聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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美女の思い出

3.

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「私たちの村には今となっては閉校寸前の、小学校ら中学校があります。村の子供たちは皆そこに通っていました。私も伊藤くんもです。クラスは当時すでに一つしかなく、クラスメイトは三十人程度でした。伊藤くんの家はあまり裕福ではなかったこともあり、学校には来たり、来なかったりでした」

「本人から聞きました。色々な手伝いをしていたそうですね?」

「はい。家計を助けるためにそうせざるをえなかったようです。私の家は、その頃から父が村で唯一の病院を経営していたのですが、祖母は産婆として村中の子供を取り上げていました。当然、伊藤くんもです」

 和人は最初、産婆が何か分からなかった。
 ダンスでも踊るのか?
 ビキニみたいに着て?
 おばあさんが?
 そして2秒後、それがいわゆる助産師のことなのだと気づいた。

「だから、彼がなかなか学校に来れないことを心配していました。時々様子を見に行っていたようですが、私たち家族には何も様子は言いませんでした」

「それは、プライバシーの問題から、ということですか?」

「おそらく。祖母はそういう点において、公私をはっきりと分けていましたから。ただ子供の目から見ても、伊藤くんは大変な状況だったと思います。一週間に一日は学校を休んでいましたし、来たら来たでぼーっとしていたり、休む前の日のことを忘れていたりしていたので」

「よほど疲れてたんですかね」

 和人が聞いた。

「そうね。そもそも伊藤くんのやってきたことはある意味、児童労働といって違法行為よ。子供に重い米袋の積み込みをさせたり、刈り取った草の処理を手伝わせるなんて。実際、彼は荷物の重さに負けて転んだり、顔をぶつけたり、しょっちゅう怪我をしていたの。そういう意味では、彼に労働させていた村の人たちにも責任はあるのかも」

 そういって、恵はため息をついた。

「伊藤くんは基本的に、おとなしい性格でした。でもそれも、もしかしたら、色々と我慢していたから、そういう性格になっただけなのかも。本来の彼はもっと明るい性格だったんじゃないかと思うことがあります。静かだからといって、鬱屈した雰囲気や、暗い雰囲気を感じたことはないですね。学校では、あまり自分の我を通したり、クラスの中で目立つ意見をいったりすることはなかったと記憶してます。何か趣味やハマっているものもなかったと思います。まあ、経済的にそんな余裕がなかったというのが正解かもしれませんが……」

「彼の成績はどうでした?」

 幸子の質問に、恵は少し思案顔になった。

「良かった…… と思います。ただ今言ったように、伊藤くんは学校に来ると、疲れからかぼーっとしてたりすることがあったので、いつも良かったというわけではなかったと思います。スポーツもそうでしたね。覚えているのは小学生のとき、ドッジボールのクラス対抗の大会で、伊藤くんがキャプテンになったんです。彼、その前の体育の授業ですっごいボール投げてたので。ところが試合が始まると、真っ先に当てられたので、もう大ブーイングだったんですよ。彼、困ったように笑っていたのを覚えています」

 そのときの光景を思い出したのか、恵は声をたてずに、くっくっと笑い出した。
 和人はあまりスポーツは得意ではないので、そのときの様子を想像して、むしろいたたまれなくなった。

「彼とは中学校を卒業してからは、会ったことは?」

「全然。私も彼も高校は別のところだったし、彼は高校を卒業すると、二年前に村に帰ってくるまでは全然顔を見せなかったから。私はT都大学の医学部を出たあと大学病院で働いてから、伊藤くんと同じ頃に村に戻ってきたんです」

「それで、そのまま病院を継がれたんですね」

 下を向いた恵の顔が少しだけ曇った。

「祖母はもう亡くなっていましたし、父も身体を壊していたので、最初は大変でした。もともとは内科と産婦人科だったので、それを整形外科に変えるのも一苦労でした。正確には、内科と産婦人科を診なくなったわけではなくて、メインの診療を変えたというわけなんですが。ああいう田舎は以前と違うことをやるといいだすと、反対する人がほんと多くて」

「恵先生に感謝している人は確実にいますよ」

 横から守がいった。

「ああいう田舎では、刃物や農具に手や足を巻き込まれて、ケガをする人は少なくないですからね。父から聞きましたが、少し前に村で間違えて指を切断してしまった人がいて、その指をみごと恵先生が手術でくっつけたとか」

 恵は恐縮した様子で顔の前で手を振ったが、その表情は誇らしさを隠しきれていなかった。

「どうやら木を切っていて、その際に親指を切り落としてしまったみたいなんです。断面がきれいだったことと、切断された親指をすぐに氷で冷やしていたことが大きかったですね」

「切断された指をもう一度つけるなんて、できるんですか?」

 ゆきが驚いた様子で尋ねた。

「できるわ。今言ったように、切断面がきれいか、ちゃんと冷やされているかによるけど。何なら切断された腕や足を再結合した例だって、海外にはいくつもあるのよ」

「そもそも先生はなぜ、整形外科を志されたのですか?」

 穏やかな、それでいてはっきりとした声だった。
 幸子がそう聞くと、恵は少しハッとした顔つきになったが、そこには決して固い表情も、険しい視線もなかった。
 ほんの一瞬だったが、和人には、交差した幸子と恵の視線が、互いに認め合い、敬意を示しあったように見えた。それがゆきや和人、あるいは良子と接する時とは違う、自ら道を切り開き地位を確立しながらも、決して傲慢にならなかった品位ある大人の女性たち同士にしか分からないエールの交換だったと、和人が気づくのはずっとあとのことだった。

「私は最初、父と同じように内科を考えていました。ただあるとき、海外の内戦や紛争下において活躍する医者たちの映像を見たんです。皆さんは、戦争の映像をみたことはありますか?」

 ゆきがちらと幸子を見た。
 幸子の表情は変わらなかった。少し物憂げな、どこか寂しげな微笑みをたたえたまま答えた。

「あります。悲惨なものでした。爆風により全身の皮が脱ぎかけの服のように剥かれた人間、細かい無数のガラス破片が全身にのめり込んだ少女、忘れようにも忘れられるわけがありません」

「私もです。私がみたのは中東の紛争の際に活躍する医者たちの映像でした。当たり前ですが、先進国のような手術室ではありません。時には屋外で手術していることもありました。腐った手や足を切断し、傷口を縫い、消毒する。私が、整形外科医を目指したのは、それをひたすら繰り返すドクターたちに敬意を評したかったのかもしれません。私は紛争地に行ったこともない、田舎の村医者にすぎませんが。それにこういってはなんですが、今、田舎で出産する若者はほとんどいませんし、内科といっても年寄りの溜まり場になるだけですから」
 
 和人は言葉がなかった。
 ただこの女医を、かっこいいと思った。
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