレると思うのです。特に最新式の顔認証ソフトを使っていれば」
「ということは、島津さんが見誤ったと?」
「実は一番可能性があるのはそこのような気がするのです。ただ……」
恵は少し顔をしかめた。
「これは守さんの前だから言うわけではないのですが、島津さんは頭も目もまだまだしっかりとされた方です。それは同じ村で暮らす私がよく分かっています」
隣では守のみならず、佐奈や良子までもが、うんうんと頷いている。
「だから簡単に見間違うかと疑問でして……」
「ご意見、ありがとうございます」
幸子はもう一度頭を下げた。
「私も実際に島津さんとお話して、同じ意見を持ちました。それで迷っているのです」
「私は伊藤くんと小、中学が一緒でした。もし、その話をして真実の解明に近づくのでしたら、私としても嬉しいです」
恵と幸子は互いに正面から見合った。二人とも少しだけ頷きあった。
「お願いします」
曇り空にもかかわらず、湿度の高さから蒸し蒸しとした暑さを感じる日だった。
和人はゆきと一緒に、自転車で緑亭館へと向かった。
そこから幸子の運転する車で、良子の家まで行き、伊藤一正の幼なじみで、今は医者をしているという女性の話を聞くことになっていた。
和人が呼び鈴を鳴らすと、すでに準備を整えていたらしく、幸子がすぐに姿を現した。
真っ白なセーターに、フリルのついた黒のスカート、茶色いブーツという、珍しくオシャレな格好だった。ただしセーターの襟ぐりは広く、いわゆるデコルテラインを出していた。
おまけに普段はしないような化粧をしていた。目元には軽くシャドーを入れており、それによって生まれた陰影はせつなさを、真っ赤なルージュからは荘厳さを感じさせた。
和人は幸子を見た瞬間、中世の社交界における貴婦人を思い浮かべた。
気高くて、荘厳で、気品にあふれ、それでいてかわいらしく微笑んでいる。
レディ。ダンスのお相手をお願いできますか?
和人はとっさに幸子の足下にひざまずくべきか、思いっきり抱きつくべきか迷った。それほどまでに、幸子の美しさに和人はとらわれていた。だが、結局どちらもできなかった。
隣でゆきが、不審げに和人を見ていたから。
それが、軽蔑の眼差しでなかったのはせめてもの救いだった。
三人は車に乗ると、良子の家に向けて出発した。
良子の家に行く前に、蓮風堂という菓子屋でカステラを買った。良子へのお土産のほかに、幸子の分と、遠山家の分も。
到着した良子の家はなかなかの大きさだったが、庭はほとんどなく、窓も小さい現代風の造りだった。
良子はどこか心ここにあらずといった感じで、和人たちを迎えた。和人はそれを、事件の真相を推理するのに集中しているからだと考えた。
良子に案内された居間では、すでに話で聞いていた良子の父の守、母の佐奈、そしてもう一人、やけに大柄な女性がいた。
守は幸子を見ても、真面目な表情を変えなかった。
「よく来てくださいました。特に幸子さんと、和人くんには、わが家で起きた事件について、はるばる両親のもとまで訪ねてくださり、感謝の言葉もございません」
守がそう言って頭を下げると、幸子も深々と頭を下げた。
「こちらのほうこそ、丁寧に受け答えいただき感謝しています。事件解決にどれほど貢献できるかは分かりませんが、できることはさせていただきたいと思っています」
今日の幸子は、和人が意識しているだけでなく、客観的に見ても、その美しさは凄みを感じさせるほどだった。
にもかかわらず、守が少しも恐れ入ったり、魅入ったりしないのは、和人からすれば驚異でしかなかった。もちろん和人は、佐奈が守に、妻として無言の圧力をかけてることまでは知らなかったのだが。
「こちらは私の実家の村で整形外科を営まれている女医の、桂恵先生です」
守の紹介を受けて、大柄の女性が頭を下げた。体格こそ大きく豪快な雰囲気だったが、歯並びのきれいな、くりっとした目がかわいらしい女性だった。
「はじめまして。桂恵っていいます。どうぞよろしく」
「桂先生は、伊藤一正と小、中が一緒だったそうです」
幸子、和人、ゆきが揃って自己紹介した。仮にも幸子は事件の解決依頼されているのだから当然としても、中学生が二人いることについて、疑問を呈されないか、和人は心配だったが、恵はニコニコして挨拶を聞いていた。
「子供の頃の伊藤一正についても、ぜひお聞きしたいのですが、先生はまず、今回の事件についてどうお考えですか?」
幸子が聞くと、恵は真剣な顔になった。
「島津さんの家に何者かが夜中入り込んで、刃物を枕に突き立っていった事件のことですね。島津さんは犯人の顔は伊藤くんだったと証言したにもかかわらず、伊藤くんは当時O県に行っていたことが監視カメラの映像から分かったとか」
「はい」
「正直まったく検討もつきません。ただ医者の立場から言わせていただくと、人間の顔というのは、基本的に目や鼻の位置、骨格の形は変えられません。どんな名医が整形手術をして外見を変えていても、赤の他人ならバレると思うのです。特に最新式の顔認証ソフトを使っていれば」
「ということは、島津さんが見誤ったと?」
「実は一番可能性があるのはそこのような気がするのです。ただ……」
恵は少し顔をしかめた。
「これは守さんの前だから言うわけではないのですが、島津さんは頭も目もまだまだしっかりとされた方です。それは同じ村で暮らす私がよく分かっています」
隣では守のみならず、佐奈や良子までもが、うんうんと頷いている。
「だから簡単に見間違うかと疑問でして……」
「ご意見、ありがとうございます」
幸子はもう一度頭を下げた。
「私も実際に島津さんとお話して、同じ意見を持ちました。それで迷っているのです」
「私は伊藤くんと小、中学が一緒でした。もし、その話をして真実の解明に近づくのでしたら、私としても嬉しいです」
恵と幸子は互いに正面から見合った。二人とも少しだけ頷きあった。
「お願いします」
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